その2
春の景色を今しばらく。
娘ツバキからすれば、母親が二人いるようなもので、アンジェリカとリコが交互にあやしてくれる毎日が続く。どちらかが家事をしていれば、必ずどちらかが相手をしてくれる。ただし乳を与えることだけは、アンジェリカの仕事であった。
「俺が子供の相手をしてやれなくて、すまんな」
「かまいませんよ、ノボルさま」
「そうじゃ、妾たちがおれば育児に問題は無い。主どのは仕事に専念してたもれ」
心強い言葉が返ってきた。やはり家を持つ、家族を持つというのは、良いものだと痛感する。
そんなある日の夕食時。
「ノボルさま、アンジェリカ。お話があります」
リコが箸を置いた。
いつになく真剣な顔だ。
腹でも痛いのかと思ったが、どうも気合いの入り方が違う。ノボルも正座し直した。
リコは咳払いをひとつ。
「このリコも、お腹に赤ちゃんを宿したようです」
月のものが来ないので、医者に診てもらったところ、三ヶ月という診断だった。
「めでたいのう、姉上」
「でかしたぞ、リコ」
「今までノボルさまのお相手は私が務めてまいりましが、これからはアンジェリカにバトンタッチとなります」
「うむ、まかせておくが良い」
と、そこまで言ったが。
「となると妾は、主どのと姉上の二人に、攻め立てられるというのかえ?」
「攻め立てるだなんて、そんな。今までアンジェリカが可愛がってくれた分、利子をたっぷりつけて返済するだけですよ」
以前にも記したが、二人の妻は仲が良い。どちらか片方がノボルを独占というのではなく、やはり三人一緒という形におさまりたがる。
アンジェリカが身ごもっていた時には、ノボルの相手はリコに頼んでいた。しかしそこに、アンジェリカが参戦してくる。通常ならばアンジェリカもノボルを求めるだろうが、彼女はノボルとともにリコとのスキンシップを求めていた。
同性愛的な感覚とは、少し違う。どちらかというと娘たちが単独行動ではなく、集団や群れで出歩くような、そんな感覚を持ってノボルは見ていた。
そして、剣。
雑兵隊の面々は、毎日の稽古が実を結び、全員が目録に入った。いよいよ実戦的な稽古段階だ。もっとも、指導するノボルの側にこだわりが深かったので、これだけ長い時間がかかってしまったとも言える。
そうでなければ、一日六時間以上の稽古をしている甲斐が無い、というものだ。
ひたすら素振り。それだけで終わる稽古もある。居合の一本目だけしかやらない日もある。
しかし、それで良いのだ。
ノボル自身が師より授かった、天神一流。そっくりそのまま伝授できている。
何も足していない。何も引いていない。ヒノモト・ノボル流がまったく混ざっていない、生粋の天神一流なのだ。
その兵士たちを時として出張名目で、新領地内の各たぬき商会集荷場へと派遣する。護衛仕事に就いている同志たちに、さらなる天神一流を届けるためだ。
日に日に戦力、つまり兵士たちの剣術は、レベルを上げてゆく。もちろんボルザック軍……よりはっきり言ってしまうと、ワイマール軍に対してどうかとなると、まだまだ十分とは言えない。
兵の数と質。矛盾する二つを、同時に充実させていかなくてはならない。
そんなある日。
「殿、お話があります」
「おぉ、ヤハラどの。遂に忍びマユと、祝言をあげる気になったか?」
「いえ、まったく違います。実は……」
マユを孕ませた、とか言う話題ではなかった。
二月の末に抜けた決起軍たちに代わり、新任の隊長たちが赴任する。という話だ。
「いま現在、ヒノモト剣術はたぬき商会や町人のみならず、各隊兵士たちも学んでおります。それを見られるのは、まずいのではないかと」
「まだ新領地軍は、倒国の意志で統一していない。探られる腹は痛くないぞ」
「問題なのは倒国の意志の有る無し、ではございません。勝手な報告を中央に上げられぬよう、手を打たなくてはならない、ということです」




