その3
なるほど、ヒノモト・ノボル自身は一介の中隊長に過ぎないが、その剣術がこの短期間にこれだけ広まっているのだ。足を引っ張ってくれる輩が、現れてもおかしくない。
「ヤハラどの、すでに対策が頭の中にあるのだろ?」
「はい、とりあえずは」
酒、金、女。
世の中の男というのは、これで堕ちる。ヤハラは断言した。つまり、ボルザックに付くよりも良い酒が飲めて、良い女を抱けて、よい金が手に入れば簡単に攻略できる。ただそれだけのことだ。
ノボルは自分に当てはめてみた。つまり、自分は酒で溺れることができるだろうか、と。答えは、「まず無理」だった。
酒を飲まない訳ではない。しかし、酒は不覚を生む。剣士たるもの刺客に襲われ、「酒が入っているので、日を改めて」とか、斬られた後で「あの時は酒で入っていたので」、という言い訳は効かない。
では、金に目はくらむか?
それも無さそうだ。今は軍にいて、手当てがもらえる。問題はない。
ならば女。これは自信がない。二人の妻を人質にとられたら、すぐに音をあげるだろう。
しかし色仕掛け、浮気。そういったレベルで女を、というならば、あり得ない話だ。
だから、ヤハラの策をより確実にするために。
「それなら、もっと手っ取り早い策がある」
ノボルはポンポンと手を打った。
……しかし、何も起こらない。
ヤハラに手を打たせた。
忍びマユが、「これに」と現れる。
「マユめが、いかがなさいましたかな?」
「うむ……忍びマユ、ちとたずねるが」
「スリーサイズは秘密です」
「そうか、時にマユ。お前たち忍びは、薬物にも明るいな?」
「あれこれ、様々なものを心得ている者が、数多に」
「では新任の隊長、将軍たちを骨抜きにできる者も?」
「多少の準備はかかりますが」
それと、房中術の心得ある者たちを、若干名。
ヤハラも気付いたようだ。
「……殿、ずいぶんと黒くなりましたなぁ」
「元が兵法家ゆえに、な。それとヤハラどの、房中術に長けた者は、新任者たちより数が少ない方が、面白いかな?」
軍師も悪そうな笑みを浮かべる。
「女を巡って仲違い、足の引っ張り合い。我々の相手をしている暇は無し、ですな」
「脱走兵たちをかくまったり、我々の真意を隠したり、今年も年貢をごまかしたりと、内緒が山積みなのでな。手際よくいきたい、モタモタとはしておれぬ」
逆にいうならば、ここをスマートに処理できれば、たぬき商会からの信頼はより厚くなる。そして新領地軍中将派への信任も、得ることができるはずだ。
「勝負どころだな、ヤハラどの」
「となると、酒、女、金の順番になります」
「金が先ではないのか?」
一番欲しいものは、一番最後にチラリと見せるだけ。そのようにヤハラは言う。
ポイントは、年貢の隠匿である。そこが一番確実で、実入りも大きい。
「ごまかした年貢というゴールを目指して、一年間突っ走ってもらいましょう。……目をつぶったままで」
「……軍師どの」
「はい」
「そちもワルよのぅ」
「そちはサルよのぅ」
戯れ言はさておき。
忍びマユにはその旨、イズモ・キョウカに伝えるよう、申しつける。
これで決起軍生き残りたちも、たぬき商会通達で、状況を把握できるだろう。
ノボルはノボルでその意志を、文にしたため中将派残留の隊に飛ばす。
ここは防衛戦だ。手柄を出すための戦さではなく、そつなくまとめる戦いである。
そうこうしているうちに、マユが帰ってきた。イズモ・キョウカの進撃話という、手土産を持っている。
「ほう、キョウカどのが。どのような活躍かな?」
マユは勝手に菓子を出し茶を煎れて、畳に腰をおろした。
「まふわへふね、ボリボリ……」
「マユ、殿は逃げません。菓子を飲み込んでから、話しなさい」
そう言って、次の菓子に伸びたマユの手を、ヤハラは掴まえた。
「ボリボリボリボリ、ごっくん。まずはですね、新領地の隊長さんたち……つまり現在の各領主さま方に、商い指南をしております」
「商い指南? 軍人にか?」
「簡単なものですけどね」
つまり、「あなたの街では今、〇〇が売れますので、仕入れた方がよろしいかと。よその街ではあなたの街の〆〆が商えますので、ご用意願います」と触れて回っているということだ。まだ結果は出ていないが、好景気を予感できると、マユは言う。
「ヤハラどの、これは……」
「はい、たぬき商会と各領主が、信頼関係を強くする出来事かと」
さらにマユの話は続く。
「新領地だけでなく、ワイマール領地でも同じように、領主さまを儲けさせる計画があるとか」
「忍びマユ」
ノボルは膝を詰めた。
「それはもちろん、中将派の領主相手の、商いであろうな?」




