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雪の暗闘に御座候


 コズミク城に集まった将兵、二五〇〇。そのうち中隊長以上、つまり軍行動に責任ある者は四二人。これは新領地を抑える隊長格の、半分を越えていた。

 その隊長たちは、自分が担当する部隊に対し、檄を飛ばしていた。

「国王陛下はいま、目をふさがれている! 耳を覆われている! 間違えた考えを持つものに、手を引かれている! その者は、民の暮らしも政の良し悪しも省みず、己の私腹を肥やすことにばかり腐心している!」

「我々はこの度、王室に立ち込める黒雲を実力で討ち払い、陛下の尊きを顕かたにするため立ち上がる!」

「猛将にして忠臣の鑑、ドラゴ中将を貶め、卑劣極まる策略により殺害したのは誰か! 参謀本部ボルザックと、その一味である!」

「我々はこれより維新を断行し、悪辣なボルザック一派に天誅をくだす!」

「襲撃目標は、スガリ侍従長っ!」

「合言葉はっ、尊皇っ討賊っ!」

 第二王子が号令をかける。

「出発っ!」


 白はちまきに白襷。冬であるので外套を身につけ、決起軍はコズミクを出た。

 大行軍である。未明のうちは良いが、日がのぼるとその移動は、いやが上にも目立つ。

 しかし王子たちは、こそこそと隠れるように、進軍することを嫌った。

 我々にやましいところは、ひとつも無い。清廉潔白の身である。その思いが、行軍を目立たせた。

 もちろん、兵法や軍略、あるいは戦略において王子たちの行動は、下の下である。点数のつけようも無い。しかし、予想外の効果があった。

 あまりに堂々としているので、ボルザック派の領地を通過する際、訊問されなかったのである。もっとも、この軍の長は王子たちだ。地方の木っ端領主ごときが、訊問して良い相手ではない。

 ついでに言うならば、王子たちの演出も効果的であった。市街地を通過する際には、行進展示のように、兵に足並みを揃えさせたのだ。正しく前を見据え、背筋を伸ばし、振る腕の角度も均一。町娘の中には、うっとりと行進を見詰める者も出たほど、美しい姿であった。

 ドクセンブルグ手前の町、チェスターには決行前日の、昼前に到着できた。これまでボルザック派の妨害は、一度もなかった。

 宿をとり、食事と風呂。そして十分な休憩が与えられた。どの兵も、とくに疲れはなかった。普段から鍛えている。

 ボルザックからの接触も、まったく無かった。それを不審に思う者はいない。斥候を放って、ドクセンブルグの様子を探っていたからだ。

 ゴンはここで、二通の文を書いた。

 一通は、二人の妻に。万が一のことがあれば籍を抜き、ブラフのノボさんに任せるように、と。

 もう一通はノボルに。俺の身に何かあったら、二人の妻をもらってやってくれ、と。

 根が楽天的なところがあるが、その分カンが働く。どうにもキナ臭い。もしかしたら……。大体にして、二度の勝ち戦では常に、ヒノモト・ノボルが側にいた。魔性の剣技が道を拓き、危機を救ってくれた。が、今回はそうではなかった。

 ヒノモト・ノボルにも、守るべき者ができたのだ。それも二人、しかも片方は子を身ごもり、身分が貴い。無理に誘うことはできない。というか、同志たちの声を潰してメンバーから外したのは、他ならぬゴンである。

 だから嫌な予感がしたところで、苦笑いするしか無い。

 決起軍はその町で夜を過ごした。しかし、宿泊などというヤワなものではない。夜間には交代で歩哨を立て、襲撃に備えている。

 そして隊長格は打ち合わせのため、集合。それぞれの襲撃目標を確認し、目標達成後の行動を頭に叩き込む。

 ゴンの襲撃目標は、はスガリ侍従長官邸。

 スガリ侍従長は元剣士団長であり、陛下の信頼も厚い人物。猛牛とも呼ばれた将軍で豪胆。しかし政にも明るく知性あふれる、現代の英雄とも言われたのだが……。

 ボルザック派に与した理由が、ゴンにはわからない。ただ確実に言えるのは、今の侍従長は敵であるということだ。

 ゴンは若い。そして決起軍のすべてが、あますところなく、若い。

 だから襲撃の理由など、それだけで十分なのだ。

 未明。雪の降りしきる中、維新断行の行軍が始まる。城を中心とした城下町。その各所に、ボルザック派たちの私邸官邸があった。

 各隊、散開。それぞれの襲撃目標に向かう。ゴンは閑静な住宅街へ向かった。

 間もなく、スガリ侍従長官邸。

 そこでゴンは兵を止め、斥候を放つ。

「表門に二名、裏門に一名の歩哨。屋内に明かり無く、就寝している模様」

「よし、それじゃあ手筈通り」

 表門と裏門、二手に分かれて配置する。まずはゴンが、歩哨の元へ。侍従長に面会を求めた。当然、「いま何時だと思っている! 帰れ帰れ!」と、あしらわれた。

 そのときゴンの右手が、サッとあがる。

 待機していた兵士たちが、無言で雪の中を駆けてくる。

「ぬっ!」

 歩哨は剣に手をかけたが、ゴンから目を離してしまった。それを見逃すはずはない。ゴンは抜いて、二度斬った。

 歩哨の亡骸を踏みつけ、ゴンを追い越すようにして、兵士たちがなだれ込む。裏門でも突入が始まったようだ。騒ぎが聞こえてくる。見張りの若年兵を門前に残し、ゴンは悠々と邸内に踏み込んだ。

「女子供には手を出すなっ! 目標はスガリ侍従長ただ一人っ!」

 声をかけて回る。兵士たちはあちこちの部屋で、棚やテーブル、机をひっくり返していた。

 使用人であろう、娘たちが剣を突きつけられ、震えている。ゴンはそばに近より、優しく問いかけた。

「用があるのは、侍従長閣下じゃ。どちらにおられる?」

 震えながら差そうとする指を、仲間が押さえつけた。

「知りませんっ! 私たちはただの使用人ですっ! 知りませんっ!」

 これにはゴンも大笑。

「なんじゃい、スガリ侍従長は、若い娘にモテモテじゃのう! 命懸けで守られちょるわい!」

 どこの屋敷に、主の居どころを知らぬ使用人がいよう。

 しかしこれは、使用人たちが命懸けで、「侍従長を逃がす可能性」がある、とも言える。

「急げ! 床を掘り返し、壁を削ってでも見つけるんじゃ!」

 しかし、その焦りは無駄だった。侍従長発見の報告は、すぐに届けられた。

 兵に案内され、寝室へ。すでに侍従長は正装に着替え、ゴンを待っていた。

「まだ払暁ですので、お静かに」

 どこまで肝が座っているのか、自分が今まさに殺されようとしている、というのに。

「スガリ侍従長閣下ですか?」

「いかにも。……君は?」

「雑兵第一中隊長、タイ・ゴンです。維新断行のため、お命を頂戴に参りました」

「それが維新の礎となるのなら……」

 侍従長は瞑目。

「天誅ーーっ!」

 兵が斬った。閣下は崩れ落ちる。

 とどめを。

 ゴンは剣を抜き、閣下の首筋をねらい、構えた。

「お待ちください!」

 老いた夫人が、閣下の上にかぶさり、必死にかばう。

「もう高齢なのですから、すぐに息絶えます! どうぞとどめは……とどめだけはっ!」

 老いて小さくなった背中が、涙に震えている。

 これが、維新の断行か?

 戸惑いが生じたが、振り払う。ドラゴ中将も、その夫人や遺族も、同じ目に逢ったのだ。そう言い聞かせる。

 しかし、今宵ばかりは。

 生まれてはじめて、「人を斬った」という気分になった。それは決して、高揚する感覚ではなかった。

「総員、抜剣!」

 閣下に対し、礼をとった。

 引き上げる。兵をまとめて、表門の前に整列させた。

「スガリ侍従長閣下の襲撃に、成功した。俺たちはこれより、王城を守護するために移動する」

 第一小隊から順に出発。ゴンは最後尾についた。雪は止み、空はゆっくりと白んでくる。

 この国のあさぼらけ。

 ノボさんなら、そう言うかいの?

 城に入る前に、一度集合する。第二王子たちが待っていてくれた。そこでゴンは、スガリ侍従長の「襲撃成功」を報告した。殺害や暗殺ではない。襲撃である。人物を斬ったという後ろめたさなのか。自然とそのような言葉を選んでしまった。

 しかし王子たちは、言葉の違いなど気にせず、よくやったとねぎらってくれた。

 同志が続々と終結する。しかし、ボルザック襲撃を担当した隊が、まだ帰って来なかった。

 失敗したか?

 気を揉んでいると、伝令が駆けてきた。

 やはり、ボルザックは官邸にはいなかった。昨夜は城に泊まったそうだ。中隊は現在、この集合場所へ行進中だという。

 イレギュラーではあったが、許容範囲である。他の部署は、すべて目標を達成しているのだから。

 決起軍が揃い、いよいよ王城へ乗り込む。

 先頭は、騎上の第二王子。血の味を覚えた決起軍は、雪の上を進む。曙を反射する地面がまぶしい。

 雪と血と朝の光。

 次はいよいよ、最後の流血。ボルザックの血を吸う番である。


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