たんたんたぬきの……に御座候
そして、たぬき商会のエピソードもひとつ。
ある日のことだった。
いつものように天神一流の稽古をつけ、執務室へ戻ったときのことだ。
「殿、承認の検印をお願いします」
ヤハラが書類の束を抱えてきた。
「承認? 何か承認するような話があったかね?」
「たぬき商会で新しい施設を建てたいということで、申請が来ております」
「新しい施設か」
今度は何を始めるやら。ノボルは書類を受け取る。
砂糖精製作業所建設に関する立案書。そのように題されていた。
「……砂糖?」
「もちろん、あの甘い砂糖です」
「……どうやって作るんだ?」
「その方法は、こちらに」
書類に記載されている、という。目を落とすと、見慣れない文字が存在した。
「ヤハラどの」
「なんでしょう?」
「なんだ? このビートというのは」
「野菜の一種らしいです」
「野菜から砂糖ができるのか?」
疑問には思ったが先へ読み進める。なるほど、砂糖の精製方法が記載されていた。そして規模だが、かなりのものになりそうだ。つまり、人数が必要になる。
「……これは、運営方法に無理が無いかね? 一度作業所が動きだしたら二四時間、稼働しっぱなしとは無茶にも程があるだろ」
「秋にビートを収穫して野菜が腐らないうちに、精製してしまわないとならないようです。ここは交代制と人海戦術で押しきるとか」
「確かに、雇用は産みそうだな」
作業員の給金も、かなりの額を提示している。
「そして殿。それだけフル稼働しても、砂糖取引の相場にはあまり影響が無いそうで」
「それはつまり?」
「高値の取引が可能、ほぼ確実に利益が出るということです」
ビート農家に指定されているのは、このブラフの町。そして近隣の領地で気温の低い地域とされている。もちろん収穫したビートを近隣から運搬するのは、たぬき商会である。こちらも交代制で、夜中であろうと街道を荷車でひた走るのである。
希少価値のある高額商品ではあるが、正直言って人件費がかかりすぎる。規模が大きすぎる。そのくせ収穫は少ない。まるで砂金を掘るような話だ。
とはいえワイマール全体で、砂糖は輸入に頼りきっている。
「間違いはなさそうです」
「いやいやヤハラどの、我々は今年も大型脱税を計画して、本国を揺さぶろうというのに。目立つことはマズくないかね?」
目立つことはありません。
ヤハラは言い切った。
その根拠として、まずブラフは中央どころかコズミクからも覚えよろしくない、田舎町だ。誰からも注目はされていないと、ヤハラは言う。そこはノボルも納得だ。
そして今ひとつの理由として、この精製された砂糖は輸出するというのだ。つまり手元に残さない。すべて現金に替えてしまうらしい。
「輸出先は?」
「主にアサルト王国の個人商会。新領地で消費するのは生産と精製が安定し、軌道に乗ってからということです」
よし、とノボルは刀を腰に落とした。
「キョウカどのに会ってくる」
本音としては収穫期の終わった農家を、ぶらぶら遊ばせておくのはもったいない、と考えていた。できれば次男三男の「厄介」たちにも、職を与えたい。この事業が成功するならば、願ったり叶ったりだ。
しかし、計画書の規模で本当に大丈夫なのか?
本来もっと巨大な施設で大掛かりにやる事業ではないのか?
つまり、大博打ではないのか? という疑問が沸き起こる。
博打は実業家にとって、避けては通れぬ道である。だがしかし……。
「御免、キョウカどのはおられるかな?」
事務員のノラに声をかける。「お待ちしておりました、ヒノモトさま」と、ノラは愛想がいい。まるでノボルの来訪を知らされていたかのようだ。
どうぞこちらへと案内されたのは、会長室。イズモ・キョウカの城である。
たぬきの親分は、グラスの冷茶を楽しんでいた。
「いらっしゃいませ、ヒノモトさま」
キョウカは相変わらず、悪そうな笑顔を見せている。
「大丈夫なのかね? ビートとか、砂糖の精製とか」
「相変わらず単刀直入ですわね、ヒノモトさま。ですが、問題ありませんわ。たぬき商会の本命は、そこではありませんもの」
「は?」
「少量しか採れない砂糖で、どれだけの利益が出ると思ってますの?」
何をコキ出すんだ、こいつ。ノボルは身構えた。
「商いに詳しくないヒノモトさまに、たぬきの錬金術というものを、少々伝授いたしますわね」




