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古神偃武  作者: 西崎 劉
9/11

八話 ハデス・ゲート

スタンの目の前で、それぞれ課せられた命を胸に刻んで行動する多くの亡者たちが居た。

 彼らは生前禁忌に触れたモノの成れの果て。

命ある者たちにとって当然の輪廻の枠から外れてしまった者たちである。

それぞれが抱えた生きる時間をそれぞれが抱えた理由によって断ち切られ、生まれ変わる事も出来ずに彷徨い奈落の果ての牢獄へ繋がれた。

永久の封印。

イスリーグは封印された彼らを自由に扱う事が出来る権利を持つ一人らしい。

もっとも、普段はその牢獄の存在すら忘れている様だったので、彼らを扱う様な遊びを思いつかないかぎり、彼らの身の上に進展は無かっただろう。

そうしてかき集められた命は、魔物や人や精霊等と雑多で、それぞれがそれぞれの価値と願いを持っている。

 それらを《駒》と見て操り、感情に流されずに遊戯を進めていかなければ成らないのだ。

ふとスタンは前方にどっしりとした落ちつきを見せるイスリーグを見た。

(相変わらず、この種族ってば表情が無いよね。……まあ、ミルちゃんたちで慣れているけどさ)

スタンにとって心も意思もある《存在》を駒扱いする事に若干抵抗があるものの、一度納得し、すると決めたのだ。

するからには、勝ちたい。

勝つことが、駒となってくれたモノたちへの恩返しにもなるのだと、自分自身の心に言い聞かせながら。

そのハデス・ゲートという遊戯を始めて、そろそろ体感で一刻ほど経過しようとしていた。

スタンの陣営は指示がスムーズに届いているのか、まずまずの戦況である。

もっとも、分が有るとは思っていない。

何しろ、圧倒的に駒の数がこちらは少ないのだ。

(……まあ、人と神の勝負の場合、普通考えれば神が勝つに決まっているからねぇ)

 駒選びの時、イスリーグの対戦相手として名乗った時の、彼らの動揺は当然の事だ。

 中には「何でこんな小娘が、この様な大それた勝負に係わっているのだ」とか、「神は少なくとも半分は我等を見捨てるつもりなのだ」と、嘆きの声が遊戯盤上に存在する《ハデスの町》から聞こえて来たくらいである。

(酔狂といえば、酔狂だよね? あたしの駒になる事を承諾した連中は)

駒にされる様々な存在たちは、自分の意志で、最初にそれぞれの陣営に赴く。

陣営に行き、指示を下す神官に指示を仰ぐ。

 それで集まってきたのは五十人弱。対する相手は二百人を上回る。

神官はハデスの町でのスタンの代弁者となる。

スタンは遊戯が始まる前に、神官の口を借りて集まった人達の前へ出た。

感覚的には降霊術の様なものだ。

まだ死んだことがないが、誰かに憑くとはこんな感じなのだろう。

奇妙な感覚だが、新鮮だった。

憑いたのを確認して目を開くと、それまで気配と声だけだった多くの人々が、目の前に存在し、こちらに注目している。

ただ彼らを自由に動かすのが嫌だったスタンにとって、少し対等な立場にたった気がした。

「初めまして」

 神官がマッチョな妖魔だったから、その妖魔の口から零れる声が少女だという事に、集まった人達は動揺を隠しきれない様子だった。

「……あんたは?」

問いかけてきたのは、剣士の青年。ただし、見たことのない民族衣装を纏っている。

何処のものかは知らないが、それでもかなり過去の時代を生きた人なのだと容易に想像できた。

「スタンギール・キリー。家は代々薬剤師をしているわ。あたしはリスロイ山の麓の村で生まれ育ったの。だから、みんなはその事を示して、リスロイのスタンって呼んでいるわ」

 問いかけた男は絶句する。

「……女……だとは、思わなかった。名前と種族は、招集された時に神からの啓示で知らされていたのだが、男だと思っていたよ」

 スタンはざわめく人々を見渡して、軽く肩を竦めてみせる。

「そうよね、あたしの名前を最初に聞いた人達って、必ずそういう事を言うもの」

「……理由、聞いていいか? 恐れ多くも神という超絶の存在とこの勝負をする事になった訳をさ」

小さな声がした。

スタンは声の主を探して視線を巡らせていたが、他のモノたちより小

さく飛び回る存在に気付き、顔を綻ばせた。

もっとも神官が凶悪な顔をしているらしく、相対するモノたちはそれを見て硬直する。

「交換でなら」

「……何をとだ」

 しわがれた声がどこからかする。

「そんなに構える事では無いの。ただ知りたいだけだから」

 あちこちで安堵のため息が漏れた。

「何で、人間であるあたしの方に来たの? 普通、彼らの方へついた方が得だと考えない? この勝負に参加する事を決めたくらいだもの。絶対の願いがあったんでしょ?」

すると、集まった様々な人、精霊、妖魔、魔物たちは互いの視線を交わした。

しばらくぼそぼそと意見を交換しているようだったが、早々に纏まったのだろう。代表して一人の男が答える。

「……あんたのとこに集まったほとんどの奴は、《神》や《魔神》と呼ばれる存在を憎んでいる。利用されて命を落とした奴もいる。生贄として捧げられた奴、他者が願いを叶えるために知らない内に殺された奴、無理やり殉死させられた奴だっている。……死んだ後も恨んで憎んで嘆いてそれが凝固し、瘴気を世界に呼んだモノたち。余りに深い念に囚われ、記憶を浄化する事が叶わず、《神》と呼ばれるモノたちが持て余した心だ」

スタンはそれを聞いて絶句する。

だが、男はひたと《神官》を介してスタンを見つめた。

「……俺たちはカレラが言う、ちっぽけで塵の様な存在が、超絶的な力を持つ強大な存在に挑戦する機会を得たかっただけだ」

 スタンは、ゆっくりとそれぞれの顔を見渡した。

「神に挑戦する《人間》が居ると、俺たちは聞いた。だからその度胸を買った。……俺たちは、奴らが疎むほど黒い心だ。再び生を得る事など、諦めているからな。この……」

 男は自分自身を示す。

「神すら疎む心を受け入れる器が、生まれる訳がない。なら、どんな切っ掛けでもいい。利用されるだけでもいい、奴らに一泡ふかせるために足掻くだけだ。……そうだろう?」

 スタンは、視線を彼らから空へ向けた。

ここから見える空は、気味の悪いほど赤黒い。

嵐の手前、泣きそうな黒雲が、うねりながら渦巻く。

その先に、次元を隔ててイスリーグが居る。

 スタンは再び視線を空から彼らの方へ戻した。

「……本当に、願う事はそれだけなの? 例えば、再びちゃんと生まれ変わりたいとか、思わないの? ずっと、ここにいたいの?」

 すると、何処かで怒鳴るような声がした。

「それが出来れば、願うさっ! 儂らだって、再びそれぞれの人生を歩みなおしたいっておもっとるっ! 以前生きた時は後悔だけしか残っておらなんだ……。だが、生まれ変わるには、《器》が必要だ。この心を受け入れる器《魂》がじゃっ!

だが、その器を作れるのは、極限られておる。神族か、魔神族だけじゃ。それも、極限られた存在にしか作れぬ。……力強い妖魔や魔導士たちでも作れない訳でもないのだが……彼らが作れるものは、限られておる。ホムンクルスという、短命かつ知性のかけらもない《操り人形》じゃ。それはもう、生きているとは言えない」

スタンは首を傾げた。

少し前に、ミルとバンクウが教えてくれた事を思い出す。

ミルやバンクウから受け取って生み出したモノ。

生み出したソレを封じた指輪は、ここに来る折りに消えてしまっていたが、たしかにあれを 《器》と呼んでいた。

心の宿っていない 《空の器》だと。

(……ミルちゃんたちに聞けば、彼らを助ける方法があるのかな?)

「……その件に関しては、どうにかなるかもしれないよ?」

 スタンの言葉に、回りがシンッとなった。

「確認するけれど……器さえあれば、いいんだよね?」

 スタンの言葉に、その場に集まっている者たちは互いに顔を見合わせる。

「《器》があれば、輪廻の輪に入る事が出来る」

 誰かがそう小さく答えた。

「……駄目もとでチャレンジしてみる気概があるなら、願い事をたった一つに絞ったらいいよ。あたしもね、この勝負に勝ったら、一つだけ願いを叶えて貰える様になっているの。人生をいろんな事に振り回されてしまって、幸せが何なのか知らないまま、死んでしまった子がいるの。その子を助けるために……そのためだけにこの勝負を受けたのだから。みんなもね、この勝負に参加するって決めたのだって、叶えて欲しい願いがあるからでしょ? でも、みんなの願いは《生きる》こと。この事があるまで沢山の願いがあったかも知れないけれど、今はそれだけ……なんだよね?」

「…………」

「あの世界に帰ることだよね? でも、その 《生きる》っていう行為は、受け入れる《器》がなくちゃ出来なくて。その器だって、収まる身体がなくちゃ、出来ない。でも、折角ここまで来ることが出来た。この機会を逃す手はないでしょ? 神様たちが、却下しそうな願い事を口にして、この機会を無駄にしてしまうよりも、あたしに一口乗ったほうが確実に先が明るいかもよ?」

「…………」

「ただね……、皆の元の姿に戻す事が出来るか、それは約束出来ないかも。でも、あの世界に戻ってちゃんと自分の意志で生まれ変わるっていう意味なら、力を貸す事が出来ると思うよ」

 獣の鳴き声の様なものを耳に拾った。だが、スタンには思念が届き、言葉として伝わる。

「……ただの小娘なのにか? 魔術の何たるかも知らず、これから大それた挑戦を受けようとしている、お前がか?」

 スタンは小さく笑った。

「《ただの小娘》だからよ。何も知らないから挑戦する事が出来る。……それに、何も知らない皆をこき使うのは悪いって思う気持ちがあるから、協力を仰ぐためにここへ降りてきたんじゃない。あたしはね、ここでの役割はみんなと違うけど、対等の立場に立ちたいの」

 その言いように、場が和んだ。

「あの世界に帰れるのなら、その姿は異形でも構わない。あの世界に帰り、再び生きる事を諦めていた俺たちだ。お前に、命運を任せよう。……スタンギール、お前がもし神に勝利したら我等は何をかの神に願えばいい?」

最初に問いを放った男が、不敵に笑い問いかける。

スタンは可笑しそうに笑いながら答えた。

「あたしについて行きたいって願えばいいよ。あの存在は、あたしに言ったの。《ここに集まったモノたちは、願いを叶えるために参加したのだ》って。《願いを叶えてやりたいのなら、お前が勝つ事だ》って。このあたしにそう約束した。だから、みんな……勝つためにあたしもがんばるけど、皆も協力して。勝ったら、絶対約束を守ってもらうから」



 眼下に広がる町のあちこちで、指示を受けた者たちが散り散りになりながらも、互いの門を攻略するために、突き進んでいく。圧倒的に、スタンギールの陣営は人が少なかったが、消耗戦とならないように、極力相手勢力に見つからないように身を隠して進む指示をしている。この勝負は、相手陣営の者達を“連れ帰り”味方の門の中に放り込むかだ。同時に味方がどれだけ多く敵の妨害を交わして逃げ切るかという事。人数的に、スタンギールの陣営は少ないから、負担が大きい。しかもこちらは捕獲した人数でポイントが入るが、敵は百分率計算となる。つまり、イスリーグ率いる者たち一人に割り振られる得点より、スタンギールの味方一人の得点が高いのだ。同じくらい一人頭の消耗も高い事になる。それだけでも如実に不利な状況といっていいだろう。味方陣営に残って、門を守るのは、スタンギールの意志の代弁者である神官と、広域の術が使える魔術師。そして、術者と神官を守り、門を攻略する為に訪れる敵勢力を排除する物理攻撃に特化した者数名だ。門の周囲の建築物を足場として、罠をしかけて、圧倒的人数差を埋める為の策だ。敵は少ない人数のこちらを甘く見ているだろうから、数のごり押しでくるはずだ。圧倒的数でもって、丸ごと捕獲し持ち帰れば、敵の勝利だ。策もなにも必要ない。向こうがこちらを攻略するために投じた人数が少なくなれば、ちちらの門を攻略するために、門番たちが“動く”。だから、こちらを攻めてくる者達を大部分排除か捕獲して、門を強化してからが勝負だ。

『・・・・・・来るぞ』

 気配察知の得意な者が、そう呟くと、いい笑顔で笑う。

『幻惑の結界に入った。・・・・・・さて、味方同士でどれだけ消耗してくれるかな?』

 遠くで喧噪と共に破壊音が轟き、時折大地を揺るがす。

『人族が殆ど相手側にいないからねぇ! だから、仕掛けやすい』

 好戦的に瞳をぎらつかせながら、喉の奥で笑う。

『魔獣や妖獣は力が全てだからな。真っ向から攻略しようと突き進むだろうさ。魔族や妖魔族、精霊族や妖精族は、逆に術でもって圧倒することだけを考えるからね。これもまた、考えが読みやすい』

 二人の会話を聞いていた、妖魔族の者が、苦笑しながら肯定する。

『人族は、物理的にも術的にも、力を他者から借り、道具を用いなければ最弱だからな。けど、その分頭が回る。契約でもって得た魔力を用いて様々な効果を持つ術式を生み出し、道具でもってこうして罠を張る。我らは力は力で屈服させることしか考えないからなぁ』

 会話の間にも、何処かでまた喧騒と破壊音が耳に届く。別な場所に仕掛けた罠が発動したのだ。スタンギールの陣営に属するモノたちは、門番と守護者達を残して門を攻略する為に向かった者達は、自分の属する種族の特徴を捉えた、足止めと排除の手段を講じて去った。彼らは“囮”だ。相手側が数が多いとはいえ、ここに止め置かれた者達は、馬鹿ではない。相手をいかに上手く誑かし、誘い出して味方陣営へ誘い込むかが肝となる。 物理特化のモノたちは、同類に高揚するし、好敵手として戦いに挑む。その性質を利用した罠が至る所に設置してあるから、幻覚で敵同士に見えれば、勝負を挑むだろう。

 ふと、上空を見ると、こちらへ向けて滑空してくる黒点が多数見える。門を守護していた者達は、それぞれ気付き、術者たちは発動準備に入った。剣や斧、槍などといった武器を携えた者たちは、攻撃準備に入る。視界に移った黒点は、やがて形を持ち、鋭い鳴き声と共に、迷う事無く背後に守る門へと殺到してくる。それぞれの射程距離に入ると、躊躇することなく攻撃を開始した。味方陣営に属する、飛行能力のある魔獣が、術者の攻撃の合間を縫うようにして、大地を蹴って宙へと飛び上がり、敵側が仕掛ける、属性攻撃を、己の持つ属性攻撃で相殺する。巨大な体躯を持つ、飛竜同士の殺し合いは、こちらも身を守らなければ巻き添えを食う。砂塵が舞い、瓦礫が町中に降り注ぐ。狙いが外れた攻撃がハデスの町並みを次々と破壊していく。術者たちが放った拘束することに特化した攻撃は命中し、敵勢力を次々と打ち落としていった。耳が可笑しくなるほどの騒音と相まって、悲鳴や怒声、滑落した際に破壊した周囲の建築物のあらゆる音で包まれる。今のところ、無傷で門まで届いた者達は居ない。第一派を凌いで、身軽な者達が辛うじて生き残った敵を見つけだし、門へと放り込む。放り込んだ敵の身体は、門の力となって消化吸収するが、見目はおぞましい。溶け消える相手の苦悶の表情や叫び声を目にするからだ。消えた相手は、この遊技から戦線離脱となって、成り行きを見守る意識体だけの存在だけとなる。そうなったら、自分の陣営の力とは成れない。この遊技に参加した際に報償とした願いも叶わない。勝つのは、叶えられるのは、この町ぐるみの盤上で生き残った者だけだ。

  殺到してきたはずの敵勢力の殆どが自滅で数を減らし、物理攻撃でもって守備範囲内に入ったモノたちは、敗者となるか、得点として門の糧となって戦線離脱となるかの二択だ。

『囮のモノたちは無事か?』

問われて神官は、味方の気配を探ると大きく頷く。

『挑発することと、逃げる事に専念するように指示したからね。しかし・・・・・・』

『ああ。言いたいことが判る。向こうは作戦などは立てずに個人に任せているようだ。残るのは、精鋭だな?この様子だと、こちらの陣営に残っている者達を殲滅して、俺たちが偵察に出した相手を、捕縛することで、点数を稼ぐつもりのようだ。なら、味方を撤退させるか? 一応、多少なりとも得点は得た』

 今の戦闘で生き残った敵勢力を全て拾い集め、門に押し込むと、簡素だった石造りの門が、身を震わせ粘土を練るように姿を変える。僅かに波動のような物と共に、意志を感じた。それを見た、神官は目を眇めて観察する。

『どうした?』

『門が進化した。・・・・・・命を取り込めば取り込むほど、力が増すらしい』

『どういう事だ』

『・・・・・・詳しいことは判らないが。これもまた、意味があるのだろう』

 ふと、その場に居た者達は、一方方向を睨みつけ、一つため息を吐いた。

『・・・・・・気配が五、消えたな?』

『捕獲されたのか?』

『いや、あの状態では、戦闘行為の果て、だな。・・・・・・あ、戻ってくる!』

 四方から、数を減らした味方が、帰還する。荒い息継ぎと共に、汗を拭いながら、敵陣営のモノたちが、こちらの襲撃からの帰りに遭遇したのだと、悔しげに告げる。

『伝言! 勝ってくれだと。仲間が向こうに捕縛され、勝ち点を与えるのを阻止するために自害した』

伝えられた言葉と状況に息を飲む。

『“勝てば還って来ることが出来る。だから、確実に相手に点が入らない事が優先だ”だそうだ』

 その覚悟と犠牲に顔色を青ざめさせながらも「ああ」と呟く。彼らは死を経験したのだ。今は仮初めとはいえ、肉体を得ている。肉体を持つからこそ、久しく体験していない、生きている証拠とでもいえる、喜怒哀楽も、肉体の損傷に伴う痛みも身近にある。そして、自害するということは、死ぬだけの覚悟と、それほどの痛みを体験するということだ。

『そうだとも』

 勝てば、我らが勝利。再び多数の気配がこちらに迫ってくるのに気がつて、不敵に笑うことで己を鼓舞した。

『我らに勝利を!』


スタンギールは、眼前に広がる雲海の下に広がる町に散らばる、駒となってくれた仲間達から意識を自身へと戻し、向かい合うように座るイスリーグへと向ける。本来は彼女の視界に全体像が確認できないほど巨大な体躯を持つはずだが、現在はその身体を随分と縮めているせいか、どんな姿をしているか見ることが出来る。蝉の頭部、鷹の体躯に人の腕を六本づつ持っていて、何かをするというよりは、自分が抱えた陣営の駒となった命たちがどのように行動し、選び、実行するのかを興味深そうに観察している。圧倒的勢力に差のある状態で、どのように攻略するのかを観察しているようだ。見たところ、味方陣営に力を貸す様子も、加護を与える様子もない。ただただ阿鼻叫喚の様を眺めているだけだ。大差だった勢力も、過信したイスリーグの陣営が強引に強襲した事が裏目となり、現在は殆ど僅差までに縮んでいた。策によっては危ない橋を渡り、それによって犠牲とならざる終えなかった者達も味方にいたが、それでも確実に点にならないように、後続へと希望を託して自ら戦線離脱を選んだ者達も居る。やがて、ある一定の点数を稼いだのか、敵の命を喰らった門が無数の目を持つ異形の巨人と姿を変体し、周囲の全てを蹴散らしながら走り出した。スタンギールの抱えた陣営の者達は、それを見送る。遠くで破壊音と砂煙、それを縫うように敵陣営の者達の、悲鳴や怒号が聞こえる。門番は、変体した守っていた門が、糧であり先勝点に換算される敵の命を探り出して引きずり出し、次々と消化しながら己の力と変えつつ進む姿を知覚したのか、味方に戦況を説明する。やがて巨人は門へと辿り着き、破壊せんとばかりに、取り付いた。

 やがて、彼らの門番が門を守りきれずに取り込まれ、守護者達は蹂躙された後に食われ果て、敵陣営の門を全て破壊し尽くした所で、勝敗が確定した。雄叫びのような叫び声が、空気を震わした。

 スタンギールは、イスリーグの様子から、彼にとって勝敗はどちらでも良かったのだと察した。思わず唇を噛みしめて内心呟く。言いたいことも、思うことすら多くあるが、眼前の遊戯盤がまっさらに姿を変えたことで、決着がついたのだと理解した。スタンギールが立ち上がって真っ向からイスリーグを見ると、イスリーグは、満足そうな気配で、その姿を闇に溶かしていく。

(ああ、判った。管理していた“心”を持て余していたんだ。)

 ふと、かの神と交わした約束が果たされたのを理解する。意識が急速の遠のき、途切れる寸前、脳裏に意志が届いた。響くように、重なり合うように。

 夢を見た。千夜一夜の幻のような生涯の夢を。

 それぞれの目線で、立場で、世界を見渡し、歩み、経験し、その果ての選択を。嘆きと絶望の生涯の道程を、受け取った“心”の恥辱に満ちた、闇の歴史を。全ての個々の抱え込んだその重すぎるほど重い悲哀を受け取り、昇華し相対した。

 上下左右周囲の何もかもの感覚のない不安定な空間の中、彼らはかつて無いほど穏やかな表情を浮かべて、立っていた。

『・・・・・・成る程なぁ・・・・・・』

 さわさわとしたささめごとの後に、不敵に笑う。

『俺たちは、賭に勝ったわけだ』

「勝負にも勝ったでしょ。・・・・・・あなた方は、狂気にも似た記憶を抱えていながらも、乗り越え、信頼することを恐ろしいと無意識に考えてしまう体験をしつつも、味方となった者達を信じて手を取り協力し合い、そして神という存在を良く知るからこそ、奇矯で酔狂な行為だと思いながらも私と共に、共闘した。だから“今”がある。あなたたちが、墜ちたままでなく、新しい自分になることを許した証であり、乗り越えたご褒美でもあると思うよ!さぁ、行こう」





 



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