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アサルト剣士に御座候


「殿、ボルザック派が儲けるのは、面白くありませんかな?」

 凄んでしまった自分が恥ずかしくなるほど、ヤハラの微笑みは爽やかだった。そして、「それは違いますぞ」と、解説を入れてくる。

 たぬき商会の策略は、ノボルの想像をかなり越えているらしい。

 つまり。

「もし敵方に声をかけたとしても、それはワイマールのボルザック派を、抱き込む準備かと存じます」

 いつの間にやら、たぬき商会の信頼はヤハラの中で、厚くなっているようだった。

 たぬき商会が声をかけている相手が、中将派であろうとボルザック派であろうと、イズモ・キョウカならば舵をどのようにでも切れる、と断言した。

 まず、中将派に商いの打診をしたとなれば、もちろんこれは万々歳。国を倒すための資金がふくらむだけ。

 あるいは、国の財布には常に一定の金額しか入っていない、と仮定すれば。ついでに、財布の中が中将派のポケットと、ボルザック派のポケットに分かれていると仮定すれば。

 財布の金貨がボルザック派ポケットから、中将派ポケットにどんどん流れ込んでくる状態。わかりやすく言うと、中将派が稼げば稼ぐほどボルザック派ポケットが貧弱になる、ということだ。

 そして逆もまた。たぬき商会がボルザック派に、商い指南を始めたとしたら? という仮定を解説。

「それだとさらに、面白いことになります」

「ほう?」

「たぬき商会の力で栄える、ボルザック派領地A。わかりやすく説明するならば、よその街で、たぬき商会に材料を購入してもらい、領地Aで加工。たぬき商会によその街で販売してもらいます」

「領地Aは大儲けだな」

 ヤハラはうなずく。

「利益をあげた領主Aは、ボルザック派の中で重要なポストにのぼり詰めるでしょう」

 金と権力の好きそうな連中だからな、とノボルは答える。

「そんなある日、突然たぬき商会が領地Aの商いから、手を引いたなら?」

 ボルザック派の中で登るだけ登った領主A。その梯子を、取り外されたようなものだ。

「領主Aは困ることになるな」

 だけではない。今度はたぬき商会が、隣の領地B……中将派に同じ商いの指南をしたら?

「……領地Bが、儲けるのか?」

「領主Aが開いた販路に、商品をそのまま流せば良いだけです。間違いなく、儲けます」

 間違いなく。この部分をヤハラは強調した。ヤハラが言うには、商いにおいて何よりも大切なことは、「間違いなく利益が上がる」という部分らしい。

 しかもしかも、領地Bの商品の方が領地Aの商品よりも、より良く安く製造できたなら?

「……領主Aは、太刀打ちできなくなる?」

「しかもボルザックからは財布係として期待され、ノルマが厳しく課されるでしょうね」

「首を吊るしかなくなるな」

 他人事ではありません。ヤハラの微笑みは、暗く冷たい。

「たぬき商会から、目をつけられているのです。殿にとっては、他人事ではありませんよ」

 余談ながら、現代社会でこのような商いをすれば、たぬき商会は領主Aに対し、違約金を払わなければならなくなる。しかし、時代が時代。

「たぬき商会が訴えられない方法もございます」

「あまり聞きたくないが……」

「いえ、聞いていただきます」

 簡単な話だ。領主Aが訴えることのできない品を、商いさせるだけのことだ。いわゆる、御禁制の品々という奴だ。

「うむ、今日のヤハラどのは黒いな。いや、ある意味通常営業か」

「まあ、これはあくまでヤハラ式の悪党商法。本業のたぬき商会が、そのような商いをするとは、思えませんがね」

 話が逸れたがたぬき商会イズモ・キョウカが、中将派とボルザック派の、どちらに商いを持ちかけても大丈夫という証明であった。

「それにしても、キョウカどのは手が早い。我々雑兵隊も、負けてはおれん」

 そうだ。雑兵隊というより、ヒノモト・ノボル軍。いまだ戦力の拡大中であり、各領地と足並みを揃えている最中なのだ。

「話をそらされては困りますね、殿」

 ヤハラが肩を掴んできた。普段の軍師参謀ぶりからは、想像できない握力だった。

「なにかね、ヤハラどの。俺が何を……というか、肩が痛いので離してはもらえないか?」

「たぬき商会の危険性、ヒノモト・ノボル軍の生命線をにぎられているという危機感。殿にはまだまだ覚えてもらわなくてはならないことが、山積みでございます」

「それを覚えたら、俺の腹が黒くなるだろ? それはヒノモト・ノボルとは呼べん。つーか、なんでこんな時だけ強くなるのさ?」

 振りほどこうとしても、ヤハラの指先は食い込んでいる。振りほどけない。

 ジリジリと、理知的でありながら冷たい眼差しが、迫ってくる。

「さ、殿……お覚悟を……」

 目をそらすと、忍びのマユが菓子をかじりながら、二人のやりとりに食い入っていた。

 ヤハラはさらに詰めてくる。マユは役に立たない。

 だが、救いの手は入った。

「中隊長! 他流試合の志願者です!」

 ヒノモト装束、稽古着の兵が飛び込んできた。

「なにっ! それは一大事!」

 剣術の指南所に、他流試合はつきものだ。一大事でも何でもない。しかし、ヤハラから逃げる口実なら、なんでも良い。力を失ったヤハラの手をほどき、兵に向き直る。

「どのような相手だ?」

「はい、アサルトの剣士なのですが、これがちょこまかと動く奴でして。木剣が触れた程度で、勝ちを訴えやがるんですよ」

「ほう……で、誰々がやられた?」

 ノボルの問いに、兵は主だった名を挙げる。

 ……なるほど、その面子が負けにされたというのなら、ノボルのところに来るのも無理はない。

「それじゃあ、ちょっと見てみるか」

 仕事着に真剣のまま、ノボルは出た。場所はたぬき商会の集荷場らしい。ヤハラの話といい、今日はたぬき商会に縁がある。

 通りに出ると、集荷場はすぐ目に入った。近所の農家や町人たちが、見物に来ているらしい。人だかりができていた。

「なにごとですかいな?」

 わざとらしく人だかりに混ざり、野次馬の声を聞いてみる。

「ありゃ、隊長さん! なんとかしてやってくださいな! あんなチョコンと触っただけで、ヒノモト剣術に勝ったなんて言われたら、あたしらもう悔しくて悔しくて!」

 アサルト剣術の評判は、あまりよろしくないようだ。

 稽古場をのぞいてみると青髪の男が一人で、長い木剣を振り回しながら型稽古をしている。これは身体を冷やさない目的だなと、ノボルは判断した。

 アサルト剣術ははじめて見るが、ノボルからすれば原則はワイマール剣術やドルボンド剣術と、大差は無い。足でヒョイヒョイ動き、手首で剣を振るスタイルだ。

 違いは、触れた程度で勝ちを宣言する、という考え方だろうか。ワイマールもドルボンドも、力強く剣を振るスタイルだ。だからヒノモト剣術と、相性が良いのかも知れない。

 しかしアサルト剣術は……剣というものを知り尽くしているかな、とノボルは考えた。

 剣と刀の使い方の違いを知っている、とでも言うべきか。

 刀は斬るもの。断つものである。ただし、突くこともできる。

 では剣は?

 剣は突くものである。ただし、斬ることもできる。斬るときには、刀のような両断というような斬り方ではない。添えて撫でるように斬る。そうでなければ、剣を損じてしまうかもしれないからだ。

 ヒノモト刀が斬ることに長けているのは、ズバリ反りがあるからだ。この反りが敵の身体に接したときの衝撃を逃がし、なおかつ刃が骨肉へ食い込みやすくしてくれている。

 具体的に言葉で説明することは、ノボルにはできない。しかしヒノモト刀の特性は、身体が知っている。

 刀で斬ったとき、刀のどこがどうして斬れたのか? それを知りたいならば、稽古に来いとしか、言い様が無い。事実として言うならば、かつてノボルは河原木守下長で、鉄の鎧を斬った。だから刀は斬れる、としか言い様が無いのだ。そこに四の五の理屈は必要ないし、稽古に裏付けされていない知識など必要ない。そして必死三昧。その気概なければ、すべては砂上の楼閣となってしまう。

 剣に話を戻す。

 添えて撫でるように斬るのが剣なのだから、触れた程度で勝ちを宣言するのも当然と言える。ただそれが、ワイマール剣術やドルボンド剣術になれた者にとって、受け入れ難いものなのだ。

 端的に言うならば。

 この剣士、できる。

 その一言に尽きる。

 もしもノボルがアサルトに生まれ、アサルトの飯を食らいアサルトの水で育ち、アサルトの酒を飲んでアサルトの女を抱いてきたのなら、この剣術を誇るだろう。

 しかしノボルが生まれたのは、ヒノモトである。ヒノモトの米と水と空気と、酒と女で育まれたのだ。執着は天神一流にある。「俺の流派が最強病」も、久しぶりに頭を持ち上げてきている。

「それじゃ、ごめんなさいよ」

 人だかりをかき分け、集荷場に入った。

「おぉ! 中隊長だ!」

「おい、みんな! 中隊長が来たぞ!」

 それまでショボくれていた兵たちが、いきなり沸いた。どれだけヘコんでたのよ、お前ら。と訊きたくなる。

「こちらの指南所の方ですか?」

 アサルト剣士は木剣を納めて、頭をさげた。

「アダムと申します」

「ヒノモト・ノボルです。……天神一流は、堪能しましたか?」

 はい、とアダムは答える。

「どの方も一流の使い手で、自分の未熟を知らされるばかりです」

「まだまだ食い足らん、という顔ですぞ」

 ノボルが言うと、アダムはハッという顔をした。

「いえ、武者修行というのは、それくらい元気でなければなりません。……だが、もしも。もしも腹にまだ、若干の隙間がございましたら」

 この下りは、師匠が武者修行を相手にするときの台詞、そのままだ。

「もう一杯、天神一流を馳走しましょう」


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