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今回はエミール視点です。
エミール・アーデンは、アーデン侯爵レイモンドの嫡子で、レイモンドは、ローゼ公爵リュークの弟である。
なので、アンディとエミールとは父親同士が兄弟の従兄弟である。
しかし、エミールの母は二大公爵家のローゼ家の宿敵であるランドール家の出で、ローゼ家の門下家であるアーデン家に嫁ぐにあたり、ランドール家と縁を切らされた為に母方のカルヴァートン子爵家からの嫁入りとされたが、この国の王家の正妃様であるシャルロット妃と同腹の姉妹でもある。
エミールは、ローゼ公爵家の兄弟とも従兄弟だが、王子殿下とも従兄弟関係に当たる、という複雑な血筋の持ち主だった。更にランドール公爵家の血筋という点も、ローゼ公爵家門家としては唯一の存在だった。
これは、両親がどうしても結婚したいと望んだから起きた結果なのだが、エミールは複雑な状況の所為で少々風変わりな子供に育ってしまった。
ランドール公爵家は、謎の多い一族で、王家でも無いのに側室を何人も娶る事で知られているが、母の母、エミールからすると祖母になるが、祖母は何と前ランドール公爵の三人目の側室だったらしい。正妻を入れると奥方が四人も居る事になるのだから、これにはエミールも知った時にはとても驚いた。
お妾さんを外に囲う貴族はいても、側室として貴族令嬢を迎い入れるのは通常は考えられない事だった。
ランドール家は、美しい夫人を貰い、そして領内の家臣に娘達を降嫁させ、更にその中のランドール家の血筋を引く娘の中から美しい娘を選んで正妻として来た。そうして近親婚を繰り返した一族は、並外れた美しさを持っており、エミールもその血筋を受け継いでいる為、抜きん出て美しく整った顔立ちをしているが、幸い黒髪に紫の瞳というローゼ家の一族に良く出る高貴だと言われる色彩で生まれた事は、エミールにとって一番良い事で有難い事であった。
ローゼ家のアンディとミゲルは、銀髪に紫の瞳をしているが、二人は瞳や髪色が何色だろうが公爵家の子息様だが、エミールはこの色彩を得なければ、アーデン家の後継だと、他のローゼ門下の侯爵家であるモーヴァン侯爵家やルドゥーテ侯爵家に認められなかっただろう。
母のマリアンヌは、産まれて来たエミールを見て涙を流したと、父であるレイモンドが一度だけエミールにこぼした事がある。レイモンドと同じくローゼ家の血筋を体現したこの姿は、エミールがローゼ家の中の筆頭門下家のアーデン侯爵家の跡取りとして必須のものであったのだ。
エミールの立場からすると、アンディの悩みなど悩みの内に入らない位、些末な物に見える。それだけローゼ公爵家の若様が、甘やかされて育てられた訳ではないにしても、エミールほどは厳しい状況に置かれなかった事もまた事実だ。
レティシアとの事にしてもアンディは悩みの種の様だが、公爵家と肩を並べる程の力のある侯爵家の娘との婚約は、アンディの後ろ盾にもなってくれる上に、ローゼの血を色濃く継いだ姫との結婚は、領民やローゼ派閥の歓迎を持って受け入れられる、思い付く限りで最高の結婚相手である。
しかもレティシアは美しく聡明な娘だった。レティシアの母のリリアナも際立って賢い人だが、その夫であるリクソール侯爵は、十代半ばで侯爵位を継いで自領を更に躍進させた鬼才である。その人達の血を受け継ぐレティシアも、相当の才と最高位の令嬢としての教育も施されていて、エミールから見たら文句の付けようの無い令嬢だった。
しかし、幼い頃から結婚相手だと言われて来たせいで、二人はお互いに変に意識してしまった為に、少々ぶつかり合う所があったのは否めない。ミゲルやエミールとは親族として近しい感情がレティシアにもあっただろうが、アンディだけには却って反発してしまう感情が湧いた事で、アンディが疎外感を感じて心を痛める事になろうとは、レティシアも幼くて気が回らなかったのも無理はなかった。
今はアンディは十五でレティシアも十四になったのだから、もう少し大人な付き合いを考えた方が良いのではとエミールやミゲルは思っているのだが、双方とも未だに譲る気配を見せない。
それ以外の事柄については、アンディもとても優秀だし、社交界デビューを控えた年齢ではあるが、領地の軍の演習にも混じって馬を走らせ剣を振るう様は、ローゼ家の当主が今迄文官に偏っていたが、初の武官での最高位を狙えるのではないかと言われる程の腕前だった。それに家柄や見目の良さも加えれば、非の打ち所がない貴公子であった。
アンディに比べれば、ミゲルもエミールも、ややひ弱に見えてしまう。アーデン候である父は、エミールの良い所を伸ばして、主家の嫡子であるアンディの補佐をすればいいと言ってくれる、エミールには良い父親だった。エミールの苦労も理解してくれていて、公爵家の嫡子よりも目立って優秀でなくて良いと思っている節があった。
今のエミールの悩みは、アンディとは違った意味で婚約者の事だった。自分の複雑な出自と地位を鑑みて、それに合う令嬢が居るのだろうかと不安に思ってしまうのだった。