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「レティシアがお前の結婚相手を探しているようだ」


♢♦♢

アンディは、皆がエミールに内緒で動いている事を知っていながら、あえてエミール本人に事実を告げた。

場所はローゼ家のアンディの部屋である。


最近レティシアとよく話し合うことで、静観していようかと考えていたエミールの結婚話が、波乱を起こしそうな様相を呈して来た。


まずは、レティシアがエミールを嫌うルドゥーテ侯爵家を嫌い過ぎていて、一番候補の筆頭に来そうなルドゥーテ侯爵家の令嬢との婚約話にいい顔をしない。


これで舅になる侯爵が、更にエミールにランドールの血筋の事で嫌味を言えば、娘溺愛のリクソール候にルドゥーテ侯爵家は潰されかねない。


叩けば多少は埃が出るだろうから、監査室の室長であるリクソール侯爵に目を付けられたが最後、家の存続が危うくなる。


何も後ろ暗いところの無い家でも皆おびえる位なのに、レティシアを怒らせたというだけでリクソール侯爵の中では万死に値しそうである。


だが、流石に理性的なうちは、自家に得に成る訳でもなく、国益にもならなければリクソール候は動かないだろうが、レティシアがどうしたいかによっては、力を貸す恐れは否定しきれない。しかもルドゥーテ侯爵家がキッパリと真っ白かという点においては、アンディが知る限り多少は脛に疵が無い訳でもない。


だからと言って罰する程の悪事でもないだろう、という範囲内であり、貴族家の中では、どちらかと言えば綺麗な方である。要はどこの家も多少は何かはあるので、監査室に目を付けられたくはない。


エミールを攻撃するのは、ルドゥーテがアーデンよりもローゼ門下の中で上に立ちたいという思いもあるだろうが、生粋のローゼ派のルドゥーテ侯爵家は、前ランドール公の孫に当たるエミールを、ローゼ派閥内で筆頭侯爵と仰ぐのが心底嫌なのだろうとアンディは思っている。


それだけローゼ派とランドール派の争いは根深く、小競り合いを常に繰り返して来た。


ルドゥーテ侯爵家とて、ランドール派に煮え湯を飲まされた事は何度もあるだろう。


皮肉な事にローゼ家自体には被害がほとんどなく、アンディの父のローゼ公爵リュークと、ランドール公爵の異母弟のフィリップは、宰相と副宰相として働いている。


仲が良いかと言われれば距離があるが、国を守る為に国王陛下を挟んで一応協力している訳なので、派閥の争いに比べたら、かなり関係は良好だといえるだろう。


だからアンディもランドール公爵家に含むところは何もない。エミールの血筋にもエミールの母のマリアンヌについても悪感情など微塵もない。


ただ、下の方ほど細かい事で争いが有る為、それを見聞きする立場からすれば、アンディもルドゥーテ侯爵家を責める気持ちはあまり湧いて来ない。


現アーデン候が、ランドールの姫と結婚したかったにしても、誰も止めなかったのかとすら思ってしまう位だった。


しかしアンディがそれを言ってしまえば、追随する家が出て来てアーデン家の立場は悪くなるし、ローゼ家とアーデン家にも溝が出来てしまう。今のところ広いローゼ領を統治するに当たっては、ローゼ家の血筋が濃いアーデン家の当主でも無ければ、領民を纏めて行くのに適していない。


そうというのも、ローゼ領の人間は、王都から離れた場所にある為か、非常に保守的で余所者(よそもの)のいう事は聞かない性質(たち)だった。


そしてローゼ領の人間が、ランドール領に敵意があるかと言うと、それは不思議とあまりない。

これだけ王都ではローゼ派だランドール派だと争っているのに、おかしな話ではあるが、東の端にローゼ領があり、西の端にランドール領がある為、余り関りがないのが実情だった。どちらかと言えば国境を接している隣国の方が貿易で付き合いが深い位だった。


ローゼ領の領民が、領主家に対して重きを置くのは、ローゼ家の正当な血筋であった。だからこそ前ローゼ公の唯一の子であったリリアナは、本来は外に出る筈ではなかった。


アンディにも、前公爵でリリアナの父のサイラスが、リリアナをリュークと結婚させるつもりでいただろうとは容易に想像がついた。


だが、不測の事態で、リクソール家にリリアナを嫁がせざる得ない状態になってしまったというのは、今上陛下がリリアナに求婚した時に、リュークは王の側近だったのだから、リリアナは側室に召し上げられない家格の家に嫁ぐか、王家に嫁ぐかの二択しかなかったのだろう。


しかし、リリアナがリクソール候に嫁いでくれた功績は大きい。リクソール家は経済、軍事、政治力の三つが揃った侯爵家な上、ローゼ派閥ではなく中立派の有力家だった。


いまも中立派を保ってはいるが、ローゼ家の一人娘と結婚した時点で、ランドール派からはローゼの門下に下っていないだけで、純粋には中立とは認識はされないだろうが、ローゼ派閥に属している訳ではないので中立派からは頼りにされる家であり、ローゼ派閥の家からはローゼ家が同盟を結んだ家として友好的な存在と位置付けられていた。


これだけ都合の良い立場でいられるのは、リクソール家の実力がローゼ家と同等か超える位の影響力を有しているからだった。敵に回せば恐ろしい家になるので、リリアナが誼を結んでくれた事でローゼ家は随分と助かった。


アンディはこの点において、自らリクソール家に嫁ぐ事を決めたリリアナを尊敬していた。そしてローゼ領の気質から、リリアナの娘であるレティシアを寄越す約束をしたリクソール候は、それだけで格上のローゼ家の(ほう)を、頭が上がらない状態にさせてしまったのだから、かなりの策士である。


ただ、アンディの父親のリュークは、どうやってあの皆から恐れられるリクソール候爵を手懐けたのか、リュークに対してかなり好意的な為、ローゼ家を何かと立ててくれている。


誰も彼も、ローゼ公爵家は筆頭公爵家だと認識して居るが、リクソール侯爵がもう少しローゼ家に尊大に出て来てもいいくらいの関係であるので、アンディも父の偉大さを感じていた。


そういう背景から、エミールに内緒で話を進めるには限度があり、アーデン侯爵夫妻には悪いが、エミールにはローゼ家の為に政略結婚して貰わなくてはならない。


しかもリクソール候が出て来ない様に、エミールにレティシアを説得か納得かさせて貰わないとならないと、門下家であるルドゥーテ侯爵家を守らなくてはならない立場のアンディは思った。


♢♦♢

「リクソール侯爵夫妻が探してくれてるんじゃなくて、レティシアが?何故…」


「今のところルドゥーテ侯爵家の令嬢達が候補筆頭なのが気に入らないらしい」


エミールは「ああ…」と納得した顔になったが「年下の女の子にお嫁さん探しをされるのって微妙だよねぇ」と最もな事を言って、言葉通り微妙な表情になった。


「僕は両親が決めた人を娶るつもりだし、それがルドゥーテ侯爵家のどちらの令嬢でも構わないけどね」


綺麗な顔をして割合冷めた事をいうエミールは、アーデン家の子息として正しい姿だとは思う。アンディがレティシアの後ろにはリクソール侯爵がいるからと、門下家の危機を伝えるが、エミールは「それはアーデン家が責任を持つ話では無いでしょう?」と連れない事を言い出した。


エミールの普段の物腰の柔らかさから、ローゼ家のアンディの味方だと思って来たが、門下家内の話においては、アーデン家の利益を追求する立場を取ると明言された。


アンディもエミールを特別に扱わないと言っていたのだから、逆もそうなのはむしろ当然の事だった。アンディは、皆がエミールに言わないで話を進めていた訳を見誤ってしまった事に気が付いた。


エミールは思ったよりも親族寄りでは無く、割合中立でドライな考えの持ち主だった。


今迄、同じ歳の従兄弟として親しくして来たと思っていたアンディは、暫し呆然としてしまった。


「しかし、ローゼ家の要請を断る様な事はしないだろう?」


「リューク伯父上から命令されて、父上から言われたら、勿論断らないし、断れないよ」


「俺やレティシアの言う事は聞けないと言っているのか?」


ちょっと憮然として、あまりにも連れない従兄弟を非難する様に見据えた。


「アンディは、主家の子息だと分かっているけど、婚姻の話は家同士の繋がりだから、両親のいう事が優先だし、レティシアの言う事は僕の為を想ってくれていたとしても、リクソール侯爵からの話でなければアーデン家が受ける価値が全然変わって来てしまうよ」


リクソール侯爵の仲立ちだという箔が必要だと思うとエミールは言った。


「悪かった…。俺の方が間違っていた。レティシアでは無いが、兄弟の様な気安さで俺を助けてくれると甘えていた」


「ごめんね。この点に置いては譲れないかな。この先は従兄弟では無くて臣下家としては勿論支えると誓うけど、うちを追い落とそうとしている門下家を助ける為には動けない。やはり道理が違うと思う」


今迄もレティシアとの関係改善の為に力を貸してくれたりと、エミールはアンディを助けてくれていた。アンディは自分の足りない所を柔らかな物腰でフォローしてくれる従兄弟を、身内だからしてくれていると思っていたが、思いの外エミールは、アンディは主家の人間という意識でいたらしい。


大分寂しい気分にはなってしまうが、取り敢えず失敗の回収をしなければならず、父であるリュークに自分の失態を話す結果になった。



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