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新司令官に御座候


 とにかくノボルにとって、剣が楽しいという発想は新鮮だった。もちろんノボルも剣の楽しさは知っている。しかしそれは「命懸け」が楽しいのであって、決して「身体を動かすこと」が楽しいわけではなかった。

 もしかしたらここに、また剣というものの広がり、可能性というものがあるのではないだろうか?

 ヒノモトのみならず、次男三男というのは将来が約束されておらず、稽古場で剣術の真似をしたりぶらぶらしたり。手に職つけるか兵隊になるしか道が無い。

 そこに剣術指南役という道を、このブラフで拓いてみた。旧ドルボンドに広げてみた。次男三男たちに、新しい可能性を与えることができた。

 そしてもし、剣というものの在り方が変われば、さらなる可能性が芽生えるのではないだろうか?

 剣は人を殺める術。だがそれだけでは終わらないかもしれない。

 漠然としてつかみ所は無いが、これは希望の種となる。ノボルはそう予感した。


 話は剣の技術に移った。

「アサルトの剣術は、実に軽妙なものですな」

「逆を返させていただきますと、ヒノモト剣術は重厚。そして質実剛健。敵の身体を確実に、斬り落としに来ますね」

「右腕を落とすことができれば、右腕を用いた反撃は不可能になります。しかしアサルト剣術のような素早さに欠けるという欠点があります。……そうだ、アサルトの軽妙な動き。……あれは血の道を狙ってますか?」

 アダムはうなずいた。

 やはり。血管を断たれたら失血死する。かといって、戦闘中に止血はできない。ゆえに、アサルト剣術では軽い当てでも、勝利を宣告するのだ。

 しっかりと斬り落とす。そればかりが剣術ではないと、ここでも目を開かされる。

 このチョコンとした打ち。それによる勝敗の決定。アダムはそこに剣の楽しさというものを感じているのかもしれない。


 アサルト剣士が旅立つと、今度は赴任してくる新領地司令官と各隊隊長たちへの対処だ。奴らは夏の、イラめくほど暑い季節に赴任してくる。

「殿、このヤハラ珍しく奇策をもちいて御座います」

 夏を控えた雨の季節。唐突に軍師は言った。

「なんの話ですかな、ヤハラどの?」

「ゴン中隊長の奥方二人の話です」

 ノラと姉姫のことだ。しかしそれならば、すでにたぬき商会が身柄を保護している。問題はないはずだ。

「いえ、次に赴任してくる司令官は、おそらく二人の噂は聞いているでしょうから。先に手を打っておきました」

 ヤハラはポンポンとふたつ、手を打った。

 執務室に、女が二人入ってきた。もちろんノラたちではない。しかしキレイ所で髪色は同じである。

「いかがですか、殿?」

「いかがとは?」

「そっくりでしょ? 髪色が」

「そっくりだな、髪色が」

「他には?」

 あまり口に出したくはないが、実に官能的な肉体美である。そしてスカートのスリットが大胆だ。

 あまり口に出したくところを敢えて出すならば、男ならむしゃぶりつきたくなるような、乳と尻と太ももである。

 それをヤハラに対し、目で語った。

 ヤハラは察してくれたか、目礼をひとつ。

「殿、こちらがゴン中隊長の奥方代理です」

「偽物か」

「この二人を殿が妾にした、ということにしてください」

 そうするとどうなるか?

「殿は以前奥方二人を出迎えに行かれました。おそらく新司令官は、噂の美女二人をヒノモト・ノボルが囲ったもの、と踏んでいるでしょう」

 さらにどうなるか?

「新しい司令官は言ってくるはずです。二人を差し出すように、と。それを以て恭順の証とする、という具合に」

「ヤハラどの、我々はまだ決起の意志は固めていないし、計画すら練っていない。そのような要求は、あり得ないだろ?」

「そこを難癖つけてくるから、難癖と言われるのです」

 なんつー無茶を。

 ノボルとしては呆れるしかない。

 しかし問題はある。

「恭順の証とするのは良いが、バレないか?」

「大丈夫です。今度の司令官は、姉姫の顔など知りません」

 かつての身分はドルボンドの姫君。ワイマールの軍人ごときが、その顔を知るはずが無いとヤハラは言う。ましてノラのような庶民など……。写真の無い世界など、こんなものだ。人相書きなどもあるだろうが、実物を知って書く訳ではない。まったくの別人が描かれてあったりするのが、常である。

「だが他にも問題がある」

 彼女たちの意志だ。

 その質問にも、ヤハラは答えた。

「殿、これらの女二人。身分は娼婦。金銭で解決しております。本人たちの意志も、確認済みです」

 しかもその技ときたら、大の男も辛抱たまらんものらしい。

 変な意味ではなく、あとで一手の指南を請いたくなる。本当に変な意味ではない。二人の嫁を可愛がるためにだ。

「しかし、待てよヤハラどの」

「なんでしょうか、殿?」

「恭順の証として差し出せというのなら、アンジェリカやリコの方が、俺に効くのではないか?」

「恭順の証とやらにかこつけて、自分好みの女をモノにする。それこそが正しいゲス道というものにございます」

 なるほど、とりあえず嫁二人は無事で済みそうだ。

 ……しかし、何か胸につっかえているような気がする。

「ヤハラどの、先ほど自分好みの女をと申されたが、リコやアンジェリカは司令官の好みからは外れると?」

「殿、めんどくさい所にお気づきで」

「俺の嫁二人は、あれほどまでに可憐だというのに、見る目の無いヤツはいるものだ」

「青い果実は酸いばかり、酸いを好むは人の癖」

「何か申されたか?」

「いえ、風がそよいだ音にございます」

 さりげなく女の好みをくさされた気がしたが、ヤハラは次の話に移った。

 つまり。

「新領地からヒノモト剣術の臭い、ヒノモト・ノボルの臭いを消してご覧にいれます」

 何故それが必要なのか?

「まず新司令官を迎えるにあたり、たぬき商会にたむろするヒノモト剣術修行者たち。さらには各地に散った指南役やヒノモト衆。これがあまりに目立ち過ぎるので、当たり前の光景に溶け込ませたいと思います」

 ひいてはそれが、ヒノモト・ノボルという猛者を、目立たなくするという。つまりより恭順の姿勢を強調できる、というものらしい。

「具体的には、どのようにするのかね?」

「それに関しましては、後日御自身の目で御確認を」

 御確認をと言われても、ノボルはあまり外に出ない。確認のしようが無い。

 ……などと思っていたら?

「……ヤハラどの」

「なんでしょうか?」

 いつもの執務室。いつもの仕事。それが終わって、いつもの外出時刻。

 だが、遊びに出る兵士の様子が、いつもと違っていた。

「なにかね、あの姿は?」

「外出する兵士たちの姿ですな」

「いやいやヤハラどの、おかしくはないですかな? 違和感を感じるであろう」

「はて? 殿が何を気にかけておられるやら。恥ずかしながらこのヤハラ、とんと理解できませぬ」

 いや、違和感ありまくりだべや。その言葉をノボルは飲み込んだ。ヤハラがニコニコしているからだ。しかし油断はならない。この男は昔から、ノボルを打てば打つほど、笑顔をかがやかせるのだ。

「殿、具体的に違和感とは、どのあたりですかな?」

「俺の部下に黒髪はいないはずだぞ?」

「染めさせました」

「部下はみなワイマール人だから、洋服なはずだ」

「和装に袴が今年の流行のようですな」

「君は一体、なにをやっとんのかね?」

「殿、この程度で驚いていただいては、困りますぞ」

 悪魔がニヤリと微笑んだ。

「和装の流行は、新領地全体に広がってございます」

 新領地全体かよ。

 気分がげんなりと萎えたのだが、そんな時に限ってドアが控え目にノックされる。

 誰かと誰何すれば、リコですと返事があった。

「入りなさい」

 ドアの向こうに声をかけると、遠慮がちなリコが。

「どうした、リコ?」

「あの、ノボルさま……」

 なにか言いにくそうに、モジモジしている。

「それじゃわからないぞ、思い切って口にしてみなさい」

 ヤハラがいるのもかまわず、できる限り柔らかい声で語りかける。

 決意を秘めた眼差しで、リコは口を開いた。

「あの! アンジェリカに着物を買い与えてくださいませ!」

 思わずガックリと来る。なんだ、そんなことか。

 だがリコが述べるには、嫁に来て以来アンジェリカは、服のひとつも買っていない。しかし昨今キモノが流行しているとか。なんとかこれをアンジェリカにも着せてあげたい、とのこと。

 なるほどと、ノボルは思い直す。

 まずは我が家の家計だ。口にはしないが、二人とも倹約と節制を重ねて、ノボルを支えてくれている。本当に、我慢をさせて申し訳ない。

 そしていま一つは。

 アンジェリカもまた女である、ということだ。奇特にもヒノモト・ノボルを愛してくれて、弔いの想いとともに生をまっとうしようとしている。反物のひとつも買い与えたところで、バチはあたらない。

 貧乏小隊長、やりくり中隊長、やっとこベテラン中隊長という言葉がある。つまりヒノモ・トノボル、何をおいてもまず貧乏なのだ。故に、ノボルに相談に来ている。

「いや、リコ。やりくりの必要は無い。しばし待っておれ」

 金の無心はなれていないが、妻の可愛らしいおねだりのため。幸い下長に予備があるし、雑兵隊とヤハラという頼もしい差し料がいる。ならば下長をたぬき商会に……。

 ドアを開けようとしたとき、ヤハラが頭突きをかましてきた。

「あんた何を考えてんの!」

 なかなか効く一発だった。

「ヒノモト・ノボルの金策は、この軍師ヤハラの仕事でしょうが! 何で私に相談しないっ!」

「いや、これは個人の家計の事情であって……」

 すると今度はリコがにらみつけてくる。

「あの、ノボルさま? よもやと思いますが、腰の物を売り払って反物の代金を、と?」

「ん? まあ、そうだが……」

「あぁ、情けない!」

 壁にすがりついて、泣き崩れた。

「殿方の刀を売り払えなどと、いつこのリコが申しましたか。いましばらくの倹約をお願いしようと思っていただけなのに……。リコは……リコは情けのぅございます!」

 よかれと思った振る舞いが、すべて裏目に御座候。

 ともあれ、それほどまでに新領地では和服が流行となった。

 ちなみに反物の代金はリコとヤハラの協議の上で、ノボルの手当てから月々天引き。今でいうところの月賦ということで落ち着いた。


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