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討から倒に御座候


 日が落ちて、リコが夕食を運んできた。ヤハラの分もだ。アンジェリカはすでに、お腹が目立つようになっていて、家事の第一線からは退いている。

 リコが不安そうな顔をしていたので、ノボルは「済まん」と謝る。

「どうされたんですか、済まんだなんて。普段なら、ありがとうとか仰るのに」

 リコは微笑んだ。だが、無理が見てとれる。

「いや、いらぬ気遣いをさせたからというか。不安を感じさせてしまったというか……」

 言い訳をしかけたが、リコの表情は硬くなっていた。が、ノボルの視線に気づくと、すぐに作り笑いを見せる。

「そんなことはございません。リコはいつも通りのリコですよ?」

「中央で、内乱が始まった」

「え?」

 膳に食器を並べるリコの手がとまった。

「決起軍の中には、ゴンさんもいる」

「……………………」

「心配するな、俺は討伐軍に入ってはいないよ」

 リコは、ホッと胸を撫で下ろす。

「ゴンさまが出たということは、正しい決起なのですね?」

 言ったあとで、リコはハッとしたように、頭を下げた。

「申し訳ございません、ノボルさま! 女の身で、出すぎたことを!」

 ゴンの決起が正しいのなら、立たぬノボル悪いみたいだ。そこに気がついて、リコは頭を下げたのだ。

「ノボルさまにはノボルさまの、お立場やお考えがありましょうに。浅はかでした」

「よいよい、気にするな」

 いつも二人の妻にむけるような笑顔を、心がけてむけてやる。

「だが、リコ」

「はい」

「……腹は決めておけ」

 ゴクリと生唾を飲み込み、リコは「はい」と答えた。

「ですが、ノボルさま。リコからひとつ、お願いが……」

「なんだ? 言ってみなさい」

「……その、アンジェリカだけは、残してあげていただけませんか?」

「?」

「アンジェリカはこれから子を産む身です。ノボルさまのお供なら、このリコがしっかりと黄泉路を照らしますので……」

 うちの嫁は……。

 いつの間にかすっかり、ヒノモトの嫁になっていた。ノボルも知らない間に。それも、一般人の妻ではなく、「ツワモノ」と呼ばれる戦さ人の妻にだ。

「その腹ではない、リコ。俺もまだ、簡単に腹は切りたくないからな」

「は? ……やだ、アタシったら、恥ずかしい」

 つい地の言葉に戻った。

「だがリコ、戦さ人の妻としてなんのためらいも無い、お前の言葉。俺は頼もしく思ったぞ」

「えへへ……ノボルさま……」

「死ぬれども、なお恋女房、惚れ候」

 抑揚のない声で詠んだのは、ヤハラだった。夕食の膳を前に、じっとりとした目を向けてくる。まるで、「イチャつくなら家に帰ってからやりやがれ」と非難しているようだ。

 食器はあとで下げに来ると言って、逃げ出すようにリコは帰った。ノボルもヤハラも、笑って後ろ姿を見送る。

 が。

「……言えませんでしたな、殿」

「………………………」

「ゴンどのが、賊として討たれるやも知れぬということ」

「……笑ってくれ。いま黙っていたところで、いずれ知ることになるのに」

 リコは覚悟を見せてくれた。しかしノボルは、いまだにゴンが処されるかもしれぬという現実を、受け入れる覚悟ができていない。

「なんと俺は、恥ずかしい男であることか」

「恥をしのぶは恥でなし」

 ヤハラは味噌汁をすすった。

「恥を恥と感じぬところが、最も恥ずべきところなり。モジとかいう、哲学者の言葉です。しかし、誰よりも恥を教育されて育ったのは……」

 ノボル宅、元物置小屋を眺めやる。

「アンジェリカさまかもしれませんね」

「しばらくの間は、アンジェリカに知られたくないな、決起の話は」

「察しの良い方ですから、殿が立たぬ理由が自分にあると知ったら……そのときは殿、お願いします」

「やっぱり俺かい? って、俺だよなぁ……」

「若くて可憐な娘を、二人も嫁にしたんですから、仕方ありませんぞ」

 ヤハラはさらに汁をすすった。ノボルも飯にする。

 ……………………。

 完全に日は落ちた。それどころか。星がまたたいている。すっかり、夜となった時刻。

 中央に放った諜報部隊から、新しい情報が入った。

 三人の王子たちは、入城を果たしたそうだ。

 現在は城を囲む決起軍と、登城しようとする職員の間で、小競り合いが起こっているという。

 事態の収集には、中将派の残党があたっているが、決起軍はこれに応じようとしていないらしい。

 御苦労であった、と諜報員を帰す。夜も寝ないで山道を越える身を、ノボルは案じた。

「……………………」

「どうされた、ヤハラどの」

「いえ、もしもすでに交渉役の王子たちが、亡き者にされていたらと考えると……」

「可能性は、ありますか?」

 ノボルの問いに、ヤハラはうなずいた。

 年貢の値上げは納税局さえ押さえておけば、ボルザックの独断でできないことはない。独断が露見したところで、一部凶作の地域があったから、国の予算を補填するためという、言い訳もできる。

 しかし、ドラゴ中将の更迭はいかにボルザックと言えど、独断ではなし得ない。

「……ということは?」

「忠臣ドラゴ中将を更迭するには、陛下を取り込む必要があります。そうなると、すでにボルザックは、陛下を手中におさめているものかと……」

「馬鹿な! 人死にを嫌い植民地の奴隷政策を望まなかった、賢明なる大君だぞ!」

「殿、はばかりながら殿はこのヤハラ無くして、どれだけの働きができましょう」

「……………………」

「妻子あれど決起となれば、ヒノモト・ノボルは剣をつかみ、誰よりも先駆けたことでしょう」

「……………………」

「それを止めたのは、誰か? このヤハラと自負しております。それほどまでに側近、参謀、軍師というものは、一軍の性格に影響するもの。……すでに陛下は」

「言うな、ヤハラ」

「すでに陛下は、殿の知る賢君に非ず! ボルザックの傀儡へと身を落とした、暗君とお考えください!」

 今日沈む太陽が、明日のぼる太陽と同じものではない。世は変転しスメラギも賊として討たれる。

 そんな詩が、ノボルの故郷にあった。

 もとより、ノボルたちヒノモト衆に主君は無い。ただ崇め奉る信仰が、胸にあるだけだ。

 ヒノモトから東、さらに山奥。そこに信仰の対象となる、神々のあそぶ庭があると教えられてきた。その聖地を護るために民は剣を鍛え刃を磨く。そうして何代にも渡って暮らしてきた。

 だから、これまでの「ワイマール剣士ヒノモトノボル」が、国王を討つ者として変貌することに、戸惑いは無い。

 このままではボルザック、間違いなくヒノモトに魔の手を伸ばし、さらに欲望を満たさんとするだろう。

 あぁ、そうか。

 俺は陛下に仕えていたのではなく、中将に仕えていたのだな。

 二度にわたる戦さのあり方。殺さず捕らえ、殺さず活かすという方針。陛下がそれを命じるように、中将や側近が教育していたのだ。

 植民地として奴隷扱いされるはずだった、旧ドルボンドの民。それを隷属させることなく、つましいながらも人の暮らしをさせる方針。そして若い世代にこの土地を任せたこと。

 ドラゴ中将が亡くなった途端、すべて崩壊してしまった。

 そうなると、賊を討つだけでは済まされぬ。

「ヤハラどの」

「……は!」

「俺はこれから先、賊を討ち、国を倒す」

「……殿」

 もはや国は頼りにならぬ。いや、このままボルザックの意のままとなるのなら、それはもうノボルが働いてきたワイマール王国ではない。

「ヤハラどの、ともにやってくれるな?」

「もちろんです。というか、殿を今日まで引き留めていたのは、ひとえにボルザックを討つため!」

「だけではない。国も倒すのだぞ」

「もはや、避けられますまい。この度の決起が頓挫し、ボルザックがさらに幅を効かせるようになるでしょう。そしてそれは、誰かが止めない限り続くのです」

 誰が悪政を止めるのか? 本音を言えば、自分でなくてもよかろう、と思う。何故ヒノモト・ノボルでなくてはならないのか、と問われたら返答に窮する。

 だが、ノボルはボルザックの企みを知ってしまった。知ってしまった以上、知ってしまった者の義務が生じる。知る権利の対語である。この義務を果たさなくては、知る権利など単なるのぞき趣味に落ちてしまう。

 知ってしまった以上、知ってしまった者としての行動や振る舞いが、求められる。

 国を倒すなどという野望は、ノボルの中にはなかった。

 しかし、ボルザックのいらぬ働きが、ノボルをその気にさせてしまった。

 責任転嫁をしたいのではない。そのボルザックとて、元は陛下にすり寄って甘い汁を吸いたいだけの、ケチな欲しかなかったはずだ。

 それが何かに追われるように、怯えるように、大きな野望を目指してしまったのだろう。実際、正しいことを行おうとしていただけのノボルも、いつの間にか国を倒すなどということまで言い出している。

 これが乱世か。

 何者でもないただの人を火中に引きずり込み、その血を求める時代。この国は、そんな時期に入ってしまったのかも知れない。


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