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古神偃武  作者: 西崎 劉
7/11

六話 魔神「イスリーグ」


 

数刻前の事である。

アルザスたち三人は、スタンたちを見送った後、浜辺に近い場所で漁師たちに話をして回っていた。

 今は無理でも海上の魔物たちの群れが引いた時に船を出して貰えるかどうかの交渉をしていたのだ。

「……しかしなぁ。いくらなんでも命は捨てる様なもんだぜ? だんな」

「だから、船頭はいいと言っているだろう?いざとなったら、小舟だけでもいいから貸してもらえないだろうか? 賃貸料ははずむぞ」

「小舟で、この海を渡るって? ……海をなめているんじゃないのかい、だんな。それこそ、命を捨てにいく様なもんだ!」

「じゃあっ、連れていってくれるんだろうなっ!」

「うっ……そ、それは……」

この辺りでは一番の船主である、赤髭が印象的な四十中頃くらいのテチェンと名乗った男が、他の船主たちと違ってまだ前向きな反応を示してくれたので、あと一押しとでも言わないばかりに事務所ではなんだからと、テチェンの仕事場に押しかけて問答を続けていた。

テチェンの背後に控える漁師たちや、アルザスの仲間であるキルアスとメイルーンは、ハラハラしながら成り行きを見守っている。

……どれだけ経過したか。とうとうアルザスの熱意に負けてテチェンがため息まじりに頷きかけた時、それは起きた。

昼を回って幾ばくか経過したとはいえ十分あたりが明るいというのに、更に強い《光》が村を包んだのだ。

自宅にこもっていた者、無邪気に路上で遊んでいた子供たち、うつらうつらとしながら屋根の影で居眠りをしていた老人、全てが時を凍らせたように固まり、あるいは光源を確かめるように一方へ首を巡らせた。

白い光の《闇》は、隣に誰がいるかも確認出来ないほど強く濃く……それぞれの場所に立つ者たちを孤独に陥れる。

 どれだけの時間が経過した後だろうか?

その孤独に気付き、悲鳴をあげかけた時、その白い闇は徐々に薄れ……いつもと変わらない明るさを取り戻した。

 しん……と、静けさだけが村中を支配する。

次に爆発的な大騒ぎとなり、村人たちは家や店を放り出して駆けだした。

 アルザスは、仲間たちと視線を交わして頷き合うと、他の村人たちと共に外へ飛び出し、光源の方向、《海》へ向かった。

砂浜に駆け出し、ざわめく村人たちを押し退けて見たもの。

それは、晴れ渡った空と払拭された《黒雲》だった。

黒雲の様にいた魔物の大群。

それが、かけらも居ない。

それを確認して、海での漁を長く休んでいた者たちは飛び上がって歓声をあげ、いったん村へ戻っていく。

 それぞれの仕事を再開するための準備に向かったのだ。

 アルザスは、自分たちと共に海の様子を見にきた船主であるテチェンを振り返ると、太く笑って問いかけた。

「……魔物もいなくなった事だし、船を出すのに問題は無くなったな?」

 テチェンは苦笑して大きく頷いた。

「たしかに。で、どこに向かうんだって?」

アルザスは、ホッとした表情で懐から海図を取り出すと、ある一点を示した。

テチェンはそれを覗き込み、「ああ」と頷く。

「その辺りは大小様々な小島が点在しているんだ。半日あればたどり着ける」

 メイルーンは驚いた様子でテチェンを見た。

「そんなにたくさんあるのかい?」

 テチェンは軽く肩を竦ませて再び頷く。

「このあたりは、珊瑚礁が広がっているからな? それが隆起して島となったのも少なくない。……いい漁場なのだが、大きな船では行くことが出来ないんだ」

 そう言って、ふと首を傾げる。

「……そういえば……変な島があったのを思い出したぞ」

 男は首を傾げながら、指で頭を掻いた。

「変って、どんな?」

「島というにはおこがましいほど小さななりなんだがな、こう……岩が積み重なってやっと地表が出来ているくらいの規模だ。そこに、石塔が一つ建っている。見た目は灯台の様だぞ。だが、その石塔は最近まで無かったものだ。……あれだけの規模のものを作ろうとしたら数年はかかるだろうに、誰もそれが建設されている経過を見た者が居ない。……奇怪しいだろう? あの海域は何度か向かった奴もいたんだぜ。今までよ? 少なくとも半年前には無かったシロモノだ。それが二ヵ月ほど前、漁に向かった仲間の一人が、随分前から建っていた様にそびえるソレを見つけた」

テチェンは身振り手振りで思い出しながら説明する。

アルザスは少し首を傾げた。

「石塔ねぇ……。で、その謎の石塔の建つ島は、そんなに小さいのか?」

「小さい小さい。……まあ、それでもちゃんと砂浜はあるし、波の届かない場所には柔らかな草も生えるくらいの陸地もある。だが、島を一周するのに、一刻もかからないくらいだ」

 キルアスは、少し考え込んだが決意した様子で頷いた。

「取り敢えず、そこへ連れていっていただけますか? まず、そこから探してみようと思います」

 男は口許だけ歪めて笑うとあっさりと承諾した。

「よっしゃっ! 任せておけ」

 

 




 

 ――― 願い事は、何か?

 轟然と声高に問いかけるのは、闇の中に浮かぶ巨大な梟の姿をした《何か》。

 スタンは、二人のシュレーンが消えた後に残った玉に願い事を込めた時、光に飲み込まれたのを感じた。

 ――― 強大な魔力を手にする事か?

 光に飲み込まれた後、暗黒の闇が広がった。

 眩しさの余り目を閉じていたスタンだったが、問いかけられて目をゆっくりと開く。

 そこに射る様な光は無く、小山のように巨大な梟が、暗い闇の中に溶け込む様に居た。

 スタンは問いかけられ、首を振る。

 ――― 契約に従い、我は召還された。我が名は《イスリーグ》。人の子よ……我に何を願う?

 スタンは、暫くイスリーグと名乗る巨大な梟を見つめていたが、深呼吸を一つすると、逆に問いかけた。

「あたしの名前は、スタンギール・キリー」

 スタンが名乗り上げた時、イスリーグは一瞬奇妙な表情をしたが、スタンはそれに気付かない。

「……一つ聞くけど、それを叶えるには交換条件がいるのよね?」

――― しかり。あの玉は門であり鍵。つまりは切っ掛け。……呼ぶ者の想いの強さが、玉に込めた願い事に足る力を持つモノを呼ぶ。ただ、それだけ。出される条件が合えば、召還されたモノが力を貸す。交換されたものと引換えに。

スタンは願い事を口にする前に、聞いて良かったと、安堵の吐息をついた。

次に瞳に力を込めてイスリーグを見つめる。

「あたしは、魔術師じゃない。だから、力は要らない。……望むのは、門となり鍵となって消えたあの子たちの復活。……でも、ここまで来て、あなたを召還する事が出来ても、あたしには引き換えるものが無い。この身一つしか無いの」

すると、巨大な梟は、人と似た姿に変わった。

纏う色彩こそ違うが、見慣れた女の姿である。

(それにしても何でみんな、あたしの身内に化けたがるのかな? 今度は母さんだよ……)

 スタンは、やれやれと肩をすくめた。

――― では、力を貸す条件として遊戯をしよう。それなら、出来るだろう?

 イスリーグの銀色の瞳に楽しげな光が過る。

 ――― そなたが救うべきモノは二つある。一つだけ、サービスをして願い事を叶えてやろう。だから、もう一つを救うために、遊戯の勝利をかけようではないか?

 スタンは目を丸くした。

「……何故、そんなに気前がいいの?」

 イスリーグは雪の様な髪を軽く掻き上げ、クスリと笑った。

 ――― 便宜をはかるように古い友人に頼まれただけだ。……覚えておるかの? 東の外海に住む。

 スタンは少し考えた。

「もしかして、巨大なイルカの姿の?」

 脳裏に「話を聞いておいてやろう」と約束してくれた魔神の姿が過った。

「そうじゃ。奴には借りがあったのでな? それの清算をしただけだ。そなたが、彼の言う《リスロイのスタンギール》なのだろう? 遊戯で、東の外海を制覇した。

 スタンは意味が判らなかったが、名前は自分に間違いがなかったので、曖昧に頷いた。

 ――― ……時空を制し、あらゆる質量を生み出すモノたちを制し、森羅万象を育むモノたちを制したその力を我に示せ。……さあっ、如何する? 勝負は何でいたす?

「ちょっと、待って! ……あたしが、負けた時の事を聞いていない」

 イスリーグは再び小さく笑った。目を糸の様に細めて口許を歪める。

 ――― ……もう、負ける時の事を考えておるのか? それでは、勝負を捨てた様なものだぞ。

 スタンはグッと口をへの字に噤んだ。

 ――― さあっ! 何で勝負をする?

イスリーグは、楽しげに笑いながら催促する。

スタンは何が代償になるか気になったが、イスリーグが教えてくれそうにも無かったので、心を落ちつかせるために何度か深呼吸をし、一つの遊戯を提案した。

「《ハデス・ゲート》」

口にした瞬間、スタンとイスリーグの間の空間が捩じれる耳障りな音が響く。

そして、捩じれて中空にソレは出現した。

それを見て、スタンは顔を顰める。

「……石版と木彫りのキューブを使う訳ではなく、実際の《存在》を使うわけ?」

 ――― これらは我の制する我の異空。故に我の意思がそれらを呼ぶ。

 巨大な城門、様々な役割を課せられた人や異形の体を持つ生命たち。

 門は二つの属性を持ち、味方の陣地にある門へ、多く敵方の《住民》を連れ込む。

 連れ込んだ数が多ければ多いほど、命を吸収して門の力は強くなる。

 貴族階級や王族クラスの者たちはポイントが高くなり、早く敵方の王を見つける事が出来たら、それを連れ帰る事によって、王手がかかり勝敗が決着する。

 早く決着をつけるには、王を探して味方の門へ連れ込めばいいのだが、それだけでは王の持つポイントしか点がつかない。

 かと言って、ポイントを稼いでいる内に、敵が味方の王を捕獲して連れ去られてしまえば、敵の方が早く王手をかける事となる。

 一番いいのは、相手より先に王を捕獲して取り込み、敵がこちらの王を捕獲するまでひたすら点を稼いでいる事である。

 その場合、敵が王を門に取り込んだ時点で遊戯終了となり、今まで稼いだ互いのポイントが勝負の勝敗を決めるのだ。

――― そなたは、まだ我等の世界に《生まれてはいない》とはいえ、彼らが選び迎えた唯一無二の《調停者》。血で争う事もなく、存在をかける事もなく、故に公正な立場に望む事を常とするモノ。……その様な存在に対して、人間同士がする道具を使うなどとは、あまりにも相応しくないだろうて。

 スタンは、ミルたちから調停者になって欲しいと言われた事を思い出した。だが、

(……《生まれていない》って、どういう意味なの?)

ちゃんとここに《居る》のに、いないもの扱いを目の前の《何か》はする。

不思議そうに首を傾げるスタンに頓着する様子もなく、イスリーグは続けた。

 ――― 目の前の駒たちは自分の意志を持っている。カレラにも願い事がある。それを叶えるために、この遊戯に参加しここに居る。……生き残ったモノだけが、願い事を叶える事が出来る。

「…………」

 ――― 負けた者、敵の門を潜った者は、元の場所に戻るだけ。実際に存在を消している訳ではない。万に一つの可能性を叶えにコマとなる事を承諾した。これらの願いを叶えてやりたいのなら、そなたが《勝てば》いいわけだ。我等の指示はそれぞれの門を守る神官に下す。神官が王にそれを伝え、王が臣下にそれを指示する。王が捕らえられた後は、直接神官が臣下に指示するという仕組みだ。

「…………」

 イスリーグは楽しげに笑って顎をしゃくった。

――― さあっ! 始めよう……。

 スタンは覚悟を決めると、大きく頷いた。


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