その4
午後。あと数刻で日が沈む。ノボルたちは太陽に背中を照らされていた。
「殿、来たようです」
ヤハラが言う。
本土からの使者が、一〇〇人もの兵を連れて堂々の行進をしていたのだが……。
「止まったな」
「そりゃあ、こんな物々しい布陣を見たら、足を止めるでしょう」
どうということはない、という顔でヤハラは軍配を振る。鶴翼に待ち構えていた兵が動く。使者たちを囲むようにして退路を断った。
うろたえているのが、よく見える。剣を抜き槍を構えたようだが、いずれも腰が引けていた。
「さ、殿」
「うむ……雑兵隊、前進!」
七〇〇の兵とともに、使者の一団へとむかう。戦場を経験したノボルだが、七〇〇人の足音には、胸熱くなる響きがあった。
ほどよい場所で兵を止める。使者の声が届く距離だ。
「何事だ、この兵はっ! 無礼であるぞ! さっさと兵を退けっ!」
「無礼とは何事かっ! 名乗りもせぬ者の言葉など、取るに足らん!」
ノボルは頭ごなしに怒鳴りつけた。
「余はワイマール国王陛下の使者なるぞ! 頭が高い! 控えよ!」
「国王の使者が何用かっ!」
本来ならば陛下とつけねばならぬところを、使者に向かって呼び捨てにした。
ノボルは続ける。
「よもや窮状の民から、米麦をむしりとるつもりではあるまいな!」
「年貢は義務である! 道をあけ……」
「民はみな窮している! 明日食らうものもない状況だ! そこへ餓死者を出しても年貢を出せとは……どういうつもりかっ!」
新領地軍の陣営から声が挙がった。剣をかざし槍を挙げ、足踏みして呼応する。まさに天を揺るがす地の叫びだ。
「本来ならば本国より救いの手があるべきところを……聞けっ! これが民の怒りの声だ!」
さらに足踏みの音と怒号は強くなる。使者たちが立っていられぬほど、と言うと大袈裟だが、その声に圧倒されて腰を抜かしていた。
「改めて問う! 使者は何用かっ!」
刀を抜いた。雑兵隊も戦闘体制をとる。返答次第では、生かして帰さない。それだけの覚悟で、ノボルは抜いた。
「わ、わかった! 話し合おう……。だから、殺さないでくれっ!」
ヤハラは軍配を振る。途端に新領地軍は静まりかえった。統制のとれた軍というものを見せつけるには、十二分の効果があった。
「それではこれより、使者を城に迎える」
雑兵隊が使者たちを取り囲み、退路を断った兵たちがあとに続く。陣地は縮小していった。
使者を包んだまま、雑兵隊は入城する。が、門をくぐっただけ。使者を屋内には入れない。
城の高見にガマ司令官があらわれた。使者を見下ろしている。
「……本土はどれだけの米麦を援助してくれるのか?」
「……………………」
使者は言い淀んだ。
その瞬間、護衛の兵士の首がひとつ、地に落ちる。気のはやいロウ入道が落としたのだ。血脂をぬぐいながら、鞘に刀を納めている。
使者は具体的な数を示した。
「……足りませんな」
ヤハラが呟き、ノボルは目配せした。
首がまたひとつ、落ちた。テライモの一刀だった。
使者はさらに数を示した。満足いく数量だったらしい。約定書を出して、署名させている。
「では、話し合いは済みましたな。お帰りいただこう」
今度は押し返すように、郊外へ行進する。
使者たちを放つ際、ノボルはより具体的な日時を示し、たぬき商会が物資を受け取りに行くと伝えた。
「仮にも国王陛下の使者が交わした約定。これを違えた時は……わかっておりますな?」
そこもとの首ひとつで済む話ではありません。そうつけ加えた。
使者を送り返した頃には、秋の日は落ちようとしていた。
「果たして無事、本国までたどり着けますかなぁ?」
「どうでしょう? なにしろ凶作のルグル侯の領地を、通らなければなりませんし……」
帰り道はすべて、新領地軍のシンパばかりなのだ。もしかしたら土産や賄賂などではなく、約定書で袖の下を重たくして帰ることになるかもしれない。
「ボルザックは、どう出ますかな?」
「約定の踏み倒しですね」
そのようなことになれば。
ノボルたちの準備は出来ている。
ドクセンブルグへ、兵を向けるだけだ。




