攻勢に御座候
そして、コズミク城攻略戦から、五度目の夏。
ノボルの元に新司令官から使者が来た。イズモ・キョウカが仕込んだ通り、姉姫とノラを見せるように、とのことだった。この頃にはすでに各領地からの「貢物」攻めで、新司令官と付随の隊長たちはすっかり骨抜きになっている。
だが、ヤハラの戦略では「まだまだ骨の抜き具合が足りない」、というか「まだ戦略の入り口にすぎません」ということらしい。
とりあえず使者と日程の調整をして、後日コズミクへうかがうことにした。
ヤハラはすぐさま二人の娼婦、姉姫役とノラ役を呼びつけ、詳細を打ち合わせる。すなわち、二人はノボルの妾。元はノボルの同期であり、反乱軍参加者ゴンの妻であったが彼の死後、無理矢理さらわれてきた。
ヒノモト・ノボルは過去の活躍を振りかざし、領地で放蕩三昧。色と酒におぼれた日々を送っている、と設定した。
あまりに現実とかけ離れた話に、ノボルは吹き出しかけた。しかし二人の娼婦は懸命にその設定を頭に叩き込んでいる。
たかが娼婦。そのように彼女らを低く見ていた自分を、ノボルは恥じた。
彼女らはプロなのだ。与えられた仕事は、確実にこなす。それも今回の仕事は、困難極まる依頼なのだ。少しばかり床の技をふるって絞り取ればいいというような、いつもの仕事とは訳が違う。そのことを自覚しているのだ。
そして姉姫とアンジェリカの、いわば弟子である。この仕事の出来不出来が国を左右すると、自然に学んだのだろう。ある意味、立派なヒノモト・ノボル軍の一員と呼んでも、差し支えない。
三日後。
十分な訓練を積んだ娼婦たちは、ノボルとともに西の都コズミクへ出発する。
「それではヤハラどの、留守をたのみます」
「道中、お気をつけて」
女二人は馬車。ノボルと護衛一〇名は徒歩である。一応、兵士たちには本当のことを教えてある。
しかしそのことが、裏目に出ないだろうか? つまり、兵士たちが安心して気をゆるめたりしないだろうか? 不安は抱えている。
が。
本物の姉姫とノラでなくとも、仕事は仕事。護衛は護衛。雑兵隊は精鋭部隊らしく、最高級の緊張感で周囲の警戒を行っていた。
宿をとりながらの旅。ついにノボルたちは、コズミクの城へと入る。
新司令官の前に伏したノボルは時節の挨拶を述べ、ガマのような司令官はいやらしく目を細めてそれを聞く。
「まあよいよい、ヒノモトとやら。それよりほれ、今日呼びつけた用件。心得ておろう」
「これは気が効きませんで」
破顔一笑、白い歯を見せ、手をふたつ打った。
しずしずと、おもてを伏せた娼婦たち二人。薄絹を頭からかぶり、いささか胸元を強調した装いで、しかもその胸元を強調するように膝をつく。イズモ・キョウカから仕入れたジャコウの香り水が、ノボルの鼻を甘くくすぐった。
「これなるは我が妾、クラリスとノラにございます」
「おぉ、そうかそうか。どれ、花と例えられる顔、拝ませてみよ」
二人揃って不安そうな演技で顔をあげ、そっとベールを外した。なかなかどうして、既婚者であるノボルでさえ胸を射られるような、儚げで可憐な仕草であった。
今度リコとアンジェリカにもやらせてみよう。
心に固くノボルは誓った。
その思いは、ガマ司令官も同じであったらしい。
「……………………」
目を丸くしている。おそらくは、呼吸も忘れているに違いない。二人の美貌に呑み込まれていた。
……俺としては二人の幼い妻の方が、よほど良いのだが。と思っていたが、微笑みはくずさない。ガマ司令官の出方を、じっくりと待つ。
「おぉ……」
ようやくそれだけ呻いて、ガマは立ち上がった。ヨロヨロと足を運ぼうとしたようだが、これまた仕事中と思い出したようだ。なんとか椅子に戻る。
「ひ、ヒノモトとやら」
「は!」
「長旅、疲れたであろう。早速酒でもてなそう」
「ありがたく頂戴します」
頭をさげたところに、さらに声がかかる。
「とはいえ、酌の係が急病でな。済まぬがそなたの妾二人、酌をさせてはもらえぬか?」
「おおせのままに」
さあ、ここからが本番だ。二人に向き直り、「殿が酌をお望みゆえ、よきに」と指示をした。
二人の娼婦は頭を下げ、案内のあとをついて行った。見送るように後ろ姿を眺めていると、「ヒノモトや、ヒノモト!」とガマの声。
「いかがなされましたか、殿」
「うむ、えっへん。確かそなた、すでに妻を二人めとっておると聞いたが……」
「はあ、それにつきましては、いやはやなんとも大変なもので。妾まで二人も抱え込んでは、家庭に不和が生じやすく、身の丈に合わぬ振る舞いはよろしくないと……」
「ほう、そこに気づくとは。小領地とはいえ、さすが一国の主」
「お恥ずかしい限りです」
ガマ司令官は身を乗り出してきた。
「時にヒノモト、賢いついでに出世の糸口をつかんでみる気は……ないか?」
「出世の糸口ですか?」
そら来た、と思ったが、そこは敢えてウブなふりをする。
「冬の反乱、そなたも知っておろう」
「田舎者ゆえ、それとなくしか」
「あれに参加しておらんかったということで、中央でもそなたの評価は高いぞよ?」
「ありがたく思います」
嘘こきやがって。
ノボルにも透けて見えた。中央でノボルの評価が高いとすれば、それは剣の腕前のはずである。が、それを一言も口にしていない。
どうせノボルの名など、すでに中央でも過去のもの。すっかり忘れ去られているに違いない。そうでなければこの程度の男、ノボルの前にのこのこと現れることすら出来ないだろう。
と、ヤハラから事前に言い含められていた。
で、そのガマ司令官。いやらしく豚のように目を細め、粘りつく視線を向けてきた。
「せっかく中央からの評価が高いのじゃ。もったいなかろう?」
「まったくでございます」
「ここまで言えば、わかるな?」
ノボルはガバッと身を起こした。そしてわざとらしい独り言をたれ始める。
「あ〜〜……嫁二人に妾まで二人も抱えると、太陽が黄色く見えるなぁ〜〜……。パイオツカイデーもそろそろ手離し時かのぉ? 誰か妾を二人囲える器量の、身分の高い方はおらんかのぉ〜〜……あっ、殿!」
「うむ、ヒノモト。なにか悩み事か?」
このオヤジ、なかなか乗りが良い。
「実はかくかくしかじか……ということで悩んでおりまして」
「ふむ、それはいかんな。よし、ヒノモト。余のところでちょうど酌の係に欠員ができておる。二人をまかなってやろう」
「ありがたき幸せにございます」
して、殿。と、今度はノボルからにじり寄る。
「先ほどの糸口の件、なにとぞお忘れなく……」
「よっしゃよっしゃ」
ガマ司令官にあわせて、湿っぽい笑い声をもらす。あまりにテンプレートな悪役芝居で、こちらの真意を悟られまいかと、少し不安になる。しかしそれは杞憂にすぎず、ガマ司令官はすでに「男の準備完了状態」であった。
そこへ、酒宴の支度が整ったと知らせが来た。ガマ司令官とともに宴の場へ。
「時にヒノモト」
「何でしょうか?」
「二人の妾、別れの挨拶はよいのか?」
「は! コズミクまでの道中で、すでに……」
殊勝な心がけよと、ガマ司令官は笑う。
よほどの間違いがない限り、この男は墜ちた。ノボルはそう踏んだ。あとは時間をかけて色に溺れさせ、ブラフから送る酒に一服盛り、さらに深みへ沈んでもらうだけ。
酒の席。
二人の娼婦はすでに酌役の装束に着替え、上座である司令官の席で左右に控えていた。
その酌役の装束というのが、ビキニというものだった。一度リコとアンジェリカが冗談で、晒を使って物まねをしてくれたことがある。
色合いは、黒。二人の白い肌が映えて見える。その上で、腿まで届く長靴下……ソックスまで黒で統一している。
ドクセンブルグへ密偵として出しているライゾウも、以前「ダンナ、ソックスはこだわった方がいいですぜ」とか言っていた。その理由がよくわかる。帰ったら早速、二人の嫁にこだわってもらおうと、これまた心に誓いを立てる。
席につくと、ジョッキが出てきた。泡立つ黄金色の液体が注がれる。つまり、ノボルにも酌の女がついた。これは近隣領地のシンパが送り込んでくれていた、密偵である。だから安心して、ノボルは飲むことができる。とはいえ、量を過ごさないに越したことはない。
山海の珍味が並べられた。お前はどこの王様よ、というくらいに並べられた。これらはすべて、シンパとなった領地からの、「こころづけ」という奴だ。
下戸のクセに無理して飲む、という演技で、早々に酒席を辞する。
ガマ司令官は、「部屋を用意してあるゆえ、泊まってゆくが良い」と、酌役の女をあてがってくれた。
女の肩を借りて千鳥足。呂律のまわらぬ口で下手な歌を歌い、べろんべろんを演じ抜いた。
部屋に入るとまず、覗き穴や聞き耳の確認。竹筒の水を飲んで酔いを払う。
「ガマ大将は墜ちたようだろうか?」
「間違いなく。ヒノモトさまを信頼しきっております」
「同伴していた隊長たちの様子は?」
「そちらはすでに、椅子からずり落ちるほどに酔わせております」
酒席で、という意味ではない。色と薬に溺れ始めている、という意味だ。
「万にひとつということもある。廃人となるまで決して手をゆるめるな」
「かしこまりました」
「よし、俺は一泊して、さらにもうひと押しする。また酌を頼むぞ」
女はうなずいて、服を脱ぎ出した。
「怪しまれるといけませんので」
「だが、行為はせぬ。後日報告の義務があるならば、ヒノモト・ノボルは不能であったと、報告を上げよ」




