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ローゼ家がルドゥーテ家に手を差し伸べたことに対して、レイモンドは「ローゼ側が放っても置けないだろうからな」と理解しつつも攻撃的なライバル家に対して、勝手に落ちていく分には構わないという見解を持っていた。むしろ少し弱体化してくれればいいのに、という本音もあった。
「今は私がローゼ領の副領主だが、次代はミゲルになるだろう。そうなると、今迄一括で管理して来たアーデン家の領地は、完全にローゼ領とは別になっていまう。今迄は分家だったが、他の門下家と同列になれば、益々エミールの負担が増えてしまう」
「それはそれで仕方がない事ですよ。アーデン家は今迄、楽をしすぎです!モーヴァンやルドゥーテや、特にリクソール領を見習うべきです。リクソール候は私と同じくらいの歳で侯爵位を継がれて直ぐに、目に見える形で結果を出されていらしたと伺っています」
レイモンドの心配にエミールが醒めた答えを返すと、レイモンドはニヤリとしてから、エミールの婚約者のほうの話題に変えて来た。
「セレーネ嬢とは、どうなんだ?上手く行きそうなのか?」
エミールは自分を揶揄おうとする父を呆れた顔で見てから「もちろんです」と真面目な顔で答えた。
隙の無い息子に対して「可愛げのない…」とぶつぶつ文句を言うのをマリアンヌに窘められた。しかし、マリアンヌも心配な様で「セレーネ様はエミールから見たらどんな方なの?」と聞いて来た。
「そうですね…一言でいうと、大変勉強熱心な方ですね。この間お会いした時には、アーデン家の領地とモーヴァン領は隣接していますから、ローゼ領と完全にアーデン領が離れた場合の統治について、領民はローゼ領の中のアーデン領というくらいの意識で居るだろうから、どうやってローゼ領と距離を置くかという事と、そうなった時にモーヴァン領とどこまで協力して行ったら良いかという話になったのですが、自領はもちろんの事、アーデン領やローゼ領の事もよくご存じで、うっかり話し込んでしまって、お帰しするのが遅くなってしまって焦りました」
エミールの答えにレイモンドとマリアンヌは目を丸くした。
「年頃のお嬢さん相手にエミールはもう少し気が利いた話が出来る子だと思っていましたよ。がっかりだわ!セレーネ様にもがっかりされてしまったのではないかしら?」
「いいえ。私も最初は女性の好みそうな王都で流行りの歌劇や、菓子店などの話題を振りましたが、それなりにはお答えになるものの『一応他のご令嬢達との会話に困らない程度に知っていますけど、それほど造詣が深い訳では無いのです』と仰られて、ローゼ領の少し前の改革の話や、アーデン領とローゼ領との特色の違いなどをお聞きになりたいとせがまれて、話が進むうちにすっかり議論の様になってしまって、どうやらセレーネ嬢は、領政にとても興味がお有りのようなのです」
「それは、また少々風変わりなご令嬢なのだな。変わり者はうちはリリーやレティシアで間に合っているから、普通の可愛らしいご令嬢を期待していたのだがな」
冗談っぽい口調でレイモンドはいうが、案外本音なのかもしれない。それに対してマリアンヌは「エミールの助けになりそうな良い子なのねぇ」と感心したように言った。
♢♦♢
エミールは両親の追求を逃れた後、ローゼ公爵家に来ていた。
先触れは出していたので、ローゼ家の執事にすぐアンディの部屋へ案内された。
そうして入ったアンディの部屋には、アンディ本人はもちろんだが、レティシアがいた。今日のエミールが用事がある本命はレティシアのほうだった。
レティシアのほうは、軽くエミールの部屋に訪ねて来るが、反対の場合はなかなか難しい。令嬢の部屋に婚約者でも無いのには軽々しくは入れない為だ。
それでも子供の頃はまた話も違うのだが、ご令嬢は、十四、五歳から婚約が決まり始める時期で、その位の年齢になったら、社交界にでる前でも年頃の令嬢だという認識になる為、親族とはいえレティシアに会うには、ローゼ家で会う方が体面的な面で望ましいという状況になって来ていた。
レティシアは「エミールから私に相談なんて初めてね」とにっこりと出迎えた。
「やあ、レティシア、アンディ。二人の邪魔をして悪いね」
「そんなこと全然ないわ。ねえアンディ?」
「ああ。エミールなら、むしろいつでも歓迎する」
そう言ってくれるのは嬉しいが、アンディとレティシアの仲が、親戚の域をまだ出ていない事が分かってしまってエミールは微妙な心境になった。
「ありがとう。それで予想は付いているかもしれないけれど、相談はセレーネ嬢の事なんだ」
「そうね。むしろセレーネ様以外の事を私に相談されたら、その方が問題だわ」
レティシアがそう言うと、アンディは真剣な顔で「変な令嬢と火遊びでもしたのかと思ったぞ。リクソール家に収拾の手伝いでも頼むのかと思った。この間その様な事を言っていたから…」と余計な事まで言った。
「あら、エミールはそんな事しないわよ」
エミールはレティシアの信頼の瞳を若干気まずく感じたが「エミールがそんな下手を打つ訳ないわよねぇ」と続いた言葉で力が抜けた。年若い令嬢としては、物分かりが良過ぎるだろう!
リクソール候は公爵家のリリアナ様をもらい受けて置きながら堂々と浮気出来る筈もないので、どこからの影響だろうかとエミールは首を捻った。
「誤解があるみたいだけどそれは置いておいてね?」とエミールは本題に入る事にした。
「リクソール侯爵夫妻からも、モーヴァン侯爵からも、セレーネ嬢は僕に好意があると言われて来たけど、それはおそらく勘違いだと思うんだよね。ここ数回、夜会などにエスコートしたりした時の雰囲気からして、それは無いと言い切れるくらい僕自身には関心が薄いんだよね。それよりもアーデン領や、ローゼ領の事にとても関心があって、セレーネ嬢はモーヴァン侯爵家という後ろ盾もあるから、思惑が見えない以上、どこまで信用して良いものかと思ってレティシアに相談に来たんだ」
「あれー?おかしいわね…いつも『アーデン侯爵家のエミール様が素敵』っていっている子達と固まってエミールの事を見ていたし、婚約者が決まっていないご令息の中ではエミールがやっぱり人気がダントツだったし、セレーネ様と婚約が決まるまでは、ジュリアン殿下と人気を二分する程だったのよ」
レティシアの調査でも、セレーネはエミールに憧れていたし、何よりも父親であるモーヴァン侯爵がレティシアの両親が縁談を持って行った時にそう言っていた。それはレティシアもエミールもリリアナから聞いていた。
アンディが「セレーネ嬢が侯爵令嬢になったのって、ごく最近の事だろう?ブライアン様は爵位を貰えても分家の子爵位くらいの予定であったのなら、セレーネ嬢はその時点ではエミールとは結婚は望めない。聞いた限りの賢い令嬢ならば、エミールよりも、ジュリアン殿下の側室狙いの方が妥当だと考えそうだが…」
「それはジュリアン殿下のファンの子達の中には、側妃狙いの子爵令嬢や男爵令嬢は多いわよ。でも、純粋に慕っている子達だって沢山いるし、まだご婚約もなさっていないから、唯一の妃になれるって夢見てる子達だっているわ。まだ皆社交界デビュー前だもの」
「では、ジュリアン殿下の妃候補は?もう決まっているのだろう?」
アンディがそう言うと、レティシアは言ったらお父様に怒られるかもしれないと、言い淀んだ。
「「クロフォード侯爵家だろう(でしょう)」」とアンディとエミールの声が被った。
「ミリアリア様だって聞かなくても分かってるんじゃない!!」
レティシアが怒ると「やっぱりそうか」とアンディが言い、エミールは「妥当だよね」と答えた。
「鎌をかけたのね!酷いわ」
「レティシア。鎌をかけたというよりも、ただの確認だ」
涼しい顔でアンディが言うと、エミールも苦笑して同意した。
「まあローゼ家もランドール家も、クロフォード侯爵家の塩の利権の専横をそろそろ許さないだろうし、リクソール家が婚姻の誘導が出来る今以外に平和的に解決出来ないもんねぇ」
「エミールの言う通りだ。リクソール家もクロフォード領が自領と関係無ければ捨て置くかもしれないが、地理的に完全に巻き込まれる。早いうちに解決したいと思っておいでだろう」
クロフォード侯爵家のミリアリアは、中立派の有力家の令嬢でレティシアと境遇も近く同じ歳な事もあって、令嬢仲間の中ではレティシアとかなり親しくしていた。
しかし、上手くいかないもので、ミリアリア自身はエミールの事を慕っていた。ミリアリアの場合、家の家格からいっても、アーデン侯爵家への嫁入りが可能だった所為もあって、他の令嬢よりも熱の入り方が違った。派閥が違う事と、ルドゥーテ侯爵家のメルヴィナの存在があったので、直接エミールに関われる機会は少なかったが、レティシアに語る想いは一途なものだった。セレーネと婚約が決まったと知ってしまった後は、かなり憔悴してしまって、婚約に加担したレティシアは心の中で懺悔しながらミリアリアを慰めた。
しかしと、レティシアは思う。セレーネ嬢は控えめな性格なのかと思って来たが、レティシア達とは身分が違うと本人が考えていたからだとすると、周囲にエミールを慕っていると思わせるような事をして、何か得になるのだろうかと考える。
エミールも結婚自体は好意がなかったにしても関係なくするけれど、セレーネがアーデン家に良くない思惑を隠し持って嫁がれるとなると、多少厄介な事になる。
エミールが何かセレーネに違和感を感じているとなると、薦めたレティシアもリクソール家も、セレーネとモーヴァン家に対してリサーチ不足だったという事になる。
「次の茶会でセレーネ様と直接お話をしてみるわ。それにこの話はお母様にもして置くわね。全面的にモーヴァン家がアーデン家の味方でない場合には、この結婚自体が考え直した方が良いという事になってしまうもの」
そう簡単に婚約破棄など出来ないが、それでもまだ婚姻を結んだ訳ではないのだから、引き返しようはある。
エミールは「婚約自体は継続の方向で、セレーネ嬢の思惑さえ分かれば、こちらも早めに手を打てるし、モーヴァン家との協力体制も考えなおさないと成らないから、レティシアを頼ってしまって悪いね」と済まなそうに言うので、散々アンディとのことでエミールに相談して来たレティシアは、これで少しは恩が返せると、俄然やる気が出て来てしまった。




