「好き」は消えていくもの
なんつこった……!!
一話と二話を間違えるなんて!! おバカ!!
てわけで、一話目です(涙)
「……こない」
もう何度目だろうか。
デートの待ち合わせ。正確にはデートの埋め合わせのデート、の待ち合わせだ。覚えてる限りで5回はあった。すでに最初の約束がなんだったのかも思い出せない。
約束の時間から1時間がすぎて、私は歩き出した。ここのところは、連絡を待つこともすることもしないで帰ることにしてる。前は何時間も無駄に待ったけど。
どうしようか、来週分の食材を買っておこうか。そう思ってふと、顔を上げた。
…………上げなきゃよかった。
道路の反対側。私と逆方向の信号待ちの人の中。私の勘違いじゃなければ、私と待ち合わせをしていたはずの男がいた。急ぐ訳でもなく、むしろなぜかにこやかに、隣の女性に話しかけてる。女性に。大事なことなので2回言った。
カジュアルなシャツとジーンズは、間違いなく仕事ではないはずで。
なのに、なぜ隣にいるのは私ではないのか。
彼の隣には、ふわふわに髪を巻いたかわいらしい、ピンクのワンピースを着こなした女性。
信号待ちの間、顔を近づけて仲良くおしゃべりをしてるのを、私はただ見ていた。
ああ、そうか。
妙に納得した。そしてスマホを取り出した。通話の相手は道の向こうの彼。発信して耳にあてる。胸を押さえて慌ててスマホを取り出す男。ディスプレイを見て、あ。という顔をした。忘れてたのかよ。
『もしもし、あのさ』
「別れよう」
『は?』
「ああ、つき合ってなかったか。じゃぁ、知り合いをやめよう」
『ちょ、なに言って』
「仕事なの? 今日も。約束忘れるような?」
嫌味な言い方をした。眉をしかめたのが見えた。隣の彼女がかわいらしく袖をつん、と引く。手を上げてごめん、みたいな仕草をした彼は、苛立ったように髪をかきあげた。
『約束忘れたのは悪かったよ、急に呼び出されてさ』
仕事だから。仕事で。仕事が。残業が。休出が。そう奴の言い訳を聞くたびに、心が凍ってく気がした。今もそう。もうそういうのはいらない。
「……そのかわいらしい彼女に?」
『っ!?』
「仕事仕事言ってた今までの、一体どれだけが本当に仕事だったの」
『っ待てよ、見て、』
「別れよう。もう、疲れた」
待つのも騙されるのも、もういい。勝手にどこででも好きにしたらいい。ただしーー。
「さよなら」
私はゴメンだ。
「あ、そら。今ちょうど……どうした?」
あれからすぐにスマホを替えた。奴に関連するアドレスは全部消した。そして家に戻ってきたとこで、会社の上司であり高校大学の先輩でもある染谷儀一に会った。
株式会社【SOMEYA】の社長の次男で子会社のうちの会社で修行中のこの男、爽やかイケメンを装う腹黒さんである。
私、桐谷そらはそんなこの男に毎回振り回されているのだ。しかし、そんなにひどい顔をしてるのだろうか。さっきスマホショップの店員さんにも心配されたんだけど。
「そんなにひどい顔?」
「ひどい、というか。なにがあったの?」
外でする話でもないので部屋に入った。当たり前のようについてくる儀一は、手土産に持ってきてた中からワインを取り出すと、キッチンからグラスをふたつ持ってきた。勝手知ったるなんとやら。
「飲まないとやってらんない、って顔」
ご名答。さすが長い付き合いだなぁ。かつん、とグラスを合わせる。うちのグラスは安いのでいい音はしない。
「うん。別れた」
「……あれと?」
「あれと。デートすっぽかされて、浮気デートを目撃したからその場で電話した」
「それはまた、豪快だね」
「殴らなかったから豪快ではないよ。もう会って話すのもめんどくさい」
「……なるほど。そらのことだからスマホアドレス変わってるんだろう? 新しいの教えて」
ご明察。出してくる手にスマホをのせる。勝手にいじるのを見ながらグラスの中身を空にした。ほんと、飲まなきゃやってらんないわ。ばかみたいだ。
「ヤギさん、【SOMEYA】に不動産あったっけ?」
そめやぎいち、でヤギというのは、私がつけたアダ名だ。呼び捨てにしろと言われたけど、恋人でもない年上を呼び捨てにもできずに苦肉の策だった。
「引っ越すの?」
「んー、来ないとは思うけど、キレイさっぱり切りたい」
回数はかなり少ないが、奴が来たことのあるここに住み続ける気にはならない。ある程度は買い直しも必須か。出費が……ちっ。
「そうだなぁ、任せてくれるなら」
「なる早でなる安でよろしく」
「はいはい」
高そうなワインは、ほとんどが私のグラスに注がれている。酔って愚痴って忘れてしまえと? 生憎忘れるほどの思い出もないわ。
一年ほどの付き合いで、一緒にいたのは実質どのくらいだろうか。もしかしたら、ヤギさんとの方が長いかもしれない。わあ、嬉しくない。ヤギさんは私と普通に飲みに行くくせに、彼女を切らしたこともない。けど長続きもしない。わあ、女の敵。なのに修羅場になったことはない。摩訶不思議。
「忘れてほしいのもあるけど、ね。さっきの顔、そらわかってないだろう?」
「なにを?」
ヤギさんは優しく笑いながらも、辛そうな切なそうな顔で私の頬を撫でた。
「帰ってきた時、そら、泣きそうなのに必死に我慢しすぎて怒ってる顔になってたよ」
「……そんな、こと……は」
緩く巻いた髪を手櫛ですかれた。それだけでストレートに戻る私の髪は真っ直ぐだ。でも、奴がゆるふわが好きだったから、デートの日は時間をかけて巻いた。
……ああ、そうだよ。あの瞬間、私の中を渦巻いたのはたくさんあったよ。
怒り怒り呆れ、諦めとそして悲しさ。
私の「好き」は奴に届いていなかった。
「そら? 泣いたらいいんだよ。気持ちにケリつけろとかそういうんじゃなくて、とりあえずすっきりするからさ」
泣く? 泣いてどうするって……。
髪は全部元通りにさらさらストレートに戻った。
……無理だったのかな。この髪みたいに頑張って頑張って巻いてもすぐ戻るみたいに、私達の関係もダメになるものだったのかな。
今さら元サヤにとかは思わない。それは絶対に思わない。ありえない。あの時、私の「好き」は死んだのだ。
「……そんな泣き方は痛いなぁ」
歪んだ視界は苦笑するヤギさんをとらえたけど、すぐ見えなくなった。ヤギさんが胸をかしてくれたらしい。ぎゅう、と抱え込まれて背中をぽんぽんされた。
悔しいけどありがたい。泣き顔なんて誰にも見せたくはない。
「……っぅーー」
今だけ。今だけだから。すぐ泣き止んで笑うから。その優しさを今だけかして。
だから、私は気づかなかった。
泣きつかれて眠ってしまった私を、ベッドまで運んでくれたヤギさんが、優しく私の髪を撫でながら呟いていた言葉を。
「俺のそらを泣かすなんて、ちょっとゆるせないなぁ」
聞いていたら間違いなく逃げていた。腹黒の上にどエスな鬼畜になんて捕獲されたくなんてないもの。
……まぁ、無駄な努力になったろうけど。
あれから1ヶ月。
無事引っ越しを済ませ、……ヤギさんに頼んだのが間違いだったわ。奴はその日のうちに私の部屋に業者を呼びつけた。いるものいらないものをトキメキで仕分け、いるものを新しく買い直され、部屋にあった全てのものを処分され、ほぼ身体ひとつでお引っ越しとか、なにそれどこのセレブなの。
結果、お気に入りを新品から使い直すはめになった私のこのやるせなさ。買い直しの費用? 払えるかそんな額! だというのにさらりと支払いやがって!! これだから社長子息は!
そしてさらに解せないのは、なぜに引っ越し先がヤギさんの部屋なのかということだよ! シェア? そんなかわいいものか! あれは堕落だ! いたせりつくせりなにもしなくてもいいんだよ的な甘やかしは毒以外のなにものでもないわ!
なんなんだあの男は。
「そら、帰るの?」
「うん。今日こそ不動産屋見に行く」
「またそんな無駄なことを」
「笑うな。私は諦めない」
「染谷課長がそんな暇与えるわけないじゃない」
なにその外堀完璧に埋まってますな発言は。
同僚に呆れた視線をもらいながらフロアを出た。定時をすぎたばかりの時間はエレベーターが混む。階段でもいいんだけど、さすがに7階分を降りるのも辛い。大人しく待ってエレベーターに乗り込む。
「桐谷さん」
エントランスから外に出ようとした所で、受付嬢に声をかけられた。振り向いて、固まった。
なぜいる。
「そら」
爽やかを装い(決して本心から爽やかではない)笑顔で片手を上げた男。
一ヶ月前に別れたはずの元カレがそこにいた。
てか、なんでここにいるのさ?
自分のボケボケさ加減にマジorz……。