試験開始に御座候
宿を出ると、通りはすでに人が行き交っていた。金銀の髪色が多いが、それ以外もなかなかの数である。
ただ、ノボルのような黒い髪は少ない。
リコは赤髪で、オヤジの料理は南方の肉料理、とか言っていた気がする。髪の色で出身地がわかったりするのだろうか?
だとしたら、黒髪は田舎者で戦さに出ても弱い、などと言われないようにしなければ。
いらぬ重圧が肩にのしかかる。
通りをはさんで、昨日の稽古場がある。兵士が出てきて、ちょうど受付の準備をしているところだった。
風呂敷を結わえた、袋詰めの木刀をかつぎ、通りを横切った。
「御免、志願兵の試験は、こちらでよろしいかな?」
「えぇ、こちらの書類に、名前と出身地。それから得意な武術の種類を記入してください」
兵士のようだったが、なかなか丁寧な受け答えだった。もしかしたら、かなりの使い手なのでは、と思う。自信のある者は、決して横柄な態度はとらないものだからだ。
記入を終えると、試験開始は九刻からと言われる。昨日聞いた、そのままである。
それまでは稽古場で、身体を暖めてもかまわない、とのことだった。
稽古場は、扉も窓も開け放たれていた。足を踏み入れる。床は土を固めただけ。足指でその感触を確かめる。広さは縦横十八メートルか。広さに関しても、実際に歩いて確認した。
稽古場は少し暗い。窓や入り口からの日差しが、意外な障害になるかもしれない。
などと考えを巡らせていたら、受験者たちが次々入ってきた。ノボルは稽古場の隅に移り、荷を降ろした。
風呂敷を解いて、鉢巻きとたすきを出す。まだ身につけるのは早い。そして木刀を出して革鍔をはめた。
腰の実刀はどうするか? 受付の兵に問うと、みな壁に得物を立て掛けるものだ、と教えてくれた。
師を仰いで以来、愛用の木刀。他者の邪魔にならぬよう、蹲踞でふた振りみ振り。今日も誤りないことを確かめて、受験者たちの様子を拝見することにした。
ノボルがそうであるように、志願者は農民町人が多いようだ。雰囲気でわかる。しかし、それぞれ町道場で稽古を積んできたのだろう。筋肉が隆々と盛り上がっている。
そして一様に、革を重ねて作った防具を着けていた。……あれが無いと試験を受けられないのか? 不吉な考えが頭をよぎったが、防具をつけていない者もいて安心する。
だが、槍をしごき出した者には閉口した。二メートルはある木槍だ。周りに迷惑だろうに。というか、今日は槍兵の試験も一緒に行うのか? 疑問が次々と浮かぶ。
こんな時ばかりは、世になれていない田舎者は、つらいものである。
集まった受験者は、二〇名ほど。両刃の木剣を振るっている者が多い。その中で木槍が二名。黒髪は、ノボルだけ。
中には他人を威圧したいのか、稽古場の造りをけなす者もいた。取り巻きらしい者を、四人連れていた。だがこの者たち、どれだけ使えるのか? それはもう、見るまでもない。立ち振舞いでわかる。腰もヘソも座っていない、軟弱な歩き方。笑ってしまうような軸。いずれを見ても、話にならんというやつだ。
試験官なのだろう。現役と思われる兵士たちも入ってきた。指揮官らしい、少し上等な服の男たちもだ。
教会から鐘が聞こえてくる。
「刻限となった。これより志願兵の採用試験をとりおこなう」
指揮官らしい者が告げた。
いよいよだ。ノボルは口元を引き締める。
それから検定方法が知らされた。受験者は五人ずつ審査をする。現役の兵士を相手に、最低五人抜きしなければならない。
時間は三分間。一本先取で勝負を決し、時間一杯の場合は試験官の判定を仰ぐものとする。
そして。
五人抜きに成功した者は、さらに一〇人抜き、二〇人への挑戦が許されるが、強制ではない。とはいえ挑戦者と達成者は、配属の際に格別の配慮がある。
試験官は宣言。
「まずは剣術から見る」
……まずは剣術? 他に試験種目があるのかと、ノボルは疑った。が、槍をしごいていた者を思い出す。
剣士の試験のあとで、槍兵の試験があるのだろう。と納得した。
防具をつけた五人の受験者が前へ。現役兵士も五人。どちらも両刃の木剣を得物としている。始めの号令で、撃ち合いが開始された。
しかし、端で見ているノボルにとっては、やはり昨日と同じ印象だ。力技に終始というか、勢いだけというか。あまり精妙な技術というものは見当たらない。
五人の受験者は、すべて勝ち残った。一応寸止めの決まりだが、軽くならば当てても良いことになっている。
現役兵士二人目、まだ全員が勝利している。
三人目。受験者は肩で息をしている。当然だ。木剣とはいえ全力で振り回し、撃ち合いつばぜり合いをしているのだから。
四人目になると、受験者は二人脱落した。
そして、五人目が終了。受験者最初の組で勝ち残ったのは、二人だけだった。
連続で次々新手に変わる撃ち合いは、想像以上に消耗するものだ。しかしそれ以上にノボルが見たのは、現役兵士たちの体力だった。
一本とられて退く者も、時間一杯まで競い判定負けした者も、まったく息を切らしていない。いかに受験者が消耗していたとしても、鍛え上げられた肉体であることは間違いない。
二組目、五人の試験が始まる。あの威圧的な男と、取り巻きたちの番だ。
一人目。時間一杯まで兵士に粘られ、判定勝ちを得た。
だがノボルの目には、兵士たちの優勢に映ったのだが。
判定勝ちとはいえ、五人はすでに息を切らしている。膝も笑っていた。
二人目、衣服も髪も、汗で乱れている。それでも判定で勝ちをひろう。
ここでノボルも気がついた。
「よ、黒髪さんよ」
熊ヒゲの巨漢が話しかけてきた。この男もまた、受験者だ。
「なんだかおかしくねぇか、この試験?」
「あぁ……明らかな黒星だが、勝ちをひろわされているな」
ノボルは答えた。
「そう思うだろ、黒髪の。……なんでそんなマネするんだか?」
おそらくこの五人組、街の嫌われ者なのだろう。それも、軍隊の耳に届くほどに。
そんな連中が入隊審査を受けに来たのだとしたら? いたぶりにいたぶってから、御帰宅いただくのが筋だろう。
もちろん不合格の通知を抱き締めて。
そう説明すると熊ヒゲは、「あいつら態度が悪いからな」と笑った。
三人目、四人目。当然判定で勝ちにされる。しかし五人組は、木剣を杖にする疲弊ぶりだ。
「最後の一人です。これを勝ち抜けば合格となりますので、より一層の奮起を期待します」
試験官が言ったが……。
開始早々、五人とも眠らされた。なかなかに強い撃ちが、つい入ってしまったらしい。現役兵五人が、揃いも揃って。
五人組は控えの兵士たちに提げられて、往来に運び出された。
……………………。
「おう、ワシの出番じゃの」
熊ヒゲが木剣を提げて前に出た。
呼び出しの声から、サム州テンマイ村の出と知れた。ノボルにはサム州もテンマイ村もわからなかったが……。
熊ヒゲあらため、氏はタイ名はゴン。堂々とした姿で場にあがる。
最初に声をかけられてから、ノボルはゴンに注目していた。
まず、度胸がある。五人組の不可解な勝ち星を、いぶかしみこそすれ動揺はしていなかった。
そして身体のさばきも悪くない。巨漢の割りには軽い足取りだ。
剣士ゴン、その実力や如何に? ノボルの視線を背に、両刃の木剣を握り審査場へ上がった。
開始の号令と同時、木剣で相手を押し込んだ。体格と目方を武器に、相手を壁まで吹き飛ばす。それも、地面と水平に。
現役兵士は、壁に激突。明らかに意識を失っている。そこに向かって猛牛もかくや、木剣を振りかざして襲いかかった。
控えの兵士たちが、相手兵士を引きずる。避難させるためだ。だが雄牛牛は止まらない。
「止めっ! ゴン止めっ!」
審判が割って入る。他の兵士たちも体当たりで止めた。木剣が振り下ろされる直前で、雄牛はようやく止まった。
「お? これは審査中断か?」
構えを解いているが、戦気はあふれて止まらない。あくまで息の音を止める気迫だ。
五人抜きを達成して、ゴンは一〇人抜きを申請した。
六人目以降が出てくるのは、ノボルも初めて目にする。予測では、ここから一段上の兵士が出てくると思うのだが。
実際、六人目の相手にゴンは、それまでの敵同様の力技は見せなかった。剣先の争いをこなしてから、相手の木剣を弾き飛ばした。
一〇人目まで、そんな展開が続く。
さらにゴンは、二〇人抜きを申請し、会場と屋外のギャラリーを沸かせた。
「ここから先は実力者揃いだが、よろしいかな?」
指揮官らしい男の問いに、「応」と答えた。ノボルから見ても、頼もしい姿だ。
ゴンは押された。剣先が次々と、伸びのある撃ちで襲いかかる。
だが厳しい攻めにも、落ち着いた対応をする。
受け受け受け受け受け。そして一瞬の隙を見出だしたか、豪剣の一撃で相手を黙らせた。
逆境にも強い。
ノボルはゴンをそのように見た。
粘りがある。これだけの粘りを見せるゴン。この男はこれまでの人生、どれだけの困難をこの粘りで、克服してきたのか。