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没落貴族たちの歩み方 ~der untergegangene Adel Lebensweise~  作者: 雪乃兎姫
第2章 没落貴族の育て方

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第71話 ちょっとした機転

「単純と言ってしまえば訳はないだろうが、普通こんなことは簡単に思いつくものじゃないぞ」

「うにゃ? そう……なのかな?」


 デュランはリサのアイディアに感心するほかなかった。


(これをもし応用することができれば、より黒パンを美味しく食べることができるだけじゃなく、客をこのレストランへと惹きつけることができるんじゃないか? それにもしもパンを焼く工程で水分を与えればどうなってしまうんだ? 焼きたてでも硬いはずの黒パンが白パン並みに柔らかくなるんじゃないか? いや、今度は柔らかくなりすぎていつもよりも日持ちしなくなったり、早めにカビが生える恐れも考えられるか……)


 デュランは思いついたアイディアを次々に頭の中で描きながらも、その問題点を洗い出していく。

 そうすることにより、未だ思いつかない新しいアイディアやレストランへ客を呼ぶ切っ掛けを考えていたのだ。


「どうしたのお兄さん? そんな黒パンを持ったまま固まっちゃって」

「いや、どうすればいいのかと考えていてな」

「考え?」


 デュランは未だ憶測というか、自分の中だけではまとまらないことをリサ達に説明することにした。

 もしかすると何かしらアイディアが生まれるかもしれない、そんな思惑もあってのことだった。


「ほら、この黒パン。こんなにも柔らかくて美味しいだろ? それをどうやって道行く人に知ってもらうか。ただ漠然とレストランを開いて呼び込みをしているだけじゃ、客は来ないだろ」

「なるほどなぁ~。料理の味の以前に、食べてもらわないと味を知ることもできないよな」

「うん? 食べてもらわないと……味を知れない?」


 アルフの何気ない言葉がデュランの中で引っかかり、そして考えをまとめていく。


「そうか……そうだよなアルフっ! 食べないと味を知れないよなっ!! あっはははっ。そうかそうか、こんな単純なことに気づかないなんて俺はどうかしてた」

「おい、デュラン……一体どうしたっていうんだよ?」


 いきなり笑い出したかと思えば、自分の肩を叩いてくるデュランにアルフは戸惑いを隠せない。

 けれどもデュランはそんなことはお構いなしにこう言葉を続けた。


「だからレストランに出てくる料理の味を知ってもらうには、客達に一度でも食べてもらわないといけないんだよっ!」

「あっもしや、デュラン様は道行く人達に食べてもらおうとしているのですか?」

「ああっ! ネリネの言うとおり。この温かくて柔らかい黒パンを試食してもらうのさ。そうすりゃ今の俺達みたいに、絶対この黒パンに対して驚くに違いない。それにワインの試飲なら聞いたことがあるが、食べ物の試食なんてどこの店でも見たことも聞いたこともない。そんな物珍しさもあって、必ず客の興味を惹けるはずだ」


 デュランの考えとは至ってシンプルだった。


 それは道行く人にオーブンで温め直した黒パンを食べてもらい、レストランの味を知ってもらおうという作戦だったのだ。


 この時代における試食というものは、どこにもない試みであり市場で果物を売る店でさえもそんなことはしてなかった。その理由として挙げられるのは、商品としての品物が減ることはもちろん、味見をさせたとしても客達が必ずしも購入するわけではないからだ。もし食べさせ気に入られなければ購入はせず、店側はその品物を売ることができない。


 よって客達は自分の目と耳、その見た目とともに店主の説明により商品の良し悪しを見極め購入し、自宅で食べてみて初めてそれが美味しいか美味しくないかを判断することができるのだが、当然のことながら品物を売る店主達は全員が全員、いつも善人であるとは限らない。


 物を売り自らの生計を立てる性質上、明日には売れなくなるものであっても売らなければならない時がある。だから言葉は悪いが、客を騙してでも売れなければ自分達で損を被らなければならず、商品の質の良し悪しを付けない、あるいは付けることができない客達にはそうした質が劣った物を売りつけることが多かったのだ。


 店側は品物を少しでも高く、より多く売ることを考え、客側としては少しでも安く、より良いものを多く得たと考えているものだ。どちらも家族を含む日々の生活がかかっているため、何よりも真剣にならざるを得ない。


 商売とは、まさに店側と客側との戦いでもあるわけだ。


「でもよぉ~デュラン。いくら味を知ってもらうためとはいえ、道を歩いていく人に黒パンを一つずつ配るつもりなのか? そんなことをしてたら大赤字になっちまうぞ」

「そんなことは分かっているさアルフ。試食なんだから何も黒パン一つずつ配る必要性はない。五等分……いや、七等分にでもして一口食べてもらえばそれで十分なんだ」

「そうなのか? それなら黒パンもそんなに大量にはいらねぇな」


 アルフの懸念もデュランの説明によって納得し、むしろ良いアイディアだと彼も認めてくれた。

 さすがにスープの試食は手に持つ手間と量の問題があるため、黒パンが適切であるとデュランは考えたのだ。


「今の話を聞いていて、リサはどう思った? 試食させても大丈夫か?」

「そうだね……。損して得を取れってわけなんだね。うん。確かに良いアイディアかもしれないね。それにこのままだと明日もお客さんはマダム達のような、市場の人しか来ない可能性もあるしね」


 デュランは料理を担当するリサへと確認するようにそう聞くと、彼女も納得しながら頷いた。

 それにマダム達は明日も来てくれると言っていたが、それでも今日と同じくらいの人が来ればいいくらいだろう。それではどうにか店を維持できるほどしか売り上げられず、顧客の獲得は急務の問題だった。


「じゃあ今から……いや、もう昼も過ぎてしまったから意味がないか。明日の昼少し前から呼び込みをするのと一緒に、黒パンの試食をしてもらうことにしよう。どうせ駄目元なんだから、これで失敗したからと言ってこれ以上状況が悪くなるわけでもないしなっ!」

「明日からが勝負だな! 腕が鳴るぜぇ~」

「あ、明日は私も精一杯頑張りますっ!」

「ボクも明日は頑張るよ」


 リサ達みんなはデュランの考えに賛同して、明日の昼前から新しい試みである道行く人達にレストランの味を知ってもらうために黒パンの試食を行うことにした。


 これがデュラン達にとって起死回生の切っ掛けとなることを誰もまだ知らないのだった……。

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