6 高天原Ⅱ
次で転生パート終了と同時に幼少期編開始です
暗雲を抜けると目の前に突如として現れる影。
それは理想郷かくあれかし とでも言うような壮麗で清廉な景色が目の前に広がる。
日本の原風景と幻想風景の調和。
いっそ美麗とでも表するべきか。
輝く朱色に塗られた鳥居の袂から見える景色は息をのむほどに美しく、道行く人々は男女問わず華やかな笑顔を見せる。
桜の花びらが舞い、舞装束を着た者たちが神楽鈴を鳴らし、下駄の石畳をたたく音が鳴り響く。
「先ほどは申し訳ありません。なにぶん黄泉比良坂を超えていない者に対して素顔を晒すことも、必要以上に助言などの干渉をしてはならない決まりでしたので。わたくしは天水分神。短い間ではありますが、以後よろしく。」
そう言うと彼女は雑面を外す。
現れたるは儚げな印象を持つ幸薄い美女。
放ってしまえばどこか遠くへ流れて行ってしまいそうな、そんな雰囲気を持っていた。
「これよりは徒歩にて奥に見えます飛鳥宮の裏手、輪廻ノ冥府まで向かいます。質問などがありましたら歩きながら。」
そう言って舟を降りる。
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一礼し、鳥居をくぐる。
鳥居より一歩踏み出せば、桃や桜、梅の香りが鼻腔をくすぐり、にぎやかな音楽が耳を通り抜ける。
「クスクス・・・鳥居に一礼はもう必要ありませんよ。国香、貴方は豊葦原中国での功績により神霊となったのですから。むしろ一礼をされる側です。」
手で口元を隠しながらコロコロと笑い説明してくる。
「先ほどの化け物。あれは何だったのですか?」
思い出すことも恐ろしい、そんな化け物の正体が気になった。
「あれは黄泉醜女と・・・・・・人々の想い、それの集合体です。生前、貴方に関わったことのある不特定多数の人々の、貴方への想いが形を成したものです。通常はアレが出るほど呪われた者は神霊には成れません。わたくしもあれほどのモノは初めて見ました・・・・・・・・・」
彼女曰く、人の持つ『想い』というものは、無限の可能性を秘めた神秘であるとのこと。
それは時として形を成し、理に干渉し世界を歪める力であると。
先ほどの化け物は、その負の想いが形を成すほどに強かったが故に現れた『呪う想い』そのものであると。
「元来、あの雲は意思の弱き者や功績のない者をふるいに落とす場です。神霊になる者は大概が生前、人々の崇敬を集める行いを成したものがなれるモノ。ですから嫉妬や疎まれはされども、呪われるほどの者は、そもそもの時点で伊邪那美の治める黄泉の国へ向かうはずなのです。」
若干、こちらを訝しむような目つきでこちらを見る。
正しく私は呪われていたのだ。
生前における行いにより幾千、幾万もの人々から。
「ただ、護ろうとしただけなのだが・・・・・・・それが正しいと信じて・・・だが、間違いだったと・・・・?」
俯きがちにポツリとこぼす。
「正しいとは何でしょう?正義とは何でしょう?間違いとは?悪とは?立場や主張によってそれらは変わりゆくものです。貴方にとって正しかった、日ノ本にとって正義であったものは誰かにとっての、何かにとっての悪であった。ただそれだけです。わたくしにとって重要なのは、貴方が黄泉比良坂を無事に超えた。これに尽きます。」
そう言って彼女は階段をそそくさと上がっていった。
輪廻ノ冥府
彼女がそう呼ぶ場所は非常に廃れており、手入れのされていない竹藪の奥にひっそりと建っていた。
藤やアケビといった蔓が巻き付き、石畳を割るように草花が茂っている。
何十年と使われていなかったのか、障子は破れ、壁は隙間風が通り、茅葺屋根は穴が空いている。
「ここも千年前は綺麗な場所だったのですけれどもね・・・・・・」
そう言いながら障子を開き中へ入る。
中は意外にも綺麗で、塵一つ落ちていない。
ただし、部屋中央の壁に安置される鏡以外の内装tが無い状態である。
「こちらの鏡に身をを映すだけです。」
それ以外何も言ってこない。
「それで終わりですか? 何か書くとか、儀式だったりは・・・?」
あまりの呆気なさに尋ねる。
「それで終わりです。そうしましたら今晩、迎えが来ます。」
たったそれだけ。
何か面倒で時間のかかることは一切しない。
緊張したのがおかしいほど呆気なかった。
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陽の高さから時間は十分にあると判断した国香は、ある人の手がかりを探して飛鳥宮にいた。
新品のい草の香りと少しかび臭いインクの香りが漂う部屋。
最低限の明かりしかない部屋の隅に国香はいた。
「やはりないか・・・」
2時間以上にわたって国香はずっと探し物をしていた。
それは高天原にいる神々の中でも一握りしか知りえることのできない情報。
神霊になった者たちの転生先が書かれた書物。
ここにあるすべての書物をひっくり返したとて手に入らないもの。
国香は途方に暮れた。
「あなたの探すものは見つかりましたか?」
少し厭味ったらしい口調で話しかけてくるのは知恵の神。
「八意思金神・・・」
国香の瞳は厳重に鍵の掛けられた奥の扉に向けられている。
(おそらくはあの部屋にある・・・・・・)
「お察しの通り、あの部屋にこそあなたの探しものはあるでしょう。しかし、あなたでは入れない。そこでです。わたしと取引しませんか?」
唐突に持ち掛けられる提案。
眼鏡の奥に光る、よからぬことを企んだ瞳でズイッと顔を寄せる。
「取引・・・?」
あまりの胡散臭さに睨みつける。
「そう警戒しないでください。簡単なことです。あなたの片方の目をわたしにください。そうすれば、あなたの探しものの手伝いをして差し上げますよ。」
笑顔でそう持ち掛けるその堂々とした姿勢は、国香が取引を必ず呑むと踏んでのものだろう。
現に国香は今にも頷こうとしていた。
さらにそこに追い打ちがかかる。
「なにも、あなたの目がなくなるわけではありません。わたしはただ、他の世界の知識を得たいだけなのですから。それに、敬虔な信徒を害するようなことはしませんよ。」
その言葉に偽りはなかった。
彼はただ知りたいだけだった。
「本当に・・・・・本当にわかるのですか?」
感情を押し殺し、国香は尋ねる。
「この世界に存在したのであれば・・・必ず。」
その言葉が決定打となった。
国香は右目を捧げる代わりに、彼に助力を請うた。
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「見つけました。」
数分とかからず部屋から出てくる。
その腕の中には、埃のかぶった古い一冊の本が抱えられていた。
八意思金神がそれを慎重に一枚ずつめくる。
「このあたりですかね・・・・・・・」
その古い本の中ほどまでめくった頃、ようやく探していたものの手がかりを手にする。
「京極院桜華・・・長月のちょうど白露のころに死去 信心深く、その献身性より『802ロ』へ転生・・・・・・されど、移送途中の脱落により今尚行方不明」
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日が陰り、周囲には無数の蛍が薄黄緑色の光の絨毯を織りなす。
先ほど来た時にはいかにも廃屋だった茅葺の家屋も新築同然に建て直され、厳かな雰囲気を漂わせる。
「準備はよろしいですか?」
増女の能面に前天冠を着けた千早姿の巫達に連れられ家屋に足を踏み入れる。
鏡があった場所には人一人がようやく潜れるほどの小さな鳥居が建てられ、歪んだ空間が中で渦を巻いて浮いていた。
「ここに入れば意識は途切れ、記憶を徐々に失い、そしてあちらの世界で新たな生を受けるでしょう。向かう先は我々が『901イ』と呼ぶ世界です。 そこはこの世界よりも数段進んだ科学の世界。 あなたならば必ずや与えられし使命を全うし、戻ってくると期待しています。これは私からの餞別です。あなたの新たな人生に幸多からんことを」
先頭を歩いていた桜色の髪を肩から流した美女神から手渡されたのは桃の花があしらわれた赤い御守り。
紐に括りつけられた小さな鈴がちりりんと鳴り響く。
「いざという時、あなたの一助となり得ましょう。」
風が吹き竹が囁く。雲一つない満天の空には月が大きく輝き、室内に花弁が舞う。
新たな同胞を作るため神々は英雄を送り出す。
これは新たなる神を作る儀式。
魂を鍛え上げ、神に昇華させ世界を護る一柱となる。
「ありがとうございます。 それでは行って参ります。」
御守りを懐に入れ鳥居に振り返り、歪んだ空間に足を踏み入れる。
後ろでは八意思金神が眼鏡の奥の糸目を小さく見開いていた。
落とせばグチュリとなる布袋を腰に下げて・・・・
「キシャァァァ」
国香が鳥居の奥に消えた直後、真っ黒なムカデが後を追い入っていったことに気づいた者はいなかった。
高天原の描写で2日悩みました。
頭が痛くなってきて、もうどうにでもなれと指に任せて書きましたので少し描写が荒いです。
ただ、転生後はしっかり書いて、で余裕ができたら修正しようと思います。
とにかく今は進めることが先決。
八意様は糸目のイケメン眼鏡のつもりで書きました。
ちなみに御守りを渡したのは木花之佐久夜毘売です。
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