表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/50

こうしてお互いを自分に惚れさせて優位に立とうという争いは火蓋を切った。


レティシアは、まだ十四歳だったが、夜会に全く出席できない訳ではなかった。王宮の舞踏会は絶対に無理だが、自家で開かれるものと親族や仲の良い令嬢がいる親しい家などは、早い時間に戻る事が前提だが、親同伴ならば許されていた。


それはアンディやエミールやミゲルも同様だった。特にアンディやエミールは、ローゼ家とアーデン家の後継の為、連れ回される事が多かった。


リクソール家の後継であるルシアンは、まだ十一歳な為、駆け引きが必要な場所には駆り出されていない。両親はあと二年後くらいしてから徐々に出して行くつもりの話を本人にもしていた。


侯爵家以上の家だと、十三歳くらいが他家との付き合いに出る頃合いで、十六歳から成人とみなされ、親の付き添いなく自分で社交に努める様になる年齢だった。



そして本日はローゼ家の夜会だった為、リクソール侯爵夫妻は勿論、レティシアも出席する事になった。


今回は母のリリアナも味方に引き込んで、より魅力的に見せるべくドレスや髪形や装飾品等の選別を相談すると、リリアナも快く一緒に考えてくれた。


「アンディは、割と淑やかな令嬢が好きなのではないかと思うのよ」


リリアナは娘を見て気まずそうに言った。レティシアは淑やかに振る舞えない訳ではないが、性格は程遠かった。


「何だかアンディと結婚して上手く行くのか不安しかないわ。お母様」


「大丈夫よ!上手くなんて行かなくても結婚するしかないのだから、悩むだけ損よ?」


それって大丈夫なのか!?とレティシアは思うが、生粋の公爵家令嬢だった母から「政略結婚なのだから上手く行ったらラッキー位で考えろ」と昔から言われて来た。レティシアは少し母の事が心配になるが、父と母はすこぶる仲の良さで、とても政略結婚だったとは思えない。


しかし、その昔母は、王様からの求婚を逃れる為に父と結婚する事にしたらしい。母はその当時の事を思い出すと笑って「セフィールは物凄く意地が悪くて、仕事場の先輩だったけど犬猿の仲だったわ」と話す。


「でも、今はとても仲が良く見えます。結婚すればそうなるものなのですか?」


「いいえ。駄目な時は駄目だわ。お母様はレティシアをとても愛しているし、幸せになって欲しいとは思っているけど、貴族の結婚は幸せに成る為にする訳じゃないのよ。いかに自領のために成れるかなの。もうレティシアも十四歳だからハッキリと言うけれど、貴女のその髪の一筋までもが、リクソールの民からの税収で造られているのものなのよ。貴族の娘は、領民の為ならば、どこへ嫁げと言われても嫁ぐのが当然の義務なのよ。言っている事は分かるわね?」


「はい……。でも女性にばかり負担が大きい気が致します」


「そうね。確かに貴族の令嬢からすれば、理不尽だと感じる事もあるでしょう。貴女の周りにはまだご結婚なさるご令嬢がいないからピンと来ないかもしれないけれど、ご実家が困窮されている家などは、援助と引き換えに倍も年の離れた方に嫁ぐ事なんてザラにある事なのよ。そういう意味でいうと、貴族家の娘は家の大事な駒なの。残酷な言い方に聞こえると思うけれど、言葉を飾っても同じ意味の言葉にしか成らないわ。でも、結婚する相手側にとっても婚姻のカードは、やはり家が欲しいものを手に入れる為の最強のカードなの。男の(かた)(ほう)も犠牲が無い訳ではないのよ」


「では、アンディは私と結婚する事で何が得られて、何を失うのですか?」


「アンディが得られるものは、貴女という花嫁と生まれて来るかも知れない子供達だけよ。失うものは、貴女と同じく自由に恋愛する事かしらね」


「アンディに得が何もないのですか!?」


「そうよ。得るのものは、領の為になるものだけよ。領が富み、安定して平和で居られる様にする事がアンディに求められる事だもの」


レティシアは大分自分が自惚れていた事が分かった。


国一番の高貴な姫『ローゼの姫』などと持ち上げられ、自分と結婚できる者は、相当多くの利益を得るものとばかり考えていた。


しかし、手に入るのはレティシアのみと言われれば、自分にどれほどの価値があるのだろうかと考えれば、家の格や権勢や血筋などを抜けば、ただの気の強い小娘だけが残る事に気付いた。


「私は、今迄愚かな考えで居りました……」


「レティシアは早くに嫁がなくてはならないから、仕方なく厳しい言い方をしてしまったけれど、お母様だって二十歳になって婚約してからようやく気付けた事だから、今の段階で理解出来るレティシアは愚かなんかじゃないわ。大丈夫よ」


そう言ってリリアナはレティシアの頭を撫で、「それにね…」と言葉を続けた。


「今回アンディと仲良くする様にと貴女に言ったけれど、恋愛関係になれと言っている訳ではないの。勿論それがベストではあるけれども、双方の気持ちが伴わないと無理な事だもの。難しいわよね?私が言いたいのは、信頼関係を作って欲しいという事なの!簡単にいえばお互いが協力出来る関係に成りましょうと話し合える関係になる必要があるのよ」


「信頼とは、どうしたら得られるものなのでしょうか?未熟な私には見当もつきません」


ぺしゃんこになったレティシアに、リリアナは「まずは、仲の良い振りをして見てはどうかしら?」と勧めて来た。


「嘘を吐かせる事で、却って信頼を失う事には成りませんか?」


「それは、大丈夫よ!元々、王家や他家に対して見せかけだけでも仲の良い振りをする必要があるんだもの。それを実践出来ない様ではアンディに次期当主は務まらないわ。うちもアンディに貴女を嫁がせる事を見合わせる事になるわね」


「でも、そうしたらアンディはどうなるのですか!?」


「当主不適格な烙印を押されたら、嫡男だったのなら、蟄居に近い形を取らされるでしょうね」


「ローゼ公爵家の子息がですか!?」


「幽閉とかは流石にリューク兄様はされないでしょうが、それでも表舞台から消えて貰う必要が出て来るわね。ミゲルが継ぐ事になるとしたら、アンディは不穏分子にしかならないわ。下手に担ぎ上げる勢力が出て来たら領が割れる危機だもの」


「嫡男とは大変なのですね…」


「そうよ。特にローゼ家は派閥の長でもあるでしょう?誰も自分よりも劣る人間に着いて行こうとは思わないものでしょう?だからこそ、きちんとした教育をしても、資質が無かったら挿げ替えるしかないのよ。冷たいと思うでしょうけど、背負っている領民や、派閥の領の民の事も考えれば、領主の無能は罪を犯しているのと同じなのよ」


リリアナの言い方は極端ではあるが、レティシアにも分かる様に、言葉を濁したり飾り立てりしない分、レティシアも胸に迫るものがあった。


今迄、我儘なお坊ちゃまだと思って来たアンディは、かなり大変な環境に置かれているのだという事が分かった。しかし、アンディがその立場を理解しているのか不安になった。


「アンディは、その事を理解しているのでしょうか?髪色や血筋など小さい事に悩んでいて自覚が有る様には思えません」


「自覚が有るから悩むのでしょうね。髪色や血筋は小さな事ではないわよ。リューク兄様がアンディが紫の瞳を持って生まれた事をどれ程喜んだか、アーデン家のエミールがランドールの血筋が入っている事をどれ程気にしているのかを考えたら、小さな事だなんて思えないわ」


「そうなのですね。私は男が髪色や瞳に拘るなど女々しいと勘違いして居りました」


「レティシアがそう思っても仕方ないわ。貴女はローゼ家そのものな色合いに産まれて、リクソール侯爵家の娘に生まれたのだから、どちらかと言えば金髪で青い瞳のルシアンが羨ましいと思っているでしょうしね。私に悪いと思わないで良いのよ?私だってお母様は豪奢な金髪で、緑のそれは綺麗な瞳だったから、随分と理不尽に感じたものだったわ。それにリューク兄様の銀髪も綺麗で羨ましかったわ」


リリアナの言う通り、レティシアは、美しい銀糸に生まれたアンディが、何に文句があるのよ!と心の中で突っ込んでいた事はあった。だが、皆から一様に誉め讃えられるこの黒髪を厭う様な事は言ってはいけないと思って来た。


「確かに羨ましくは思いますが、お母様譲りの黒髪と紫の瞳は、お母様やローゼ家のお爺様や、アーデン家の小父様やエミールとも血が繋がっているのだと感じる事が出来て嬉しくも思っているのです」


「そう。良かったわ。でも貴女が産まれた時にセフィールは、貴女が黒髪で生まれた事をとても喜んだのよ。意外でしょう?『これでローゼ家に嫁いでも大事にして頂けるな』と貴女が少しでも幸せになれる確率が上がった事を喜ばれたのよ」


いつもレティシアには甘く、ルシアンには厳しい父だが、それでも生まれる前から決められていた結婚の事で、レティシアが婚家で大事にして貰えるかどうかまで、産まれた時点で直ぐに思いを馳せたのなら、家の駒だったにしても、とても大事に想われ愛されている駒だったのだろうと、レティシアは込み上げる感情に瞳が潤んだ。


「お母様。私、アンディとうまくやって行ける様に努力します。リクソール領とローゼ領に住む人達の為と、わたくし自身の幸せの為に頑張ります」


「レティシアには味方も沢山居るのだから、皆に頼りながらで良いのよ。一気に何もかもうまく行く訳ではないと思うわ。まだアンディも若い分、レティシアにも負担が大きい部分も出て来るわ。その時はお父様ではなく、まずはお母様に頼って欲しいの。お父様に言うという事は、リクソール家が出て行くという事になるから、それだけは心に刻んで置いて欲しいの」


「はい。リクソール家とローゼ家を不仲にさせる様な真似は致しません。これからの事は、お母様にだけ相談させて頂きます」


リリアナは、腹を括った娘を頼もしく見詰めた。親馬鹿かもしれないが、美しく聡く、そして思い遣り深い優しい娘に育ってくれたと思った。これでアンディとの仲がそれなりにうまく行ってくれればと願って、出来るだけ淑やかに見える様にレティシアを飾り立て、ローゼ家の夜会に向かった。レティシアには信頼関係から築けとアドヴァイスしたが、セフィールと自分の事を考えても、相手から愛情があった方がレティシアが幸せになれる事は確かだと思った。


リリアナもこっそりとレティシアの計画を応援する事を決め、裏でリュークや奥方のローレンシアにも相談したりと、セフィールには内緒でかなり暗躍する事になった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ