その2
夕食も酒宴となった。
が、ここでノボルは面白いものを見た。給仕や掃除夫といった下働きの中に、髪を黒く染めた者たちが紛れ込んでいたのだ。もちろん彼ら彼女らは袴振り袖の和装ではない。シャツにズボン、スカートといった洋装である。
そして、それだけでは終わらない。下働きの中には生粋のヒノモト衆……つまり、イズモ・キョウカからの密偵も自然と溶け込んでいたのだ。
これはというか、この城はもう間違いない。ノボルたちの支配下にある。あとは結果を出す……あるいはゴールに到着するだけだ。
状況がノボルたちに、確実に傾いている。その光景を目の当たりにした気分だ。あるいは傾き倒れゆく、王族の黄昏か。巨大な権力の崩壊を想像し、震えるほどのカタルシスをおぼえる。
だが、ノボルにはもうひと仕事。
万にひとつの可能性を潰しておかなくてはならない。ヒノモト・ノボルはすっかり腑抜けとなり、反乱の意思など微塵も無い。と信じ込ませなければならないのだ。
ヒノモト・バンジョーと呼ばれる三味線を鳴らし、小唄をひとつ唸ってみたり、酔いも手伝わせて半裸で踊ったりのバカ騒ぎを演じた。その時ばかりは心の底から酔態に身をまかせ、本気のらんちき騒ぎに興じる。
そして城を辞するとき。
「それではこれにて、お暇させていただきます」
「西国の作物は王国の貯蔵庫。しっかり勤められよ」
ガマ司令官の側近。いわば大臣格に見送られる際、ノボルはそっと耳打ちした。
「もちろん、殿の御為になる方策もございますゆえ、そちらの話はまた後ほど」
大臣格は、「お?」という顔をして、すぐに顔をほころばせた。そしてノボルの肩を叩き、「なかなか抜け目がありませんな」と笑い声をあげた。
当然のように、この大臣格も賄賂漬けにしてある。甘い汁ならいくらでも舐めさせてやろう。ノボルもほくそ笑んだ。どんどん肥え太り、賄賂無しには生きてゆけなくなるがいい。ノボルたちは誘うだけ。誘いに乗るかどうかは本人の責任でしかないのだ。
帰路も、ただ帰るだけではない。あちらの領地こちらの領地と、街の様子を眺めて回る。ヤハラの言った通り、あちこちにヒノモトの装束があふれていた。それはもう、たぬき商会に囲われた残党兵が、目立たないくらいだ。そして、ヒノモトの忍びたちも。
帰還したら早速、シンパの各領主たちに戦果報告の文を飛ばさなければならない。そして次は、あんな司令官であっても抱き込みに成功しそうだと。
それが済んだら、ガマを抱き込む支度である。とにかく忙しい。
なにしろ今年は、昨年以上の脱税……年貢のごまかしを計画しているのだ。ガマ司令官にも中央からの使者に対し、少し働いて貰わなくてはならない。
二人の娼婦に関しては、司令官からできるだけ絞り取ってやれと命じてある。精気も、財産もだ。ただし司令官としての実印などには手をつけぬよう、密偵たちにもふくめて言ってある。
いくら遣り手とはいえ、所詮は娼婦。兵や政治を左右する権限など手に入れたところで、首が飛ぶだけだと言い聞かせた。実際、これからノボルたちが行おうとしているのは、クーデターだ。いま実印を手にしたところで、すぐに無効になってしまう。無駄はやめておけと教えておいた。
それからひとつ、ノボルは重要な用件を足す。
「御免」
衣料品を商う店に立ち寄った。
そこでリコとアンジェリカのために、衣類を少々。もっとはっきりと言ってしまえば、城で見たアレである。ビキニというやつだ。そして丈の長いソックス。色合いを変えて数点。ノボル自身が満足いく、よい買い物ができた。これで第三子、次はアンジェリカの懐妊も間違いなしだ。
そして旅は終わり、ブラフの町に帰ってきた。
すぐさまヤハラに、仕事の出来を報告する。護衛についていた兵には、ヤハラから直接手当が渡される。そしてそのまま解散。酒でも色でも、とにかく遊びに行かせた。
ノボルの仕事はまだ終わっていない。ガマ司令官を抱き込んだあとの、具体的な脱税計画を練り上げるのだ。……とはいえ、ノボルの仕事はガマ司令官を共犯者に仕立てることであり、よりハッキリ言うならばガマ司令官に会って脱税の承認を取り付けるだけのこと。そしてその頃にはあのガマも、色と酒と薬に溺れ正常な判断は危うくなっているという寸法である。




