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リクソール夫妻がアーデン家に来た事で、エミールは自分の婚約話が動き始めたのだと分かった。
両親とリクソール夫妻は応接室に入り、侍女達におもてなしの支度をさせた後は、人払いをした。
エミール自身は呼ばれていない。リクソール夫妻は話を持って来ただけでなく、おそらくはアーデン家に何個かの縁談の中から選ばせるつもりだろうかとエミールは思った。
エミールとて自分の婚約相手には興味津々だが、話し合いの行方と行く先は今のところ予想の範囲を超えない。
やはり一番はルドゥーテ侯爵家の長女だろう。二人娘がいる場合、長女の方が価値が高い。親の溺愛度や、容姿が段違いに妹の方が良いなどの付加価値がなければ、断然長女が上である。
レティシアはモーヴァンを推しているようだったから、ローゼ家に嫁ぐレティシアの意見は、親と言えども子供の言う事だと片付けられない位置にいるので、モーヴァンも候補には上がるだろう。
他にはレティシアの腹心の夫人を置くべく、身内のエインズワース伯爵家も考えられる。この三家辺りが候補に上がっていて、それを両親に言ってアーデン家の反応から、候補を一人に絞るのだろう。
♢♦♢
応接でセフィールとリリアナ、レイモンドとマリアンヌがお茶を飲んでいた。
「リリアナ姉様。このスコーンが焼き立てで美味しいんですのよ。たっぶりのラズベリージャムが合いますわ」
「本当ね。紅茶のダージリンが甘みを抑えてくれるから、何個でもいけそうね!」
マリアンヌとリリアナは普段の茶会と変わらずに優雅に菓子と紅茶のバランスの批評を始めた。
「リリー。今日はリクソール侯爵もご一緒なのだから、もうちょっと体裁を保ってくれよ!」
レイモンドが文句を言うと、リリアナはにっこりと笑って「此処に体裁を保たなければ成らない人が居ないのに、態々形式ばった事をしないといけないの?」とセフィールの方を見てから、マリアンヌやレイモンドを見回した。
「リリーは、一応は侯爵夫人だし、もう少しくらい気取っても良いんじゃないの?リューク兄上のところでは全然態度が違う事知ってるんだからな!」
「あら。だったら、レイモンドがちゃんとなさいよ。私の事をリリーなんて幼い女の子を呼ぶ様な呼び方しないで、これからはリクソール侯爵夫人って言うのよ?そうしたら態度を改めるか考えてあげても良いわよ」
「はぁ~。その考えてあげても良いっていうのは、考えたけど結局改めない結論に成ったっていうんだろう?リリーの考えなんてお見通しだよ」
レイモンドが溜息を吐くが、リリアナは可愛がってきた弟分がぎゃんぎゃん言おうが痛くもかゆくもなかった。レイモンドとは実質兄弟の様に育って来ていて、リュークが頼れる兄なら、レイモンドは悪い事を一緒にして、リリアナだけ逃げ切ってレイモンドが捕まって怒られるという、非道な姉と不憫な弟といった関係だった。
その横で、セフィールは甘い物が苦手な為、優雅にお茶を飲んでいた。その穏やかな様子は、一部の人達から『銀の悪魔』などと囁かれているとは思えない程、いかにも高位の人間のもので、リリアナやレイモンドが言い合うのを微笑ましく眺めているのだから、人は見た目で判断してはいけないとそっと心の中でこの部屋にいるセフィール以外の三人は思った。
「それで、セフィール殿も珍しくご一緒なのだから、エミールの婚約相手を紹介しに来て下さったのだろう?」
レイモンドがそう言うとマリアンヌも期待の籠った眼差しをリクソール夫妻に向けた。
「あのねぇ、それはうちから話は用意はしているけど、アーデン家の希望は無い訳!?レイモンドは、この家と誼を結びたいとか、この家は駄目とかヤダとかあるでしょう?」
「リリー達が見つけてくれたご令嬢ならば、少なくともエミールには合うと判断してくれているのだろうから、俺達は構わないよ」
リリアナは今迄紹介した家が、上手く行っている事で周りにそう思い込まそうとしてはいたが、従弟のレイモンドまで信じているとは思わなかった。
リリアナがそれに反論しようと息を吸い込んだ途端、セフィールがにこやかに間髪入れずに話し出した。
「今回は、エミール殿は見目も良いし、名門侯爵家の後継とあって、こちらも相応しい方が限られてしまう為に難儀しましたが、モーヴァン家のセレーネ嬢が良いのではないかという結論に成ったのです。モーヴァン侯爵家は後継問題に揺れているので、不安定な家だとお思いに成られるかもしれませんが、だからこそ、ローゼ門下家の侯爵家同士として、盛り立てていく必要性があると考えました。失礼ながら、アーデン侯爵家もランドール家と繋がりが深い事で、ローゼ門下家で足元を掬いに来ようと企む者もおりましょう。そこを二家で補って、モーヴァンには安定した後継の継続と、アーデン家にはモーヴァンとの協力関係で、他家から後れを取らない様にすべきかと思いますが、アーデンご夫妻のお考えは如何でしょうか?勿論難色を示されれば、他に二件の縁談の用意もしてありますので、どうぞご遠慮なく仰って下さい」
「……問題は承知でセレーネ嬢が良いと判断されたのですよね?それでしたら、私は構いません。うちの様な複雑な家の縁談を数件も考えて頂いて有難うございます。あちらの家がエミールで良いと言ってくれるのなら、リクソール侯爵のおっしゃる通り良いお話だと思います。リクソール候の仲立ちでしたら、ルドゥーテ侯爵家も文句を付けては来られないでしょう」
セフィールは文句など言って来たら潰すと心の中で思ったが、リリアナ達三人の顔色が急に悪くなった。
「セフィールはローゼ家の門下家の戦いに参戦しない方が良いわ。というか…しないで!!」
「俺が争いなどに参加する筈がないだろう?」
争いなどしてはリクソールも無傷ではない。相手を潰すのは埃を叩いて出せば済むのに、リリアナは良く心得ているだろう?と目で問いかけると、リリアナは「違うの!争わないでじゃ無くて、むやみに潰さないで頂戴!!」と命一杯明瞭に叫んだ。
「本当に止めて頂戴!ルドゥーテ侯爵は、影で言わないで本人に嫌味を言ってくる分、陰湿で狡猾な人物ではないんでしょうが、侯爵としてはちょっと頭のネジが緩い人なのよ!他の人なら絶対回避のセフィールにだって嫌味の一つや二つ、恨み言の三つや四つ言って来る人なのよ!!」
「だが、親族の、しかもまだ子供のエミール殿の心に傷を付けた侯爵に、何らかの報復を考えるのはいけない事なのだろうか。俺からすれば至極真っ当に思うのだけどな」
「セフィールの何らかの報復って何!?あああああ!言わないで……リューク兄様の心労を増やさないで欲しいの。報復はアーデンとモーヴァンの縁談である程度達成されているでしょう?ルドゥーテ侯爵がもう少しマシな方だったら、そちらとの縁の方が有力だったのだから、悔しがる事は間違いなしよ!そう考えると胸がスッとしてくるわね!」
「まあ、そうだな。今のところはその辺りで留めて置くか。リューク殿は、あのような門下家でも見捨てる事はなさらないだろうからな。潰す時には前ローゼンタール辺境伯家レベルのスキャンダルを突きとめて、リューク殿に進言する事にしよう」
リリアナとレイモンドとマリアンヌは、一気に顔が引きつったが、一応ルドゥーテ侯爵家は、あまり黒い噂は聞かないので、きっと無事だろうと思う事に決めた。
「それでは、エミールに伝えてくれるかしら?セレーネ様は、歳が合えばルシアンに頂きたいくらいの才女だし、エミールとも話は合うと思うのよ。モーヴァンの後継がセレーネ様のご兄弟に成る様に、リクソールは協力を惜しまないわ。アーデン家の為ばかりでなく、レティシアの為でもあるから、普段ならば踏み込む事を許されない所も、娘可愛さにうちが暴走していると思って貰えれば、ある程度の無茶は利くと思うの」
「分かった。有難うリリー。その事もエミールに伝えて置くよ。セレーネ嬢がうちと縁を結ぶ事で、ブライアン殿のお子を推す声は増えるだろう。それにあの家に、もしも黒髪で紫の瞳の者が産まれたら、ブライアン殿の養子に据える様にした方が良いと思う。ブライアン殿も親心として実子に継がせたい気持ちは御有りには成るだろうが、ご自身が周りから譲られて侯爵位に立たれた方で、元々、野心的な方ではない。うちも親族と成れば、後継問題にも口を挟めるように成るから、婚約が調ってからブライアン殿と協議の場を設けようと思う」
リリアナはレイモンドのいう通りねと言い、しかし外からの(リクソール家の)介入の方が、有効で角が立たない時もあると思うから頼ってね?と姉ぶって胸を反らした。レイモンドはそれに笑って「リリーは昔から頼りになる。だけど迷惑も散々だったから、これでトントンだな」と言ってからまた笑った。




