合格に御座候
巧者に翻弄される場面もあったが、一三人。しかし、なれてきたのか一四人目からは、ゴンが押す場面が増えてきた。
兵士たちの剣筋を読んだか? いや、それだけではない。ノボルの見るところでは、ゴンの動きは熟練兵士たちの動きに近づいている。
剛力をたのみにしていた剣技が、速さを信条とした技に変わっている。
世の中には、恐ろしいやつもいるものだ。ノボルは胆の冷える思いだった。
残り三人。ゴンは水を得た魚のように、先を取る。二合も撃ち合えば、必ず剣先が相手をとらえていた。
本日最初の、二〇人抜き達成である。
拍手を浴びて戻ってきたゴンに、「やりましたな」と賛辞をおくる。
「次はそちらさんの番だ。拝見させてもらうぞ」
好漢は目を細めた。どうやら期待されているようだ。
ゴンの組は四人が合格。ノボルたち五人が、入れ替わりで場に立った。
ノボルは無防具。もとより、稽古で防具など着けたことは無い。そのことを審判に問われたが、「お構い無く」とだけ答えた。
審査開始。相手と同じ中段にかまえ、剣先を交える。ノボルは正中を支配、木刀の先端は延長線上に、相手の眉間を狙った。
相手は正中を取り返そうと、剣を押し込んできた。その力に逆らわず、木刀をクルリと巻きつけるようにして、斬った。木剣は相手の手から離れ、土を固めた床に刺さった。
軽く水月に突きを入れて、一本。他の受験者はまだ撃ち合っているが、二人目が出てきた。
次の相手は、剣を背後に引いてかまえた。兵士たちの大技、横からのフルスイングだろう。ノボルは変わることなく、中段。
さあ来い。腹の内で気合いをかける。しかし、相手が出てこない。ジリ、とさがってすらいる。
これは大人げない。圧倒しすぎたと思い、切っ先と右足を引いた。柄頭で相手の眉間を狙う。こうすると相手は、木刀の刀身がノボルの拳に隠れて、見えなくなってしまうのだ。
しかし、相手はノボルの防御が甘くなったと見たのだろう。あるいは剣速に自信があったのか、撃ち込んでくる。……一度剣先を引いてから、というミスを冒して。
ノボルの方があとから撃ったが、剣速が違う。斬り上げるようにして、胴を撃った。もちろん、怪我のないようにだ。
三人四人五人、木剣をスリ落としたり一刀で撃ち込みを決めたりで、ほぼ撃ち合いもなく合格。
「一〇人に挑んでみるか?」
試験官の問いに、ノボルはハイと答えた。
しかし、まだ上の者は出てこない。切っ先を交えて正中の争いに勝った時点で、一足の突きや一足の撃ちで勝負を決める。
二〇人への挑戦。
試験官からの問いに、もちろん返事は「応」である。むしろ、ここからが面白いとノボルは思っていた。
相手は上段。ノボルも同じようにかまえる。
左の面をねらってくるようだ。剣は刃のむいている方向に斬るもの。その向きを見れば、どこを斬ってくるかわかるのだ。
……これは誘い。これも誘い。と相手の気配を読んで。
ここ! 相手の撃ちにあわせて木刀を降り下ろす。木がこすれあう感触と音。手の内を決めて、物打をはしらせる。
ノボルの太刀先は相手の正中線をなぞり、相手の剣先は進めば進むほど、ノボルの体から離れてゆく。太刀、剣、双方が止まったのは晴眼のかたち。なのだが、正中を攻めているノボルの切っ先が、水月を突いた。
刀は刃から峰にむかう途中、棟と呼ばれる部分で膨らんでいる。ノボルは刃から棟への斜面を利用して、相手の剣の軌道を逸らしたのだ。
その良い例が、次の相手。
突いてきた。が、手の内を決めて太刀先を少し上げる。相手の剣は刃と棟の間の斜面に導かれ、きれいに逸れてゆく。
この相手も、剣を斬り落としてやった。
次、面に撃ち込んできたのを受ける。その姿勢のまま、半足後退。相手は剣先を引っ張られたように、体を崩した。そのまま転倒。軽い撃ちを入れて、一本。
起き上がった相手は不思議そうに見上げたが、これも簡単な理屈だ。
斬り込んできた相手の剣を、足の裏。受けたノボルの太刀を、地面に例える。
力強く降りてくる足の裏を、地面が同じだけの力受け止めたら、踏ん張りが効く。
しかし足の裏を受け止めたのが、車輪のついた台車だったら? いや、台車に対して垂直に足をおろしたなら、問題はない。
では、台車に足を踏ん張った状態で、誰かに台車を動かされたら? ノボルは受け止めた。地面のように受け止めた。そして受け止めたまま、半足後退したのだ。
最後の相手に見せたのは、突き技だった。
相手のフルスイングにあわせて、水月へ。しかし、木刀を執った両拳は左前方肩の高さ。両腕を一杯に伸ばしている。刃の向きは左へ。
これで相手は突き技を食らい、左の小手を刃に止められた形になっている。出てこようとした瞬間を、一拍子でとらえられたので、これも体が崩れてしまっていた。
「ヒノモトノボル、二〇人抜き達成」
審判の声と歓声を耳にして、思い出した。審査の最中だったのだ。すっかり技に夢中になっていた。
「すげぇな、アイツ」
「息ひとつ乱してないぞ」
「しかも、ことごとく瞬殺だぜ」
言われてみれば。二〇回ほど技の確認をしただけのように、まるで疲労感が無い。実際その程度にしか身体を動かしてなかったのだが。
稽古場の隅に戻ると、ゴンが口を開けていた。まばたきもしていない。
剣士たる者が、なんという顔をしているやら。
あきれていると、ようやくゴンは口を効いた。
「すごいのぉ、ノボルさん。なんというのだ、アンタの技は」
「技かい? 技は……」
なんと説明しようか。流派の名前を言えばいいのだが、それはいわゆる「ヒノモト州の言語」なので、伝わるかどうかわからない。
「奥南部伝天神一流兵法という」
「オクナ……ん?」
「俺たち特有の言語さ、意味がわからないだろ?」
「俺にはチト難しいわい」
熊ヒゲを撫でて笑う。やはりこの男は、好漢だと思った。
ノボルの組は、五人とも合格。面白いことに、槍をしごいていたあの二人も、剣士の試験を受けていたらしい。
これで合格者は最初の組の二人、次が無し、ゴンにばかり注目が集まった組が三人。
受験者の半分、一〇人が合格となった。
「それでは続いて、槍の試験をおこなう」
試験官の声がした。槍の試験といっても、例の二人はすでに合格している。
誰を試験するものやらと思っていたら、ゴンをふくめた五人が、審査場に立っていた。
「お前も合格だったな、ヒノモトノボル」
審判がきて、槍を手渡された。四尺あまり、先端にクッションをつけた槍だった。
……なぜ、槍?
たずねるべき審判は、すでに彼方へ。
もしかしたら抜刀隊志願者は、他の武術も試されるのかもしれない。それにしても、何故?
わけのわからないまま、試験は始まる。
とりあえず全員合格。ゴンはまたもや二〇人抜きを達成。
「さあ、また頼むぞノボさん!」
黒髪さんからノボルさん。ゴンの呼び方は、ついにノボさんになっていた。だが、大切なのはそこではない。
ノボルの槍審査が始まった。
剣術の要領で二〇人抜き。天神一流の稽古では、剣術だけでなく槍も柔もあった。
合格者は、一〇人とも全員残っている。
一体どういうことだ? ゴンに訊こうとしたが、場内に的が据えられた。弓矢が渡される。
こうなってくると、変な笑いがこみ上げてくる。弓もかつて、師匠から手解きを受けていたので……。
弓術試験、全員合格。
最後は短剣を使った取っ組み合い。白兵戦の審査だ。
「もう、なんでも来いだ」
ここで二人脱落。ノボルはゴンと揃って、二〇人抜き達成。
そして試験も、全科目終了となった。
なにが何やら。世の中どうなってるのか。
訳がわからないでいると、合格者の発表があった。六人の名が上げられ、ゴンが呼ばれ、ノボルが呼ばれる。
「以上八名、ワイマール王国志願、雑兵隊の合格者とする!」
……………………。
……いま、なんと?
「よかったな、ノボさん。合格だぞ!」
「いやゴンさん、いま試験官は……なんと言った?」
「だから、合格だと」
「いや、その前だ」
「雑兵隊か?」
……………………。
なんだと?