その2
イズモ・キョウカの話は、こうだ。
たぬき商会が新事業を展開する。そのためには資金が必要。ということで資産家たちから融資を募る。もちろん砂糖を当てたらその利益から、集めた資金+αの金銭を分配する。
「ちょっと待ってもらえるか、キョウカどの。高額とはいえ砂糖など、大量にとれるものではない。大した利益にはならないだろう?」
「そうですわね、資産家が納得するだけの配当は、出せませんわ」
「ならば何故?」
イズモ・キョウカは人差し指を立てた。そしてその指を左右に振る。チッチッチッという、舌音をたてながら。
「ヒノモトさま、砂糖精製に金貨が一〇〇枚必要だとしましょう」
「ふむ」
「その場合、資産家からは金貨一〇〇〇枚を集めますのよ?」
「一〇倍かね?」
なんのためにそんな無駄金を? 思わず呆れてしまった。
「呆れてますわね、よろしいですか?」
ここからが本番だ。
実際に必要な金貨は一〇〇枚。九〇〇枚の金貨が余っている。
「この九〇〇枚を使って、別の商いをしますの。すると、あら不思議。九〇〇枚の金貨が三〇〇〇枚になりましたわ」
思わず茶を吹き出した。どこの世界に砂糖精製のために集めた金で、別の商いをする奴がいるのか。
「ヒノモトさま、資産家に必要なのは砂糖ではありませんわ。利益ですの」
「そうは言うがな……」
なんとなく腑に落ちない。
「そうだ、キョウカどの。もしも事業が失敗したらどうする? 返すべき金が運用中では、どうにもなるまい」
「ヒノモトさま、お忘れですの?」
昨年秋に収穫した米麦。それを売りさばいて得た金貨が、たんまりとある。
「しかし、それでもなぁ……」
「あらあら、米麦を売りさばいて得た金貨。わたくしが寝かせておいたと思いますの?」
例えば金貨一〇〇〇枚。寝かせておけば金貨一〇〇〇枚の価値しかない。
しかしこれを貸し付ければ?
「金貨は利息を生んで、一〇〇〇枚+αになりますのよ?」
「それでも+αかね?」
「そうですわね。+αにしかなりませんわ。貸し付ける相手が真面目な方でしたら」
「?」
貸し付ける相手が、ダメな資産家だとしたら?
それも豪邸に住み高価な調度品を使い、いくらになるかわからない美術品を抱えた、ダメな資産家だとしたら。
借金を返済できなくなったら屋敷ごとすべて差し押さえする、とキョウカは言う。もちろんその価値は、金貨三〇〇〇枚分に相当しなければならない。
「ですがヒノモトさま、金貨三〇〇〇枚分の屋敷は、そのまま置いておいても、価値はありませんわ」
金貨六〇〇〇枚で売りさばくという。
……金貨一〇〇〇枚が、六〇〇〇枚。いや、いくらか返済されていたから、さらに+αだ。
いくらなんでもそんなボロい商い、にわかには信じられない。
「……そんな商いの相手が、いるのかね?」
当然の疑問が湧く。
「あら、ヒノモトさまでしたら御存知のはずですわ。地位と名誉を兼ね備え、大きなお城に住まわれる……近々没落されるお殿さまを……」
ガマ司令官か!
ノボルは慄然とする。
「あの方でしたら、きっとたぬき商会のためになる政治をなさってくださると、わたくし心ひそかに期待してますの」
コロコロと、鈴を鳴らしたような声で笑う。
「それにヒノモトさま、わたくしどもたぬき商会では、資金のかからぬ商いのプランもございますのよ?」
「なんだそりゃ?」
もはや素の口調だ。
「こちらをご覧あそばせ」
一枚の紙切れを出される。なにやら色々書かれていた。
「ヒノモトさまは奥さまお二人にお子さま……二人目を御予定ですわね?」
「うむ」
もし万が一、ヒノモト・ノボルが不慮の事故で死亡したら、妻子は路頭に迷い極貧の生活となるだろう。
そうならないためにも、毎月たぬき商会に積み立てをしておけば良いと、キョウカは言う。
「普通に貯蓄しておればよかろう」
「貯蓄は貯蓄額以上にはなりませんわ。たぬき商会の積み立てでしたら月々この額で、万が一ヒノモトさまが三五歳で亡くなられたとしても……これだけの額をお支払いしますわ」
「積み立て額の何倍もか?」
いわゆる生命保険である。ノボル一人が加入者では、この商いは成り立たない。しかし、一〇〇人、一〇〇〇人と加入者を募れば……。
「ですがヒノモトさまが一〇年御無事でしたら、お祝いとしてこれだけの額をお支払いしますわ」
「ほう、積み立てた金が返ってくるのか?」
「かなり割り引きさせていただきますが、いかがですか?」
いわゆる満期金である。いくらかでも戻ってくるとなれば、ノボルもついその気になる。
「ですがヒノモトさま、ここで重要なのは集めた資金を商いに転用し、さらなる利益を生むことですわ」
「またかよ?」
イズモ・キョウカ曰く、金貨一枚は金貨一枚分の価値しかない。
ならば金貨一〇〇〇枚も金貨一〇〇〇枚の価値しかないのか?
答えは否である。まとまった金貨はさらなる富を呼び、力を帯びてくるという。
金貨は眠らせるなかれ、旅に出すべし。
イズモの家訓だそうだ。
恐るべし、たぬき商会。ついにコイツは金を膨らますだけでなく、商品売買無しに金を生み出す方法をたくらみやがった。
愕然と、妖怪でも見るような目を、イズモ・キョウカにむける。
たぬきの娘は片目をつぶり、小さな舌を可愛らしく出した。
「これがたぬきの錬金術ですわ」




