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アンディ視点。
アンディはレティシアの部屋の居間にいた。
あの幻の一族とも言われている一族の直系は、本当に童話の世界に出て来る王子のような金髪で、魔女のように美しい。
「レティシアはエドワード様とお会いした事があるのだろう?」
「ええ。記憶が定かでない時期から、年に何度かは、いらしていたわ。私てっきり隣国の王子様だとばかり思っていたの。だってあの見た目だし、両親もとても丁重にお迎えしていたから、王族のお忍びと勘違いしたのよ」
「ローゼ公爵令嬢が嫁いだ侯爵家に、ランドール公爵の弟君が頻繁に来るとは、誰も考えないだろうな。隣国の王子の方がよっぽど現実的な考えだな」
ローゼ領は隣国と近く、今のところは友好国であるので、王族がお忍びで来たいと言ったとしたら、融通が利いて、他家から干渉を受けないリクソール家を頼る事は、考えられる事ではあった。レティシアが幼い頃に考えた事は、割合子供が考えたとは思えないくらい理に適っていた。
「それでエドワード様とお会い出来てどうだった?敵は御伽噺の中の登場人物みたいな方々だって認識出来た?」
「敵って言われても、エドワード様は、俺をとても親しみの籠った目で見て『リュークの子に会えて嬉しい』などと言われれば、とても純粋に敵だとは思えなかったな」
「それじゃあ、アンディの負けだわ!お母様は、貴方の願いを叶える為に無条件で動く程、公爵家のシンパでは無いのよ。そうなると、貴方を試したと考えるのが妥当だわ。エドワード様に取り込まれてしまわないか多分観察するつもりで、貴方と会わせたのだと思うわよ」
「では、俺は失格という事か?」
「そうね。エドワード様や、ランドールの直系の方とは、もう公式の場以外では、お会い出来ないでしょうね。私もルシアンも、ランドール家の事を勉強して理解出来たと思われた時に、エドワード様と一緒にお食事をしたわ。私やルシアンの反応で、私達は対ランドールの駒としては、使えるという評価がもらえたわよ」
「何年も前に、今の俺よりも判断能力が上だったという事なのか!?」
「ランドール家とエドワード様に関してはそうと言っても良いけど、うちは元々、ルシアンにはランドール家とのパイプを引き渡す気でいたから、わざと幼い頃に会わせたのよ。子供の方が、色々な事に惑わされないで本能で感じるでしょう?アンディは大人に成って会ったから、リューク伯父様の友人だとか、相手の本気の慈しみの気持ちだとかが分かってしまうじゃない?私達はそういうのはまだ理解出来ない状態だったから、ランドール家はローゼ家の敵だと一番始めに思ったけれど、では何故こうして家に招待する様な間柄なのかしらと考えたわ。お母様とエドワード様の会話には親しみの感情もあるけど、お二人共とても気を張ってらっしゃるのを感じたの。お二人は、ある種の信頼関係はあるのでしょうが、基本的に敵に弱味を握られない様に慎重に会話してらっしゃるのよね」
「それは何歳の頃の話だ?」
「私が九歳でルシアンは六歳よ。私よりも小さいルシアンの方が顕著に感じたみたいで、食事中はにこにこしていたから、やはり分からないのかと思ったら、部屋に着いたら私に急に抱き着いて来て『今日は一緒に眠って下さい』って言ったのよ。それまであの子、一回も私の事なんて頼った事なんて無かったのに…」
「それは驚くな。ルシアンにそんな可愛いエピソードがあったことにな!!」
「そうでしょう?その時はエドワード様がうちに度々いらっしゃる話を出来なかったから話せなかったけど、アンディやエミールに教えたくてウズウズしたわ。ルシアンって昔から分かり辛い子供で、同年代の子と話が合うのか心配したけれど、何でも如才無くて外面も良いから、お母様はいつも『お父様に似たのね』って死んだ魚みたいな目で仰られるのだけど、あの子大丈夫なのかしらね?」
リリアナの反応は、リュークからリクソール侯爵の性癖を聞いた後だと、とても共感しやすい。アンディもルシアンの事は心配である。
少し歳が離れているので、ルシアンは積極的に集まりや会話に交じって来ないが、幼い頃から思い起こせば、ルシアンは場の空気を読み過ぎていた。大人しい子供かと思って心配すれば、同年代の子供とは、楽しそうにその年代に合う会話をしていた。
普段の神童振りからすると、却って不自然に見えたが、上手く行っているのなら年嵩のアンディが割り込む必要も無いし、アンディは何処に行っても立場が一番上に成るので、ルシアンと親しくなりたい子供たちを委縮させないように寄らない様にしてきた結果、ルシアン自体ともあまり話さなく成っていた。
リクソール家との付き合いは、基本的にはリリアナがローゼ家と繋ぎになっていたし、婚約者のレティシアにはアンディが虚勢を張ってしまっていて、最近まで会話が成り立つ関係ではなかった。それについては、公爵家の子息として恥ずべき事だが、皆がレティシアを溺愛していた為、それが歳の近い子供として面白くなかったという子供特有の理由もあって、レティシアに嫉妬していたのが長じて、気まずい関係を形成してしまった。
「レティシア、今迄ごめんな…本当に俺が悪かった」
「いきなりどうしたの!?ルシアンが変なのは、別にアンディは悪くないわよ?」
そういえば思考が飛んだが、レティシアはルシアンを心配していたのだった。しかし簡単に大丈夫じゃないかと言える内容ではない。
兎に角、レティシアに今迄大人気ない婚約者でいた事に気付いたので謝ったと伝えた。
「アンディって本当に素直よね!うちにいないタイプだから安心するわ。私、貴方の婚約者で良かったわ。本当はリューク伯父様が理想だけど、百歩譲るわ。…ルシアンが婚約したら、相手の令嬢に同情の目を向けない自信が無いのよね。そろそろ、そういう話も出て来る頃じゃない?エミールの事に片が付いたら、その結果でまた変わるでしょうからエミールの後なのは確実だけど、そう遠い話でもないでしょう?」
「エミールの結婚の話を俺が本人に話してしまった事はもう知っているのか?」
「ええ。ランドールのエドワード様とお会いしてみたいと公爵家の嫡子様が仰ってるからっていうお話と一緒に聞かされたわ。エミールもアンディには悪いとは思っているみたい。だけど、それでも適切な距離が必要だからって言ってたわ。それから貴方にルドゥーテ侯爵家の存続まで心配させてしまって申し訳無かったわ。私もまだローゼ家の人間になる立場が分かっていないのよ。私が腹を立てたくらいで、ローゼ家の門下家が潰れたら、皆が私を未来のローゼ公爵夫人だと認めてくれないと言うのに、親族に嫌味を言われたのを嫌味で返すだなんて、馬鹿な事をしたわ。その後エミールやお母様にまで迷惑をかけてしまったし、アンディには悩みの種を作るしで、もう十四歳だというのに甘やかされたその辺の令嬢となんの変りもないわよね」
そう言って、レティシアが済まなさそうに頭を下げた。
「そんな事はない。レティシアは、俺よりもずっと優秀だし、それを面白くないと感じた事もあったが、自分の未熟さを思えば、レティシアが妻に成ってくれる事はとても心強いと感じている。それに父上に言われたのだが、今は失敗しても良いと仰られた。俺はそれは失敗する事で学ぶ事が多いからだと今回の事で思った。エミールの事をアーデン家側から見る必要性を感じたし、レティシアと和解出来た事で、こうやってお互いの意思疎通が出来る様になって、色々な相談が出来る様になった」
「そうねぇ。最初から婚約者の距離でいたら、今の様に言いたい事を言える関係に成れなかったかも知れないものね。一旦仲違いがあったから、こうしてお互いが歩み寄りの必要を強く感じたし、お互いの価値観の違いも、家が違えば考え方の根本が違うという事だって、本音で話さないと分からなかった事だものね」
アンディもそうだなと言ってレティシアと顔を見合わせて笑った。エドワードとはこの先会えないだろうが、ローゼ家の嫡子であるアンディは本来は何度も会っても良いという訳ではないので、リリアナに駄目だと判定されなくても、多分もう会えないだろうと思った。ただ、リュークの面影を見る様にアンディを見て来たエドワードが、リュークの話を嬉しそうにする様子を見たら、アンディもとても嬉しくなった。本来は敵だと思う相手にも、友情や親しみという感情が確かに生まれていた。
リュークとエドワードの様に、エミールとは立場は違っても、気持ちは寄り添えるのではないかと、アンディは希望を持つ事が出来た。今日の事をリュークに伝えられない事を本当に残念に思ったが、おそらくはリュークもエドワードと同じ気持ちでいるのだろうと、エドワードの事を懐かしく話すリュークの表情に興味を持った事を思い出してしまって、そう思ったら切なく成ってしまった。
年に数度も王都に訪れるのなら、リュークに会いに来てくれたらと、仕方が無い事だと分かってはいてもそう思わずにはいられなかった。




