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その3


 ノボルは切っ先で、アダムの正中線を押さえた。当然アダムはそれを嫌がる。ノボルの太刀を払いにきた。

 しかし、柳に風。ノボルの太刀はスルリと抜けて、また正中線をねらう位置。もちろんアダムにとっては面白くない。また払えば、また元通り。

 だが、状況は変化している。ノボルは間合いを詰めていた。アサルト剣士はこれを嫌い、後退する。もちろんノボルは、常に殺気を放ち重圧をかけている。

 アダムが払う。ノボルは元の位置に戻る。その際に明確な隙を見出だして、気持ちの中だけで三度は斬った。するとアサルト剣士が後ろへ跳び退く、といった具合だ。

 さがる以外に、アサルト剣士は足を活かせない。自慢の足さばきであったろうに。

 その顔面には、たいした運動量でもないのに、玉の汗が浮かんでいる。呼吸も乱れていた。というか、時折息をしていない場合がある。

 そして剣士を、壁まで追い詰めた。

 ……もはや何もできなさそうだ。

 殺気の重圧はそのまま。ノボルは太刀をおろした。アサルト剣士はどっと息をつき、汗の雫を垂らす。

「壁まで行ってしまいましたな。ではもう一度、開始線まで戻りましょう」

 背中をむける。もちろんこれは誘いだ。いやむしろノボルとしては、「斬って来い!」、「かかって来い!」という心境だ。何故ならそれが、剣士の心得というものだからだ。

 師も時にこのようにして、ノボルに無防備な背中をむけることがあった。そしてそこにつけこんで飛びかからなければ、叱責されたものだ。「明らかな隙のある者に斬りかからず、いつ斬りかかるか!」と。

 そこで若いノボルは、師匠が稽古場に足を踏み入れた瞬間に、襲いかかったものだ。もちろん柔の手、あるいは木刀の一手をたっぷり御馳走になったものだ。

 ただし、師匠は上機嫌。いつもに増して濃厚な稽古をつけてもらえた。……あまり、ありがたくはなかったが。

 …………。

 しかしアサルト剣士。打ち込んでは来ない。逆にノボルにとっては、彼の在り方の方が違和感があった。

 あくまでもフェアに振る舞う、騎士道精神という奴だろうか? ……いや、違う。それならば最初から自分の流派のルールのちょこん打ちだけで、自分が勝ったなどという宣言はしないはずだ。……では、ようやく武者修行心得に目覚めたか? ……それも違うようだ。そもそもこの男の剣、どこまでも軽い気がする。

 ……軽い? ……まさか。

 気になることがあった。まさかと思うことに気がついてしまったのだ。

 開始線に戻り、今度は中段に構える。先端に殺気をのせて、アダムの正中線を制する。形は違うかもしれないが、アダムにとって状況は先ほどと変わらない。

 抵抗の素振りを見せるが、動けばノボルは殺気を放ってそれを許さなかった。みるみる萎えてゆくのがわかる。たったこれだけのことで。気迫で押し返してくることもなく、ただ呑まれるばかりなのだ。

 ふたたび、壁まで追い詰めた。

 今度はトンと、正中を突く。アサルト剣士はブルッと震えて汗を散らし、そのまま尻餅をついた。腰を抜かしたのだ。

 もう一度、とは言わない。そのかわり、蹲踞をしてアダムの瞳をのぞき込む。

「もう、腹一杯ですかな?」

 視線をそらして、アサルト剣士はうなずいた。すっかりショボくれてしまっている。

「では、茶にしませんか? 今日の武者修行は、これでおしまいです」

 剣士は消え入りそうな声で、「はい」と返事をした。

 これでわかった。何故この剣士が軽妙で軽快な技を振るえるのか?

 アサルト剣士アダムの技には、命がかかっていないのだ。有り体に言えば道場剣術。もっと言うなら単なる遊び。

 彼は命のやりとりのために剣術を学んでいるのではなく、勝った負けたのために修行をしているのだ。

 しかし、何故だろうか? ノボルにはこの男の剣が、否定できない。

 天神一流はまず気合い、精神力、殺気。それで相手を圧倒し、十分に勝った状態から技を出す流派。アダムのような剣は、「技が軽い」と否定しなければならない。

 だが、それをする気にはなれない。

 何故なのだろうか?

 わからないが、まずは茶だ。


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