その2
アサルト剣士は、「お願いします」と頭をさげた。
互いに分かれる。ノボルは稽古の支度だ。腰の大小と羽織を、側の者に渡す。それからこういった場合の、いつものタスキ。それに鉢巻き。色はもちろん、柿色のものだ。袴の裾を持ち上げて、帯に挟み込む。脚の自由を得た。足元は通常の足袋と草鞋。特別なことはしない。
「中隊長」
「ん?」
「イズモさまがお見えです」
「ほう……」
こういった汗臭い場に、イズモ・キョウカとは。似合わないと言えば似合わない。
出された椅子に品よく、イズモ・キョウカは腰掛けていた。
「観戦ですかな、キョウカどの?」
「天神一流の剣士が、総なめにされていると、うかがいまして」
これもまた品よく微笑んだ。しかし、目は笑っていない。
オーナーとしては当然だろう。天神一流剣士団は、たぬき商会の「売り」なのだ。その屈強なる護衛をもって、物流仕事を請け負っている。ここで全敗という訳にはいかない。
そして笑わない眼差しが、言外に語っている。「負けは許されませんわよ」と。
「誰か」
人を呼ぶ。
「キョウカどのに、茶でも一杯」
命じられた兵は、奥にさがった。
「まあ、そう固くならず。のんびりと御覧あれ」
それほどのことは無い。確かに、できる男ではある。しかしまだ、そこ止まりだ。
アサルト剣士に向き直る。
「準備はよろしいかな?」
「はい」
「では、ひとつ……」
木刀の小太刀の差し込み、右手には太刀。久しぶりの他流試合に胸が弾んだ。
開始線まで出て、蹲踞。木刀の太刀を突き出して、剣を交える。アサルト剣士は立ったままだ。
その表情をのぞき込む。余裕が無い。
当然だろうと、ノボルは思った。支度の最中からずっと、アサルト剣士に向かって殺気を放っていたのだ。余裕などある訳がない。
人だかりの中から観察していたが、その時点でアサルト剣士は、次に現れる師範……つまりノボルからも、勝ちを得る気満々であった。日の出の勢いに乗るたぬき商会の護衛、天神一流を打ちのめし名を上げるつもりのようだった。
しかしそれは、武者修行としては不心得である。武者修行というのは、あくまでも修行。一手授かるための旅である。勝ちを得る旅、名を上げる旅ではないのだ。
万一、ここでこの剣士が天神一流を平らげたとしたら、どうなるか?
アサルト剣士はブラフの町を、生きて出られないだろう。もしもノボルが敗れることがあったら。その時のことは、すべて兵に言い含めてある。
出張しているロウ入道やテライモたちにも、よく教えている。
修行は修行、稽古は稽古。立ち会いを持ち込むなかれ。
指南所を開く、看板を掲げる、流派の名を背負うということは、そういうことである。立ち会いなど、他流試合などやるものではない。命がいくつあっても足りぬ。
このアサルト剣士は、おそらく才能ある者なのだろう。だから他流試合の恐ろしさを学ぶことなく、武者修行に出てしまったに違いない。
ならばこの場で一手。
武者修行心得というものを教伝するべきである。
「始めっ!」
号令がかかった。
湯気の立ち上るが如く垂直に、ノボルは立ち上がった。姿勢も太刀もぶれない。構えだけでアサルト剣士を圧倒する。
アサルト剣士の木剣は長い。つまり懐が深い。その長大な間合いでありながら、手首をつかい得物をクルクル回し斬り込んでくる。それがアサルト剣士の戦術だった。
しかし今は、ノボルの切っ先に呑まれて動けない。
ノボルは腕を伸ばして、木刀を水平に構えた。兵士たちの間からどよめきがおこる。
通常ならば、「小手が死んでいる」とされる、悪い構えだ。
だがこの形は、天神一流目録の一手。「柳刀」の構えである。この切っ先で、ノボルはアダムの正中にねらいをつける。




