ボルザックに御座候
午前5時の投稿は間違いでした。こちらが正しい更新です。申し訳ありませんでした。
さらにはボルザックの状況を、少しさかのぼりながら。
元々新領地を植民地化、奴隷化したかったボルザック。当然ビラモア砦の捕虜も返還する気は無い。しかしそこを昨年秋の凶作(ノボルたちの脱税)にみまわれた。
シンパを取り込むために散々金を使い、城の金庫を軽くしたところに凶作だ。さすがのボルザックも青くなった。
当然その負担は新領地へと考える。まずは新領地への増税。さらには口減らしという口実で兵士を三割解雇する、と打ち出した。しかしこれは愚作である。兵士イコール薄給の公務員と考えればわかる。
下級公務員の生活を切れば、「庶民的なお店」というのが被害を被るのだ。激安店、ささやかな幸せをたのしむ酒場に、しわ寄せが襲いかかる。
しかし資産家しか相手にしないボルザックにとって、そのようなことは関係ない。庶民の不満というものに、鈍感すぎた。
その結果、二月の反乱が起きる。ボルザックにとって、これもまた大きな痛手だった。今まで時間と労力と多額の金銭を投資して育て上げた「金のなる木」が、すべて倒されてしまったのだ。
首魁、第二第三第四王子。ならびに実行犯である各部隊の隊長たちを逮捕。王室に刃をむけた賊軍として、裁判らしい裁判もせず処刑した。
幸いにして新領地は、反乱軍として参加しなかった者たちは恭順の意思あり、と判断できるようだった。これは先日記載した通り。決起というものは乗り遅れてはならないものなのだ。それはツワモノとしての恥である。だから恭順の意思ありと判断した。間違いはない。
そしてボルザックには、新領地にかまっている暇がなかったのも事実。早急に体制を建て直し、堅牢な王国というものをアピールしなければならない。そのために自慢の密偵たちも手元に戻し、王国再建の労働力としなければならなかった。信用信頼できる、確実な駒が欲しかったのだ。
ここでカイが現れる。ドン親分のところに下駄をあずけた、ノボルたちの密偵である。ヒノモト密偵団に、「最近店を畳んだ者、姿を消した者」を調べさせる。
つまりそれら姿を消した者たちが、ボルザックの密偵というのだ。たったこれだけのことで、ボルザック密偵団の九割の面が割れたのだ。もちろんそれはヒノモト州忍び集団、たぬき商会密偵団との連係によるところが大きい。
これでボルザック密偵団は、無力といって差し支えないほどに力を落とした。
再びボルザック。春先の話をするならば、城の外の詰所にしばしば客を招くようになっていた。
「ワイマール王国全体の収益は、貸付の額など鼻息で吹き飛ばすものです。……しかし、国家予算というものは建前上、春にならねば決定できぬもの。せめて収穫期を越えるまで、返済はお待ちいただけないだろうか?」
客はため息。「今回もダメか」とばかり、肩を落とす。
この客は、王国再建を始めた頃から招いた客だ。まだ付き合いは浅い。
だが、それでも金を貸してもらえるだけの間柄にはなった。
当たり前だ。客はイズモの使者。あのイズモ・キョウカの祖父である、イズモ・タロウが頭取を務める組織の一員なのだ。
「仕方ありませんね、ボルザックさま」
使者は中指でメガネを押し上げる。
「担保なしでの融資は、あくまで私の一存で行っているものですから、他言は無用でお願いしますよ?」
「もちろんですとも! イズモさまに無担保で融資を願うような不貞の輩が増えれば、私どもにとっても不利益。断じて口外はいたしません!」
自分がその不貞の輩だということは棚にあげて、シャアシャアと言ってのける。
そして無担保とは言ったが、イズモは契約書という証拠を残している。別な言い方をすれば、担保を取り上げられた方が楽になるかもしれない、ということだ。なにしろ担保さえ引き渡せば、この借財はチャラになるのだから。
そしてもちろんこの使者は、ボルザックとの契約を上に報告している。いち国家の代表者との契約だ。この世界では神より貴く鬼より怖い、イズモ・タロウの耳にも入っているということだ。
それを一切口にせず、使者は席を立つ。
「くれぐれも言っておきますが、この融資はボルザックさまがどうしてもとおっしゃるので、私の一存で行っているものです。可能な限り早急に、御返済願いますね」
「はい、誓って!」
頭をさげながら、ボルザックは歯ぎしりした。
艱難辛苦を乗り越えて、ようやく太ったワイマールを乗っ取れたと思ったのに……。すべては反乱軍が悪いのだ。奴らが暴発しなければ、この国は我が手中にまんまと納まったものを……。
イズモという危険な株に頼らなくとも、資産家はいくらでもいる。しかし不運なことに、借金を頼み込んでも誰も首を縦に振らなかった。国家というこれ以上望めないくらいに、信用ある組織がバックについているのにだ。
しかしボルザックは、資産家の不振を「国家の倒壊」、と結びつけるには至らなかった。二月の反乱が国家の信用を損なっている、と判断しただけだった。そう判断するだけ、あの事件はボルザックにとってショックな出来事だったのだ。もっと言うならば、ボルザックのトラウマ(心的外傷)となったのである。
発作的に、新領地へ不審の目をむけた。再びあのような謀叛が起こるのではないかと、恐怖の感情で。だから慌てて司令官を配置したのだ。……その人となりを確かめることもなく。
そして悪いことに、呼び寄せた密偵たちに「ボルザック派」のメンバーを調査させる。ボルザックとしては、組織の引き締めを目的としたつもりであった。しかしどう見ても、内ゲバというヒステリーを起こす準備でしかない。少なくとも、疑心暗鬼にとらわれていると、周囲には思われた。
当然のように離反者を生むことになる。離反者は、これから生まれてくる。
いま現在ちょうどそのくらいの場所に、ボルザックは立っていた。
「……なるほど、ボルザックも大変な状況にあるようだな」
「殿、大変なのはこれからにございます」
ヤハラは言う。
「イズモ商会からの借財があるというのに、秋の収穫は望み薄なのですから」
王国の食糧庫とガマ司令官に言わしめた西側、つまり新領地では、飢饉レベルの大型脱税の準備が進んでいるのだ。
昨年の実績により、ノボルは領民から信頼を得た。周囲の領主たちも、再び協力してくれると言う。そしてその賛同者は野火のごとくひろがり、いまや新領地全体が協力してくれる手筈になっていた。
西側だけではない。ワイマール本土においても、ヒノモト州が凶作報告を城にあげていた。もともと忠誠心の薄い独立国だったが、ここまであからさまな年貢のごまかしは初めてかもしれない。……しかし、それも当然と言えば当然。ヒノモト衆からすれば、無茶な増税という裏切りを先に働いたのは、王国側なのだ。このくらいの仕返しはするだろう。
そしてヒノモト州のアキレス腱、物流に関しては独自のルートを確保できた。たぬき商会である。これが山奥まで物品を運搬してくれるのだ。これだけでも、かなり違う。王国との取り引き場所デジマ町から、自分たちで物を運ばなくても済むのだから。
しかも注文した品だけ到着する……別な言い方をすれば、注文した品はなんでも手に入るという便利。さらにさらに、自分たちの商品をこれまでにない高値で引き取ってくれるのだから、たぬき商会さまさまであった。
たぬきの株が上がるのだから、王国の株は必然的に下がる。ヒノモトに対するボルザックの求心力は、急激に低下したのである。
「そのたぬき商会ですが砂糖精製、ならびにビート栽培の技術をヒノモト州にも伝播する、と申してました。近々技術者を現地に派遣するそうです」
「各地にたぬきの旗が翻るなぁ」
ノボルは笑った。
しかしヤハラは笑わない。
「たぬきのことです。きっと、ヒノモトさまの御旗のそばに、そっと小さく立てさせて頂いているだけですわ。とかなんとか言いそうですな」
とにかく、国は無理な政策をごり押ししようとしている。これに各地が反発するのは当然だ。
ここぞとばかり、ノボルの文が飛ぶ。ヤハラに尻を叩かれたのだ。まずは中将派を固く結びつけなければならない。使者はほとんどたぬき商会の人間を借りているのだが……というか、ここで大活躍をするのが姉姫クラリスであった。
彼女が亡き夫の無念を語り、ヒノモト・ノボルに守護されていると述べ、たぬき商会に属していると契約書を出せば、必ず政財両面から同盟が成立した。元王女の肩書き、中将派のノボルとゴンに縁の者。そしてたぬき商会という地盤・看板・カバンがある。おまけで悪いが妹は、ヒノモト・ノボルに嫁いでいる。クラリス以上に確実な人物は存在しない。
ボルザック派はみるみる勢いを失っていった。
「ですが殿、それでも国というものは簡単に崩れたりしないものでございます」
ヤハラは、「イズモ」とだけ言った。
そうだ、このままではたぬき商会とイズモ商会がぶつかり合うことになる。親族同士、血で血を洗う抗争を繰り広げるのか? それはお前のやり方ではないだろう、イズモ・キョウカ? などと虚空に問いかけてしまう。
イズモとの激突は、必ず世に混乱を招く。民の暮らしを圧迫する。
「それは得策ではありませんわ」
かつてイズモ・キョウカは、そのようなことを話していた。
「ヤハラどの。楽天的なことを申すようで悪いが、両者の激突は無い。と俺は見ている」
「その根拠は?」
「得にならないからさ。イズモにも、たぬきにも、領民にも……」
「なるほど……ではなくて、それならばイズモとたぬきは、どのような手を使いますかな?」
そんなこと俺に聞かないでくれ、とノボルは答えた。
「あの連中の都合など、俺の頭で理解できる訳がなかろう」
「ではヤハラは、激突があり得る、という姿勢を保ちます」
「疑い深いねぇ」
「最悪の事態に備える。それが軍師ですから」




