その5
ワイマールへ攻め込む前に。
オセロという遊戯がある。駒は丸く平べったいもので、表裏が白黒に別れたものである。
これを並べて敵の駒を挟んでゆくと、白が黒にかわり黒が白にかわる遊戯だ。
この遊戯の恐ろしさは、たった一枚の駒で盤面が白一色、あるいは黒一色に変わってしまうという逆転劇にある。
この日のワイマール本国がそうであった。
いまだコズミクに駐屯するノボルたちの耳に、ボルザック派領地のイズモ商会組織がたぬき商会傘下に加盟するという情報が、次々と入ってきた。
その理由はわからない。だから情報の正誤を確認できないでいた。
「どういうことかな、ヤハラどの?」
「いえ、これはまったくの予想外です」
あれこれ情報が飛び交う中、ヤハラもきりきり舞いだ。
ただし、ノボルは大将。こんな時こそヤハラを助けなければならない。
「ヤハラどの、その情報は我々の密偵が送ってきたものですかな?」
「はい。カイどのの確認が入っています」
「ならばその情報、間違いは無い。例え我々の予想外な事態であっても、そのような動きが実際にある、ということだ」
商会同士の激突。どちらかが滅ぶまで闘う。例えいち国家が巻き添えになろうとも。どれだけの民が苦しもうとも。
そんな事態を予測して対応を考えていた、矢先の話であった。
「たぬきとイズモの激突は回避された。しかも大組織イズモが、たぬきの軍門に下ったのだ。これはヤハラどの、良しか悪しか?」
「この一事をとるならば、良し! ……しかし、殿」
「今は考えるな! 好機到来という波を感じよ! 我らはこの波に、乗るや否や! というか乗る! 黙って俺について来い、ヤハラ!」
「はい!」
もちろんノボルにとっても予想外。動揺したいところではあるが、今そんな場合ではない。とにかくやるべきことは、ブラフの町に使いを走らせ、イズモ・キョウカの話を聞くことだ。
「しかしまあ、これでボルザック派だった領地も、こちらに寝返る可能性が出てきた、となるかな?」
「そうですね。ボルザック派が欲しかったのは、あくまで金。それが不正を働かず真っ当に利益を上げられるなら、危ない橋を渡らずに住みますから」
もっとも、領主に対してたぬき商会から、多少の付け届けはあるかもしれない。しかしそれは挨拶程度のもの。今までのような大きな不正というものではない。
話は少々変わって。
新領地の反抗的態度は、本土のシンパ領主に素早く知らされていた。伝令を走らせているのだ。その結果、各領地でもボルザックに対して不満の声を一斉に上げ始めたという。
「ボルザックとしては、たまったもんじゃないな」
「私なら逃げ出しますね」
ヤハラの言葉に、ノボルは「ほぅ」、と声をもらした。
「逃げる可能性があるかな、ボルザックは?」
「逃げ出したいでしょうが、周りがそれを許さないでしょう。少なくとも密偵には、ボルザックの逐電に対して警戒をさせてあります」
城のすべてがボルザック派という訳ではない。国王に忠誠を誓った者もいる。そういった連中が、ボルザックの逃亡を許さないという。
ここまで来た以上、国王の首も保証は無い。しかしだからと言ってボルザックを逃がして良し、とはならない。場合によって国王の家臣たちは、ボルザックの首と引き換えに、保身の交渉に来るだろう。
「そうなっても、王の首は落とすがな」
ノボルの決意は変わらない。
維新と書いて、「これをあらたにする」と読む。もうワイマールは、改めなければならない時期に来ているのだ。
この国が本土のみを領地にしていれば、現行の体制でも良かった。だがドルボンドを乗っ取ったことにより、領地が広がってしまった。その結果、野心を抱いた者が現れた。そのくらいなら、まだある話だ。
問題はその野心家を、国が抑え切れなかったところにある。現行の体制では、領地の広がった王国を統べることができないのだ。
あらたにせねばならない。そうでなくては、国が持たない。
ならば、なぜ俺なのか? 統べる者がヒノモト・ノボルでなくてはならないのか?
簡単な話だ。ノボルの背後にはたぬき商会がいる。国王やボルザックの背後にもイズモ商会がいるだろうが、イズモ・タロウがいる訳ではない。
しかしたぬき商会はイズモ・キョウカそのものである。トカゲの尻尾などではない、本体なのだ。
規模はイズモに及ばずとも、現にたぬきはイズモを飲み込みはじめていた。……理由はわからないが。
「さて、殿。王都へ討ち入るのも結構ですが、王の首を落としたあとの話になります」
ヤハラは冷静さを取り戻していた。
「このような告知を、各領地に配布しております」
君主の変更と新体制の掲げる公約を記した、いわば「王国からのおしらせ」というものだ。
というか、仕事が早すぎる。
もうそんな場面かよ。
ちょっとだけ、現実が信じられない気分であった。




