表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/111

裏で動いて御座候


 ここでカイたちの活動を。侠客上がりのカイが活動拠点に選んだのは、以前ノボルと縁があった、ドン親分の一派。こちらで「お控えなすって」と挨拶を入れ、軒先を借りることになった。

 と言っても、直接屋敷で寝泊まりしている訳ではない。カイは鉄火場、別な者は娼館。あるいは飲み屋といった具合に、いわゆる娯楽場の用心棒という形で東区に潜入したのだ。

 不穏な動きには金がつきもの。カイたちは最近羽振りの良い客、新規で会員になった客を調べた。すると、不自然なほど城勤めの者が多いことが判明した。

 それらの者に声をかけ、ともに勝負をしてみたり店が跳ねた後で飲みに行ったりと親睦を深め、親ボルザック派の金で遊んでいるとの証言を得た。


 親ボルザック派は、さらに羽振りが良いという話だ。カイはドン親分のお目こぼしで、高級娼館を洗う。なるほど、こんな店に出入りできないはずの、城勤め程度の小役人が数名出入りしている。ライゾウに尾行させると、彼らは女人禁制のクラブに所属していた。

 クラブとは高い身分の者たちが集い、チェスに興じたり葉巻の味を楽しんだり。時事の情報を交換したりあるいは……密談する場所だ。

 そこにライゾウを、使用人として潜り込ませる。大臣クラスとはいかないが、補佐官クラスの出入りが多数確認された。そして、身分不明の連中もだ。

 会話の中から身分不明の者は、ボルザックの密偵だと知れる。そしてその方針が現在、城内の掌握にあり、密偵たちが城下で暗躍していることもわかった。

 現在カイは、ドラゴ中将一派の動向を探っている。なにしろ尾行をしたところで、中将一派は真っ直ぐ帰宅するばかりで、まったく動きが掴めない。おそらくは書簡のやり取りがあるのだろうが、そこまでの接近はできていない。


 しかし、ボルザック派が根を伸ばしているのは確実。今までは小役人を手中に納めるばかりだったのが、ついに補佐官クラスに魔の手を伸ばしている。ボルザックの汚染は、予想外の速度で城に広まっていた。

 その旨、援軍の忍びに託すと同時、ヤハラから自重の指示が入った。

 カイは一旦諜報活動を休止。うわさ話程度の情報をあつめることに方針を変換。ヤハラ部隊の活動を収縮した。

 すると、意外な話が飛び込んでくる。

 中将の孫娘、あるいは中将の懐刀ともいうべき者の孫が、新領地の重職と結婚……などという話が、まことしやかに流れてきた。ボルザックが城下城内で暗躍するならば、中将は新領地を固めようとしているらしい。

 ボルザックが攻めならば、中将は守り。互いに武力の確保に奔走している。しかし、中将の方が分が悪く見える。あまりに正攻法すぎると、カイは見ていた。

 そして中将が正攻法にでなければならない理由が、本人の生真面目さとなる。軍律が中将を暗闘におもむかせないのだ。

 つまり、中将の上には大将がいる。これを討つことは、中将にはできないのだ。例え大将が中将の政敵であったとしてもだ。中将は現場の最高指揮官、大将は最高指揮官を存分に働かせるための政治家。両輪揃ってこその、ワイマール軍。

 君側に在る賊と知りながら、中将には大将を討てないのだ。


 という事情で、ノボルたち。ヤハラがとんでもないことを言い出した。


「殿、農家は年貢をごまかしているそうで?」

「……う? ん? ……まあ、な」


 ノボルの生家は農業を営んでいる。今の自分は農家ではないのだが、こうも面と向かって訊かれると、まるで自分が年貢のごまかしをしているような錯覚に陥ってしまう。


「殿、ボルザックはいま、金にものを言わせて勢力を拡大しています。……おそらく来年、あるいはその次の年、年貢の取り立てが厳しくなるでしょう」

「そんなことをするのか、ボルザックは?」

「間違いありません。すでに来年再来年の計画を、皮算用で練っているはずです」


 ノボルのかすかな記憶では、ヒノモトにはそんな取り立ては無かったはずだ。

 しかしそれをヤハラは、「ヒノモトは独立国ゆえに、領主が値上げを拒めたからでしょう」と推察した。ヒノモトにはワイマール相手に、一戦も二戦もできる軍事力がある。逆に言うならば、ヒノモトは領主の首など、いつでも落とせるのだ。年貢の値上げを拒むなど、造作もないことだ。


「そこで殿、領民に備蓄を推奨していただきたい」

「ボルザックの政策に、苦しまぬようにか?」

「は。……可能でしたら、ボルザック相手に戦さができるほど、こちらも蓄えを残したいくらいです」

「ふむ……やってみるか」


 季節はまだ、春を送る頃。年貢の話には早すぎるかもしれないが、来るのがわかっている恐慌に備えるのは、早い方がいい。早速、兵を一〇ほど集めて、農村部へと乗り出した。

 ノボルが乗り込んだのは、豪農とされる家。いわゆる地主さまのところだ。そこでまず、主に話をつける。


「主、そなた年貢のごまかしをしておろう」

「滅相もございません、領主さま。いったい何を根拠に……」


 ノボルは連れてきた兵を動かす。兵の得物は木槌。これでまず、軽く床を叩く。あちこちを、コツコツと。すると、音が違う場所があった。叩いてみると床が割れた。もちろんその下からは、瓶に入った麦、大豆といった備蓄の効くものがわんさと出てくる。


「天井を落としてみろ」


 ノボルが命じると、屋根裏にも備蓄が。同じように納屋、道具小屋、畜舎。出てくる出てくる、瓶に貯めたウイスキーまで現れる。

 地主はすっかり青ざめてしまった。


「俺は農家の出身でな。農民がどのようにして年貢をごまかすか、おおよその見当はつく」

「い、いえ領主さま! こここ、これは何かの間違いで……」

「そなたの物ではないと申すか?」

「へい、とんと身に覚えが……」

「ならばこれらの品はすべて没収、その上でお前を責め問いにかけるが……それでもよいか?」

「……………………」

「ドルボンドを崩壊に導いた、ワイマール雑兵隊の拷問。せっかくだからお前の妻や娘にも、たっぷりと味わってもらうとするか……」

「そんな! 妻や娘は関係ございません! どうか……」

「だったら素直に吐いちまいな、これは私が隠したものですってな」

「…………申し訳ありませんでした。これらの品はすべて、私が隠したものです……」


 ノボルはその量と家族の人数から、五年凶作でも飢えることなはい、と読んだ。


「主、正直に言った褒美に、良いことを教えてやろう」

「へい」

「俺は来年から三年、ブラフの町は凶作だと州領主に報告をあげる」

「へ?」

「その間の年貢はごまかし放題だ」

「……………………」


 それでも主はしょぼくれたままだ。ノボルの過少報告の片棒を担がされる、と思ったのだろう。


「……喋った順番が悪かったかな? まず来年か再来年、異常なくらいに年貢が値上がりすると我々は踏んだ。……ここまではわかるな?」

「へぇ」

「そんなことになったら、俺たちを支える農民たちが干上がってしまう。これもわかるな?」

「へい」

「だが凶作なら、無い袖は振れないだろ?」

「へい」

「そこにつけこんで、貯め込んでおくのよ」

「……領主さま! なんと……」

「嫌か?」


 主は無言で首を横に振る。


「その代わりと言ってはなんだが、倹約と節制につとめ、いざという時には協力してくれ」

「わかりました」

「場合によっては、備蓄をすべて現金に換えてもらうこともある。その際は、闇取り引きの相手を斡旋する。……まあ、少しばかり斡旋料をいただくがな」

「問題ありやせん。……しかし、ワシら農家なんぞのために、どうしてそこまで?」

「ひとつ、先ほど申したように俺も農家の出身だからだ。そしてもうひとつ……せっかくひとつになり、平和を取り戻した王国に事あった場合、俺は……」

「……………………」


 死を覚悟して発した言葉だ。事が露見すれば、この町はボルザック率いるドクセンブルグ軍に、攻め滅ぼされるだろう。

 ノボルの言葉に応える主の眼差しもまた、死を覚悟したものだった。


「そなたが抱える小作農、一軒一軒もらすことなく、このことを伝えるべし。ただし、一人でも裏切り者が出たらこの町は、一人残らず殺されるものと思え」

「へい!」


 このようにして、ノボルは地主一軒一軒を説いて回った。ヒノモト・ノボルと雑兵隊の名が効いたか、それとも真摯な姿勢が効いたか、どの家でも良い反応だ。

 しかしノボルは、まだ農民を信用していない。何故ならこれは、ノボルが協力を無理矢理とりつけただけだからだ。

 実際に、信じられない年貢の値上がりがおこなわれ、ノボルが領民を守り抜いてはじめて、信頼関係は築かれる。


「ということでヤハラどの、一応の約束は取りつけて来た」

「……………………」

「いかがなされた、ヤハラどの?」

「……よくそんな器用なマネができましたね? 私は倹約を推奨してくれ、としか言ってませんでしたが」

「いけませんでしたかな?」

「上出来すぎです。もう私はこれ以上、殿には期待しません。というか私をガッカリさせないでください。お願いですから」

「ガッカリ前提とは、こちらがガッカリでござるよ……」


 農民に節制を求めたのみならず、脱税させた上で共犯者に仕立て、裏切り者を出さないようにしているのが、ヤハラの気に入ったのだろう。しかし農民の特性を知るノボルからすれば、洋の東西こそあれこの程度の芸は朝飯前であった。


「して、殿。闇取り引きの相手には、当然そのことを話しているのでしょうな?」

「……………………」

「……殿?」

「……お、このような時刻か。兵に稽古を着けなくてはな」

「殿!」


 当たり前のように、イズモ・キョウカには何も話していない。

 もしもヤハラに捕まったら、ノボルに土下座の準備はできている。いつでも来い、というところだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ