過去と勘違いとそれでも忘れられない「恋心」
短いですが。
じわじわとランキング3位まであがりました。読んでいただきありがとうございます。
『そもそも私のことフッたの自分なのにーー』
しまった。ついうっかりなんてもんじゃない。慌てて口を閉じてももう遅い。ヤギさんの顔が見れない。どんな表情してるかなんて知りたくない。
これはもう逃げるしかない。じり、と後退した私は退路を確認するも遅かった。いつの間にやら私の後ろは壁だった。必然的に左右にしか動けない。
バン! と腕が目の前を塞いだ。振り返るひまさえなく後ろにも腕。細いくせに筋肉質だと? そんなものどこぞの喜ぶ腐女子にでも見せるがいいわ。
今時壁どんなんて流行から遠ざかったというのに、私のこの状態はなんなの。
腕を潜り抜けようとしたけど、今度は膝の間に足がきた、ちょっと、さすがにこれはまずいんじゃない? お姉様お嬢様方がきゃー、とか黄色い声をあげてるよ。てかここ会社!
「そら?」
呼ばれただけで肩が跳ねた。近い近い近すぎる! 耳元でしゃべらないでください!
「さっきの、どういう意味?」
逃げ場なくして追い詰めるのはどうなの。こんなギャラリーがたくさんいる中でこんなことしたら、明日とんでもないことになってるのはわかってるはずなのに。
まさかとは思うけど、それも狙ってるとか言わないよね。
「し、知らない」
「そら?」
「知らない! いい加減にして、ここどこだと思ってるの!?」
「会社」
確信犯が!!
「そらを離せよ!」
今の今までほぼ空気だったチャラ男が、ヤギさんの腕をつかんだ。まだいたのか、と思った私は悪くない。
「そら、こっちおいで。こんな暴力男に触られたくないだろう?」
「っ、やだ触んないで! キモい!!」
似非紳士をふりまいたチャラ男の伸ばした腕から逃れようとした私は、ヤギさんにがっつり抱え込まれた。チャラ男には指一本触れさせないとか、こういうとこはさすがである。
「キモ……!?」
あ、チャラ男が固まった。今? とどめを刺すなら今?
「なにを勘違いしてるのかは知らないけど、私は誤解なんてしてない。ただもう会いたくないだけ。2度と。後触られたくないのはヤギさんじゃない、あなたに触られたくないの」
「……は?」
「チャラ男で浮気男ないいとこひとつもない人に、なんで触られたいとか思うの?」
「っ! そいつはどうなんだよ!?」
「ヤギさんは違うよ。つき合うのは一度に1人だけだし、モテるけどそれを自慢したりしないし、仕事には誠実だし色仕掛けとかしないし。まぁ、とっかえひっかえしてるように見えるけど、多分誰ともつき合ってない」
チャラ男より長く一緒にいた。ずっと見てた。わかることはお互いに多い。いいことも悪いことも。
「一度も触れたことないあなたより、ヤギさんは信用できるよ」
腹黒だけど。策士系疑惑も浮上してきたけど。実は鬼畜なんじゃないかとも思うけども! それでも。
「あなたなんかと比べられないよ、ヤギさんは」
ヤギさんに抱え込まれたままの、なんとも様にならない私の言葉に、チャラ男はうなだれて帰って行った。2度と来ないことを祈る。てか、来んな。
後から、あれって公開処刑とか黒歴史なんじゃね? とか思ったけど一瞬でどこかに飛んだ。それどころじゃなかったもので。
「さて、説明してもらおうか? そら」
今日も今日とて新しい部屋を探すこともできずに帰ってきてしまった。リビングのソファーの上、高級品らしくふかふかなクッションを背に私はヤギさんを見上げている。なぜだ。
「……なにを?」
説明というのなら、ヤギさんの方だろう。チャラ男に関してなにもしてないとかは聞かないし信じない。
絶対あの後なんかしたはずだ。ヤギさんが報復しないなんてありえない。
「知らないふりはもうやめよう。俺がフッたってなに?」
「……言葉の通りでしょ」
そもそも、ソファーに押し倒して聞くことじゃないと思う。逃げられないように、とか言ってたけど仕事してる大人はそれを放って逃げたりはしない。話はしたくはないかもしれないけど。
「俺がそんなことするわけない」
「そんなこと言われても」
「いつの話?」
これは逃げられる気がしない。追い詰める気満々だ。全部話すまで納得しないんだろう。めんどい。
ため息をついても許されるだろう、もちろんわざとだけど。
私とヤギさんは高校で出会った。私が1年向こうが3年、接点は無いはずなのになぜか委員会とか部活とか同じになって。話しかけられて一言返すだけの私に、よく話しかけ続けたなと思う。
名前の呼び捨てだけは無理だったけど、敬語をやめて普通に話すようになって。
もちろん。モテモテだったこの男のせいで、呼び出しや嫌がらせはそこそこあった。ヤギさんにバレたとたんキレイさっぱりなくなったのは、絶対なにかしたんだと確信してる。
そんな感じで構われてれば、いつの間にか恋心とやらが芽生えていた。今思ってもなぜだと当時の自分を小一時間問い詰めたい。オーマイガ。
素直ではない私に、ヤギさんはあれやこれやとしていたらしい。一年の冬休み、合宿と称して連れ込まれたヤギさん家の別荘には、私達しかいなかった。風邪だの腹痛だの頭痛だの持病の癪だのがよくまぁ重なったものだ。
それで、麦茶と間違って(ブランデーの色は危険だ。二人きりでテンパっていたせいもある)お酒を飲んだ私のテンションはおかしくなった。
売り言葉に買い言葉。ヤギさんの言い値でお買い上げしてしまった私は、その夜ヤギさんにペロリと食べられた。初めてなのに容赦なかったとか誰にも言えない。
起きたらちゃんと好きだと言おう。そこから新しく始められたら。幸せな気持ちでうとうとしていた私の耳に聞こえたのは絶望。
そんなつもりじゃ。どうしよう。なかったことに。なんて言葉が聞こえて。
頭を抱えてぶつぶつと呟いてるヤギさんに、あぁそうか、と納得した。
きっとこれは望んだことではないんだと。
だから、なかったことにした。
そう、他ならぬあなたが望んだから。
チャラ男の名前はありません。
当て馬ですので(笑)