13
アンディは、エミールからリュークを始めとしたローゼ家の人間には絶対に気付かれない様にと言い含められた。
アンディが来ても不自然では無い事を理由にリクソール侯爵家で会う事になった。レティシアやルシアンにも秘密の事なのかと思ったら、二人は知っているという事だった。ランドール公爵の弟君を邸に招いている事など、幼い頃からルシアンでさえ、口を滑らせたりしないと判断されたのだから、リクソール侯爵家の教育が垣間見えた瞬間だった。
リリアナはアンディに、自分はローゼ家の直系で、中立派の他家に嫁いでいるから、丁度よく都合の良い存在なのだと語った。
「ランドール家は決して味方では無いから油断しないでね」
「しかし叔母上は、親しくされておいでなのですよね?しかも父上もエドワード様を信頼されていたと聞いております」
これから会うエドワードに警戒する必要があるのかと、不思議に思って聞くとリリアナは「今は協力関係だというだけなの。情勢が少し変化すれば、約束していた事以外は敵になる怖れはあるわ。アンディは血の契約を知っている?」と聞いて来た。
「血液で書いた契約書の約束を違えると、命を以って相手に償うという契約の事ですか?」
「今はそんな契約をする人はいないから、冗談かと思うかも知れないけれど、裁判所にも提出して、契約不履行の場合に公開されて、相手を死刑に出来る恐ろしい契約なの。それをエドワード様と私は結んでいるから、エドワード様は、お互いの契約が履行されている事の確認を定期的にされるのよ。片側が履行されていないと感じる前に修正しないと、命に係わるのよ」
「どの様な契約をされたのですか?」
アンディは驚きはしたが、古の契約方法が健在な事は、家庭教師に習って知っていた。その時に家が秘密にしたい内容も公開されてしまうのではないかと教師に質問したら、担当になる者自身が、血の契約書に何があっても他言せず、刑の執行のみ執り行うとサインしていると教えられた。
そんなおどろおどろしい契約を女性の身でしたリリアナには驚かされるが、筆頭公爵家に生まれつけば、女性でも家の為に命を懸ける事は厭わないし、その契約は命を担保にする価値があったのだろう。
「契約内容は、アンディは知らない方が良いわ。わたしもセフィールにしか話して居ないけど、かなり怒られてしまったわ。だけど、お互いに命懸けの契約をしている意味は、ローゼ家とランドール家のために動こうという同志の様な関係には成ったから、こうしてお互いの家の内情と問題を相談し合う位の間柄に成れたのよ。エドワード様が私を契約相手にしたのは、リューク兄様を困らせたくないのと、契約内容が女性でないと難しい事だったからなの」
アンディが疑問に思った事を先回りで答えてくれるリリアナは、本当に頭の回転の速い女性だと思った。
「ただ、それ以外の事については裏切られる覚悟でいるから、アンディはエドワード様を信用し過ぎないで頂戴ね。基本的にエドワード様は兄君の公爵様の為になる事を基準に動かれるから、アドニス様の損に成ると思われたら、色々な面で此方の敵になる事は当然という意識でお付き合いしているわ。内緒とは言ったけど、アンディやミゲルやリクソールやアーデンの子供達にランドール家は手を出さないという契約をしているから、エドワード様に身を害されたりはしないから、アンディをエドワード様にお会いさせられるのよ。普通だったら、この様な密談の場所にローゼ家の後継が足を運ぶべきではないのよ」
リリアナの方の契約は、自分達の身に関する内容だという事が分かった。
代わりにリリアナの払う対価が気になったが、アンディは知らないでいる方が、多分スムーズに行く内容である様に感じた。ましてアンディが役に立てる事はなさそうな事柄の様だった。
♢♦♢
リクソール家の応接室の一番の賓客を迎える部屋に、眩しいほどの金髪に翡翠の瞳の美青年が居て、アンディは年齢的にエドワードなのか疑ってしまったが、リリアナからアンディをエドワードに紹介された事で本人だと分かった。
シャルロット妃やジュリアン殿下と似て居るが、年齢を感じさせない艶が有り、存在感が物凄くて、放つオーラと色気が混ざっていて、造作の美しさを凌駕しそうな人だった。
「エミールに会えた時も嬉しかったが、リュークの子に会えるとは思っても見なかった。アンディ殿だね?宜しくね」
とウインク付きで言われると、思っていたよりも乗りの軽い人だと思った。
リリアナが呆れて「アンディにまで色目を使わないで下さい」と疲れた様に言うのに「そんな事をしたらリュークに殺される」と笑った。笑う様も大輪の花が咲いた様な華やかさがあり、エミールが嫌味の元凶と称した、異常な美しさは分かって居たつもりでも、聞くと見るでは大違いだと思った。
「初めまして。こちらこそ宜しくお願い致します」と挨拶をどうにか返すと、あちらの方が眩しそうにアンディを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「ランドールの次代とも、アンディ殿が上手く付き合ってくれる事を信じているからね」
とエドワードが言うのを、リリアナがまた面白くなさそうに間に立った。
「ランドールとの縁は、うちのルシアンに引き継がせるつもりな事はご存じなのでしょう?アンディを取り込もうとなさるのは止めて下さいませ。今日は、アンディがお会いしたいと願ったので、私はローゼ公爵家の次期様の願いを叶えたに過ぎません」
「それはそうだけど、リュークは、宰相を押し付けた事を怒っているのか、数年振りに顔を合わせても不機嫌だし、フィリップの事もあまり気に入っていないみたいだから、せめてアンディ殿と仲を深めようとしただけなのに…」
「ランドールの次代殿とはお会い出来た事は有りませんが、王都に出て来られる予定はお有りなのですか?」
アンディは、きっと無いだろうなと思いながらも、一応上手く付き合ってと頼まれれば、会わない事には無理だろうと突っ込んだ。
「アンディ殿の結婚式には、出席させて貰うと思うよ。ローゼ公爵家の嫡子の結婚式には、爵位を継いで無ければ、嫡子が敬意を持って、お祝いの品を持参するからね」
リュークの時には、丁度アドニスが公爵位に就いたばかりだったので、嫡子も存在しない為、エドワードが祝いに来た事をリリアナも懐かしく思った。アンディの時にはランドールの嫡子が来ることに成るのかと、恐いもの見たさ半分、リリアナはあまり会いたくないと感じてしまう気持ちが半分湧き上がった。少なくともレティシアは近付けない様にしようと思った。
「リリアナ殿は、ランドールの血筋を嫌って居る様だけど、別に取って食いはしないから、甥っ子が行ったらリリアナ殿くらいしか頼りに出来ない敵地なのだから、優しく迎えてやって欲しいな」
「でしたら、レティシアの目に触れない内にご退出頂けるのでしたら、幾らでも私が面倒を見させて頂きますわ」
そう言って扇子を広げて口元を隠した。
リリアナがランドールの血筋のを苦手にしている筈はない。シャルロット妃とは幼馴染で、いまや社交界の王妃派を率いているし、マリアンヌは実の妹の様に親しいし、エミールの事も可愛がっている。
「叔母上は、ランドール公のお血筋が苦手といった事はあり得ません」
そうエドワードにアンディが言うのを、リリアナが気まずそうな表情を見せた。
「ランドール家が全部駄目だという訳じゃないのだけど、でも、ローゼ家の娘であれば、おそらく嫁ぐか死ぬかと問われれば、死ぬ方を選んでしまうと思うから、アンディも娘が産まれたら、間違ってもランドール家と、ランドールの血筋を受け継ぐ王家には嫁がせないであげて欲しいの。理屈ではなくて、気味が悪くなるけど、絶対無理だと魂が叫ぶのよ。エドワード様にはご理解頂いているのですけどね」
最後はエドワードに嫌味交じりに言ったが、内容は公爵の弟相手に堂々と宣言出来るものではなかったが、エドワードは気分を悪くした様子もなく「つくづく不思議な縁だよねぇ」と同意する言葉が漏れた。
アンディは、エミールの子に自身の娘を嫁がせる心づもりでいたので、無理なのだろうかと考え込んだ。
リリアナには、また言わずとも分かってしまった様で「ローゼ家の血筋が入った例は無いから、大丈夫かも…」と自信なさげに言われた。
「では、無理強いは出来ないと覚えておきましょう」とアンディがいうと、「流石、アンディはリューク兄様の息子ね!」と相変わらずブラコンを通り越した信者発言が飛び出した。
「武芸が達者だと報告を受けていたけど、流石リュークの子だねぇ」とエドワードまで、父の信者っぽい発言をするので、アンディも張り付けた笑顔が引き攣ってしまった。
二人はアンディの様子に気が付かずに、讃辞がエスカレートして行くのを、一歩引いてから、アンディはこれからの二人の密談の為に、エドワードに別れの言葉を言って下がった。最後はハグをされたので、目を白黒させると、エドワードは始めに会った時よりも、更に親しみの籠った笑みを見せた。それにリリアナが「無理だとは分かっていても、此処にリューク兄様がいらしたら良かったのにと、詮無い事を考えてしまいますわね」と普段見せない寂しげな表情を見せた。
一度書きあがったものが消えてしまってショック!途中までは残ってくれたので、書き足して何とかアップしましたが、直したと思っていたところが、其のままだったりとショックでした。突貫で直しましたがまだ心配。(;'∀')




