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酒に御座候


 何者かの手によって討たれた。

 簡単に決めつけて良いものではない。しかし、路上で死んでいたというのだ。それも、斬られて。

 その報告を受けて、さすがにノボルも穏やかではいられなかった。おのれボルザックと、刀を手に立ち上がりかけた。

 しかしそれをヤハラが止める。

「殿、証拠がございません」

「しかしヤハラどの、ボルザック以外には考えられんだろう!」

「ですが殿、この一件……罠にございます」

「わな?」

「左様」

 この副官殺害事件。下手人はあがらぬものと、ヤハラは見ている。もし仮にあがったとしても、街のチンピラが引っ立てられるだけ。ボルザックにつながるものは、何も出てこないという。

「ボルザックという男には、それが可能です」

「おのれ……自分の意にそぐわぬ者を、簡単に殺めるとは……許せん」

 ヤハラはため息をついた。そして半ばあきれた顔をする。

「殿、ボルザックめがこのような暴挙に出た理由。それは何故だとお考えですか?」

「ん? そりゃあ、金が無いから財務省副官に、無心したのを断られたからではないか?」

「違います。だから罠だと言ったのです」

 ヤハラの言い分は、こうだ。

 人材を確保したいボルザック。しかし金はない。ならば金を使わなければ良い。金を使わずに、同じだけの結果を得ればよいのだ。

「……それでチンピラを使って、凶行におよんだと?」

「まだ話は終わってません」

 もちろん財務省副官の死は、ドラゴ派にとって痛い。しかしボルザックのねらいは、そこではない。

 この一件によって、ドラゴ中将を慕う一派を暴発させたいのだ。そうすれば官憲を使うことができ、ボルザックの懐は痛まない。しかも合法的である。一石二鳥とは、このことだ。

「そんなに簡単にいくかね?」

「殿はいま正に、刀をひっ掴んで飛び出しそうになりましたよね?」

「……………………」

「逆に言えば、親ドラゴ派の弱点はここにあります。正義をかざして感情のまま、暴発しやすい生真面目さでできている。ボルザックからすれば、ここを打ってくださいと、札をぶら下げているように見えるでしょうね」

 と、ここまで言ってヤハラは、次にノボルの溜飲が下がるようなことを語った。

 こんな野蛮で稚拙な手に出なければならないほど、ボルザックは金銭に窮しているのだ、と。

「そういうことでしたら、俺も納得です」

「御理解いただけましたか」

 そうなるとこちらが打つべき、次の手が気になる。

「どのようにするべきですかな、軍師どの」

「まずは自重。動かざること、山の如しです。可能ならば西側領主に対し、殿から状況説明の文を出していただければ。中央周辺、あるいは本土諸公は、中将がおさえてくださるでしょうから」

「あいわかった」

 ということで、ノボルは早速筆をとる。領主就任直後は、我ながら下手な文だと思ったものだが、最近ではなかなかどうして。自分でもほれぼれするような文をしたためることができる。

 まあそれでも、ヤハラの添削は厳しいのだが。

 旧ドルボンド領地諸公へ、自粛自重をうながす文を出し、やっと一安心。

 だがそれから数日で凶報は届いた。

 ノボルとヤハラの努力も虚しく、暴発してしまったのである。中央の中将派が。

 話によると、これは中将の意志ではなく、一般兵による暴挙だったらしい。簡単にいうならば、ボルザック派の官僚……これまた一般官僚レベルの者を、闇討ちしたというのだ。

 文字通り、浅慮。文字通り愚行である。

 ボルザックは下手人をひっ立て、中将派の正義を演説させるだろう。その演説の内容は激情にまかせた内容で、中将を窮地に追い込むものだとノボルにもわかる。

「国が、真っ二つに割れてしまう」

 ヤハラはうめいた。中将派があぶり出されるのは、時間の問題だとも言う。

 下手をすればボルザックも、やらなくてよかった王国制覇の野望を、行動に移さなければならなくなるかもしれない。いまのままで済んだのなら、裏でコソコソ程度で終わっていたのに。

 テロがテロを呼び、やがて内乱へと発展する。ヤハラはそうつぶやいた。

 ……………………。

 秋は深まり、冬が訪れた。ようやくノボルのもとに、ヒノモトから三人の剣士が到着する。

 だが問題は、そこではない。この時期に至るまで、ボルザック派が二人、中将派が三人、凶刃に倒れたのだ。倒れたのは五人。別な言い方をすれば、倒れなかった者もいる。事件というならば、件数は異常とも言える事態だった。

 ノボルたちにとって喜ばしいのは、このテロの横行に対して中将が、いち早く動いたことだった。ドクセンブルグ市中守護職、治安維持部隊を臨時に設置したのである。

「さすが中将、仕事が早い」

「おかげさまで、我々が放った諜報部隊も、気安く動けなくなりましたけどね」

 ヤハラはため息をつくが、本音はそうではない。中将が要職に就いたことが嬉しいのだ。表情を見ればわかる。

 これでボルザックが動きを封じられれば、ノボルたちの憂いも消え去るというもの。実際、中将指揮の治安維持部隊は、存在するだけで効果を上げた。あれだけ好き勝手に暴れていた連中が、ピタリと活動を停止したのである。

 年も押し迫っていた。どうやら憂いを持ち越さず、新しい年を迎えられそうだ。

 そんなある日、ゴンから文が届いた。

 年末二人の妻とともに、ブラフへ遊びに来るという内容だ。ノボルは身重のアンジェリカを連れて、あちこち出歩けない。願ったりかなったりな申し出であった。リコもノラに逢いたいだろうし、アンジェリカも姉姫に逢いたかろう。

 ここしばらくの争乱で、心がささくれたノボルにとって、久しぶりの吉報と言える。

 そして、年末。

 雑兵隊の休暇は、三部構成。ノボルは年末年始を休む、中の休暇であった。

 ゴンたちは、馬車で来た。三人とも着飾らない、普段着の来訪である。

 まずは姉姫が、アンジェリカに祝いの言葉を述べた。結婚と妊娠、両方まとめてである。

 アンジェリカはくすぐったそうに、「もう庶民なのだから」と言いながら、それでも王室流に返礼した。

 たぬき商会による娯楽施設は、落成したばかり。ノボルもゴンも、女たちは遊びに行かせた。

 そして、男同士差し向かい。ウイスキー一本を生でやりはじめる。場所は執務室。不謹慎なようだが、ここが一番いいとノボルは思った。

「ノボさん、ヤハラどんはどうしちょる?」

「二階が私室になっている。気を使って、こもってくれてるのかな?」

「知らない仲じゃないのに。一丁呼んで、一緒に飲まんかいのう?」

「よし、ヤハラどの! 仕事を片付けて、一緒に飲もう! ゴンさんが顔を見たいと言ってるぞ!」

 返事があった。

 ギシギシと階段を鳴らして降りてくる。

「ようやく呼んでくださいましたか。待ちくたびれましたよ」

 封を切っていないボトル片手。この男、飲む気満々だとノボルは感じた。

「いや、久しぶりじゃの、ヤハラどん」

「ご無沙汰してます」

 挨拶もそこそこ、まずはグラスになみなみと。

 いける口ではないのだが、ヤハラも飲んだ。たちまち、あの頃に戻る。

 そうだ、まだ結果を出していない、今とくらべればどこか無責任で、若々しかったあの頃に。

 飲むと歌が出た。ノボルも歌う。意外なことに、ヤハラも歌う。男と女の情けの歌だった。

 四角四面なようでいて、ヤハラも人情家なのだ。普段は職務から、仮面をかぶっているに過ぎない。

 酔いが回ってくると、やはり仕事の話が出た。時事に関することだ。ボルザックの暴挙に三人で文句をたれ、中将を持ち上げる。ノボルたちとしては、正しい酔っぱらい方であった。

 しかし、気になる単語を耳にした。

 檄文という単語である。

「なんですかゴンさん、その檄文というのは?」

「ん? 新領地の王子たちが飛ばしたもんじゃが、ノボさんのとこには届いちょらんかい?」

 ヤハラを見る。届いておりませんと、ヤハラは言う。この場で嘘は無い。ノボルはそう確信している。

 内容は、ボルザックがこれ以上暴挙に及ぶなら、我々西側諸公が立ち上がり、逆賊を討ち果たそうというものらしい。

「まったく、コズミク城攻略戦の功労者のノボさんをガイにするとは、王子たちも何を考えとるんじゃい」

「王子たちの配慮かもしれません」

 憤慨するゴンをなだめたのは、ヤハラである。

「ゴン中隊長もドルボンドの姫をめとってますが、アンジェリカさまは身重。あまり刺激をしたくなかったのでしょう」

「ん〜〜……まあ、生まれてくる子は、両国の架け橋とまで呼ばれとるから、仕方ないのかのう」

「なんだ、俺の身もずいぶん重くなったもんだな」

「殿の身ではなく、アンジェリカさまとお子さまの身なのですが」

「聞いたかゴンさん、うちの軍師はこのように、俺に厳しいんだよ」

 ゴンは声をあげて笑う。

「まるで三人目の嫁じゃのう」

「ゴン中隊長、はばかりながらこのヤハラ、嫁ではなく小姑を目指しております」

 余計に悪い。

「そうでなければうちの殿、何をやらかすかわかったものではありませんから」

「仕方ないであろう、ヤハラどの。なにぶんこのヒノモトノボル、脳みそまで筋肉でできておるゆえ」

「自慢になりません」

「脳みそ筋肉自慢なら、俺も負けとらんぞい、ヤハラどん!」

「嗚呼、私の青春は、苦労の連続だったんですね、わかります」

 とか言いながら、こんな俺たちのことが好きだったくせに。

 それを知ってはいたが、ノボルは口に出さない。

 油断しきったヤハラの表情を見れば、語るまでもなかったからだ。


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