幼馴染みに会いに行ったら…
俺の名前は梶原和人30才独身だ。
幼馴染みの由美が離婚して帰ってきていると言うので何か力になれればと遊びに来たんだけどさ…なぜか、とんでもない状況に巻き込まれているんだ。
それは何かって?
じゃあ先ずは今の状況を説明したいと思う。
俺はなぜか、かなり強引に由美の家でリビングに正座させられ、見知らぬ幼女に「パパっ!」と言われ抱きつかれている。
まぁ由美の子供はまだ小さくて母親と同年代の俺が父親にでも見えるのだろうから良いんだよ。ただね、今の状況が明らかに…おかしいんだ。
正面にはにこやかに微笑む由美の姿、そして目の前のテーブルには婚姻届…。
これは一体、どういう状況だい?
混乱する頭で助けを求めるように由美の親父さんとお袋さんを見ると満面の笑みを浮かべている。
「和人くん、責任は取らないとなぁ」
にやにやと笑みを浮かべる親父さん。
「そうよねぇ~、和人くんの親御さんからはもう許可も貰ってるから安心してサインしてね」
優しげな口調のお袋さんだけど目は笑ってない。
俺はもう一度、周囲を見渡し最終的にテーブルに置かれた婚姻届に視線を向けた。それはあとは俺がサインするだけの状態…どうして、こうなった?
少し考えてみるが分からない。
何故なんだ?
「ねぇ和人、もう諦めたら?」
頬杖をつきながらにっこりと微笑む由美。
何を諦めろと言うのだ?
俺の心の叫びが聞こえているのか由美は俺から視線をそらして抱きついている娘を優しげに見つめる。
「娘もパパって言ってるじゃない」
えっ?
「パパぁ~あたしのこと嫌い?」
由美の娘が涙目で俺を見つめてくる。
なぜだろう…この状況だと完全に俺が悪者じゃないか!いやいや、まてまて。それ以前にだな。
「俺とお前は付き合ったことないよな?」
そう、幼馴染みであったが付き合ったことも、そういった行為も俺は断じて行っていない!
というよりも、十年前の同窓会で会ったきりのはずだ。そして、その間に由美は結婚しただろ?
俺の言葉に由美の表情が曇る。
「和人はあの時の約束…忘れたの」
悲しげな口調で呟く由美に俺はその約束を思い出そうとしてみるけれども全く身に覚えがない。
「な、なんの約束だ?」
聞くのが怖いが聞かなきゃ今の状況を打破するきっかけが掴めないし、このままいくとなし崩し的に夫婦にさせられてしまう。うん、ここが正念場だ。
「えっ…忘れたの?和人、幼稚園の時に私を強く抱き締めながらお父さんとお母さんの前で私と結婚するって約束したじゃない」
おぃ……マジか?
俺は呆然としながら周囲を見渡す。
「そうだなぁ、男なら約束は守らないとなぁ」
うんうんと深く頷く親父さん。
「そうよねぇ、あんなに真剣な表情で言われたらお母さんだってキュンってしちゃうもの」
頬に手を添えながら微笑むお袋さん。
「いやいやいや、おかしいでしょうよ?子供の頃の話だよね?淡い思い出ですよね?」
思わず叫んでしまう。
だって、そうだろ?子供の頃の約束だ。しかもね、何度も言うけど由美は結婚したよね?その時の旦那さんのお子さんですよね?
明らかに俺の子じゃない。
…だからね、由美の娘さんや?
そんなウルウルと今にも泣き出しそうな瞳で俺を見ないでくれるかな?泣きたいのはおじさ--お兄さんの方なんだからね?
ギュッと抱きついてくる由美の娘、うん、まぁ、子供には罪はないからねぇ…って、由美の親父さん?
何で、俺の右手をガッツリと掴むんですかね?
気配を感じさせずに俺の背後に忍び寄ってきた親父さんが俺の右手を掴み婚姻届に拇印を押させようと朱肉に近づける。
「諦めるんだ、和人くん。俺は孫娘の泣く姿を見たくない!うぐぐっ、なかなか筋力があるじゃないか!だがな、俺も引くに引けないんだよ!さあ、諦めてサインするんだ!」
いやいや、ここで負けたら俺は…ってか、親父さん筋力スゲーな。あれか?火事場のバカ力ってやつか?うわぁ~、ヤバイぞ。手が震えてきた…………あっ?
ポンッ。
一瞬、力が抜けた瞬間に押してしまった!?
「ありがとう、和人」
さっと、婚姻届を掠め取った由美は自分の娘に視線を向けて小さく頷くと、さっきまで泣きそうだった娘が満面の笑顔を浮かべていますね。
あれ…なに、これ。
「じゃあ、市役所に届けてくるわね!」
「ママぁ~、あたしも行くぅ~」
由美と娘が立ち上がり婚姻届を持って去っていく後ろ姿を見つめながら俺は呆然としていた。
その姿に俺を押さえつけていた親父さんは力を緩めてポンッと俺の肩を叩きながら--。
「これからよろしくな息子よ」
って、満面の笑みを浮かべましたよ。
真っ白に燃え尽きている俺の携帯がタイミングよく鳴り、名前を見るとお袋からだった。
「…なに、おふくろ?」
「和人、結婚おめでとぉ~!」
受話器から聞こえるお袋の嬉しそうな声…。
最初から逃げ場はなかったんだね…。
そして、俺は幼馴染みと結婚しました--。