その3
往路で求められるのは、速度である。とにかく一刻も早く、カリブーの町に着きたい。そう考えての馬車である。たぬき商会から借り受けた三台に分乗し、ノボルたちは先を急いだ。
昼飯は隊で用意してもらった弁当を、見張りを交代しながら摂る。馬車が停まるのは、これまたたぬき商会で借りた御者が飯を食うか、用を足すときだけ。
馬がバテないように、時折馬車を換えながらの行軍だ。
おかげでその日の夕刻までには、中間地点のムースに着く。明日の昼過ぎには、カリブーに到着できるはずだ。ノボルたちは宿をとった。
文から知ったゴンの住所を、たぬき商会の営業所で確認する。
しかし、従業員は不安そうな顔を浮かべた。
「ヒノモトさま。タイさまのお宅はすでに、中央の兵士たちが取り囲んでおります」
「数は?」
「一五〇ほど」
急がなければならない。翌朝は未明から出発する。もしかしたらゴンの嫁二人は、すでに連れ去られたかもしれない。その際の対策も考慮しながら、布団にもぐり込む。
未明、出発。ペースを上げる。おかげで、まだ朝と呼べる時間にゴン宅に着くことができた。
しかし、たぬき商会で仕入れた情報通り、兵隊が家を囲んでいた。
ノボルは正面から乗り込むことにした。
当然、兵士たちに「誰か」と呼び止められる。
「誰かとはなんだ。俺は雑兵第二中隊長、ヒノモト・ノボルだ。貴様らこそ、この家に何用か」
馬車から降りて、大上段の態度をとってやる。何も聞かされていないようで、兵士たちはたじろぐ。
「いつ到着したのだ?」
「昨日の昼に」
「お前たちの責任者は中だな? 失礼する」
名乗ってあるので、問題は無い。要件も伝えず、ずかずかと上がった。
「御免! ヒノモト・ノボルに御座る! ノラさんか姫姉さんは御在宅か!」
呼び掛けると、若い将校が出てきた。小隊長のようだ。何者かと、将校が聞いてくる。ここでも名乗って、今度はノボルの番だ。何をしているかと訊く。
「謀叛の疑いがあるので、尋問しています」
「女がか?」
「それは知りません」
どうやら小隊長も、中央での事件は知らないようだ。
「大体にしてあんたらは、一般の兵であろう。尋問の権限は無いはずだ」
「……………………」
「本当に尋問なのか?」
ノボルの問いに、小隊長は苦い顔を浮かべた。
「……上がらせてもらうぞ」
小隊長は、引き留めて来なかった。
居間をのぞく。ノラと姉姫がいた。酌をしている。嫌そうな顔こそ見せていないが、雰囲気は出ている。
主賓である軍人は、招かざる客だったようだ。
つまりは、そういうことだ……。
「雑兵第二中隊ヒノモト・ノボルだ。民家を占拠し、昼間から酒とは、軍人にあるべき振る舞いか」
怒気を含んで言った。中隊長らしき軍人は、酔眼をむけてきた。初老である。でっぷりと腹が出て、訓練不足が明らかである。
「……なに? 雑兵隊だ? 寄せ集めの大将ごとき、出る幕ではない! 帰れ帰れ!」
だが、威張ることだけは一人前だ。そして、雑兵隊のことも知らないようだ。さらに言うならば、ヒノモト・ノボルのことも知らない。
「近隣住民から何ごとかと、苦情が入っている。早々に兵をまとめて、下がっていただきたい」
「なにを言うか! この二人は、謀叛の容疑で取り調べ中だ! お前こそさがれ!」
「女二人、何の謀叛ですかな?」
「こいつらの亭主が、反乱を起こしたのだ!」
一般の将兵に、決起の話が伝わっているのか? 判断に苦しむ。
「誰からの指示命令ですかな?」
「答えられん!」
「では、指示書の番号照会を求めます」
平時における軍事行動では、正規の指示命令は、書面で通達する。この書類が根拠となって、兵隊を動かすことができるのだ。その書類の番号を教えろと、ノボルは言った。
当然将校は黙ったままだ。番号など、出てくるはずはない。「ゴンが不在と聞いて、決起にかこつけ、美人妻二人を手込めにしようとしただけ」だからだ。
「……勝手に兵を動かすなど、国王陛下の統帥権を乱す大罪ですぞ」
「えぇいっ、やかましいっ!」
投げつけたいのだろう、立ち上がってグラスを構えた。だが、ノボルの方が早い。割れやすいグラスを割ることなく、抜きつけで斬った。




