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ローゼ家の面々は一様に渋い表情を浮かべていた。
理由は、ルドゥーテ侯爵家がリクソール侯爵家に追い落とされそうになっている事だった。
リュークが「この件はセフィール殿は引かないだろう。レティシアを怒らせた侯爵をのさばらせて置かないとは思ってはいたが、リクソールの得にもならないからどう出て来るのかと警戒していたのだが、割と手間の掛かる嫌がらせに出てきたな」と言うと、公爵夫人であるローレンシアもそれに深く同意した。
ローレンシアは、セフィールと幼馴染で性格を周りよりは把握していた。元々公爵夫人となる切っ掛けは、セフィールが隣の領のオルグレン領をローゼ派閥に取り込みたいという思惑から持ち込んだ縁談だった。
ローレンシアの実家であるオルグレン領は、王都から王家の直轄地を抜けたところにあり、その先にリクソール領がある。
隣りの領で、お互いに中立派だった事もあって、ローレンシアの父とセフィールの父は、伯爵と侯爵という身分を超えた友人同士だったのだが、セフィールの父が亡くなった途端に、リクソール家はオルグレン家とのそれまでの付き合いを切ってしまった。
オルグレン家と付き合いを切っただけではなく、前侯爵と親しくしていたというだけで、リクソール家よりも格下の伯爵家に対して特別に今迄図っていた優遇措置を止めたりしたのだが、それにローレンシアの父はセフィールに対して激怒した。
しかし、そうやって過去の柵を捨てて改革に乗り出したリクソール領は、躍進する事になり皆が繋がりを欲するようになった。
オルグレン家はセフィールの父が健在の頃から、ローレンシアをセフィールに嫁がせたいと考えていたが、距離を置かれた後にリクソール領が栄えるにつれ、それは切実なものとなっていった。
王都に近く立地も良いオルグレン領が中立派を保てていたのは、同じ中立派の大家であるリクソール家と良好な関係だった事が大きい。それが無くなった途端、早速リクソール家でさえ脅威の対象だった。
オルグレン家もセフィールとの縁組は無理だとしても、何とかリクソール家と繋がりを望んでいた時に来たのがローゼ家のリュークとの縁談だった。
リリアナと婚約したセフィールが、オルグレン領の位置が王都への道であった為に、オルグレン領がランドール公爵側になるのを懸念してとった措置だった。ローレンシアにランドール公爵家から側室の打診が来れば断れなかっただろうから、セフィールの素早い判断は正しかった。
そうしてローレンシアはリュークと結婚してローゼ公爵夫人となり、実家のオルグレン家はローゼ派の中で有力家へと押し上げられた。
現在のオルグレン伯爵はローレンシアの兄のドミニクだが、官吏として裁判部署に勤めており、セフィールやリリアナとも仕事上での付き合いがあった。
兄のドミニクは、ローゼ家の後押しもあって、裁判部署の副長の座についているが、公正で清廉な人物である為、ローゼ門下家だけでなく、中立派やランドール穏健派の者とも職場でうまくやっている。その為社交界でもオルグレン家は伯爵家とはいえ、かなり影響力のある家になっていた。
「母上の実家のオルグレン家から、ルドゥーテ侯爵家のメルヴィナ嬢かテレサ嬢に婚約の打診をいれてはどうでしょうか?」
アンディが現状の打開と、これ以上セフィールが攻撃してこない対策として考えた事を提案してみた。
「そうだな。なかなか良い考えだと思う」
リュークはそう言ったが、ローレンシアは「アーデン侯爵家に嫁ぐおつもりでしたのなら、オルグレン伯爵家ではご不満でしょう」と多少反対の意見を出した。
「母上の実家からの申し入れがあれば、その後ろにはローゼ家の意向があると皆気付きます。そうすれば、ルドゥーテ侯爵家の後ろに直接では無くともローゼ家が味方に付くのだと分かれば、ルドゥーテ侯爵家の孤立は解消されるでしょうし、リクソール侯爵もオルグレン家に対しては珍しく親族という付き合いをされておりますから、これ以上無体な事はなさらないように思うのです」
アンディの考えにリュークは感心してしまった。リューク達はセフィールの局地的な破天荒なところと、レティシア溺愛で何を始めてしまうか予想が付かない事に対して、リリアナに助けて貰う一択で考えがちになるが、仮にも公爵家であるローゼ家が、自力で解決の道も模索しないほど嫁いで行ったリリアナを当てにしすぎるのも問題だろうとリュークも思ってはいた。
「ドミニク殿に迷惑をおかけすることになるが、オルグレン家に助力して貰えるように取り図ろう。ローレンシアも侯爵家の令嬢を迎える事で、オルグレン家に気苦労が掛かると懸念する気持ちも分かるが、キャシー嬢を嫁がせるよりは此方に迎え入れる方が効果も大きく、オルグレン家にも損にはならないと思うが、どうだろうか?」
「兄上でしたら、きっとどうにか纏めておしまいになる方ですから、適任だとは思いますわ。一番の心配は、甥のコンラッドとメルヴィナ様がうまく行くかという事ですわね」
「その辺りは、アンディとレティシアではないが、家同士の繋がりの方を取るべきと思って諦めて貰う他ない。貴族家の子と生まれれば政略結婚は当然の事だ。リクソール家が相性の良い相手を見繕うようになってから、割合円満な夫婦が増えて来ているが、貴族の結婚は元々は家同士の契約だから仕方がない」
リュークがそう言った事で、この件は決定事項となった。ローゼ公爵からの打診をローゼ派閥のルドゥーテ侯爵家とオルグレン伯爵家が断る事は出来ない。
多少オルグレン家に迷惑を掛ける事になりそうだが、上手くルドゥーテ侯爵家の崩壊を食い止める事が出来るだろう。
こうしてまた一件の婚約が決まった。




