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暗闘開幕に御座候

そろそろ忙しくなってまいります。更新が不定期、あるいは休止する場合もございますので、その際は御容赦を。


 それから一〇日。ノボルはボルザックの名を口にしなかった。カイたち選抜兵をヤハラにまかせたのだ。ならばヤハラから話がない限り、ノボルがあれこれ言う必要は無い。

 だからといって、ぼんやりしている訳ではない。ヤハラが口を開いた時は、のっぴきならない時。領主として、ノボルが全面に出なければならない時と心得ている。

 すでに戦さをはじめているヤハラと、いつ戦さ場に上がるかわからないノボル。

 ……実は、こういうのが、好きだ。

 天神一流は甲冑武術。戦さ場において真の威力を発揮する。しかしその戦さ場自体、いつ何処で誰を相手にどのような条件で開幕するか、まったくわからない。

 だから平時こそ戦時との心得なければ。

 いや、領主となった今では「まったくわからない」などということ自体が不覚。事前に知れるところは、知っておくべきこそ、兵法というものなり。


 嗚呼、また楽しからずや。この戦さ前の戦さ場に斉しい空気。


 鬼が出るか蛇が出るか、その空気がいい。

 軍師ヤハラでさえ口元を引き締めなければならない、この緊張感がいい。

 敵が巨大だというのがまたいい。

 合戦前のたぎる気持ちがいい。

 死ぬか生きるか、命がけがとてもいい。

 総じて言えば、ここから先は全知全能を振り絞る、というのがたまらない。


 ここ数日で、残ったロウ入道とテライモの顔が引き締まった。どうした、と訊くと「近頃合戦の気配が漂っているというか……」というような答え。決死必死の意気は常に磨いておくように、と伝えおく。

 勝つか負けるか、誰が命を落とし誰が生き残るか。もしかしたら俺の腕が落ちながら、脚を失いながら余生を過ごさなければならないかもしれぬ。

 そうなったとしても、悔いるなかれ恨むなかれ。求めるなかれ罵るなかれ。戦さの勝敗を、語ることなかれ。すべては全力を尽くした結果なれば。

 焦げつくような時間の中で、ついにヤハラが口を開いた。


「……殿」

「いかがされた、ヤハラどの?」

「畏れ多くも、愛玩動物のシツケは、きっちりしていただきたく思います」


 なんのことを言っているのか、ノボルはまったくわからなかった。ただ、ヤハラは見たことのある珍獣を背負っていた。

 マユだった。今回はちゃんと、黒髪だった。


「隅におけないな、ヤハラどの」

「殿、何をおっしゃっているのですか?」

「その娘と、いつの間にネンゴロになった?」


 ヤハラの背中に貼りついたマユは、柔らかな頬をヤハラにスリスリ。手足をヤハラに巻きつけて、絶対に離れないという構えだ。


「今日ばかりは、殿が何をホザいているか、このヤハラまったくわかりませぬ」

「このスケベ」

「殿が想像するような事実は、まったくございません。何しろ目を覚ましたら、勝手に布団の中にもぐり込んでいましたので」


 これ忍び、と声をかけた。


「そなた、ヤハラどのを気に入ったか?」

「知性あふれる眼差し、漂う緊張感。マユは腰砕けです」


 腰砕けの割に、ヤハラをホールドして離さない。


「忍びマユ、お前はあちらに就いていたはずだろうに」

「たぬきからヒノモトへと、お館さまから」

「では、たぬきの忍びは?」

「故郷から多数出撃がありまして、たぬきにも数名入っております」


 なるほど、二軍をつかまされたか。ということは、雑兵隊は今回カヤの外? それともはずれクジを引かされるのか?


「あ、御心配なく。ライゾウさんは御兄弟やお友達からも、情報を集めてますので。数の上では五分五分の勝負ができますから」

「なるほどな、してお前は仕事をせんのか?」

「私の出番はまだです」


 しれっと言い切った。


「私が働かなければならない事態は、かなり緊急ですから。普段はこれでいいんです」


 なにがどのようにいいのか、まったくわかりません。と答えたのは、ヤハラだった。


「大体にして、これでは私が仕事になりません」

「そういうことでしたら、軍師どの」


 ノボルはマユに語りかける。


「マユ、そなたを軍師ヤハラの手足と任ずる。ヤハラどののため、ブラフの雑兵隊のため、我が国のため存分に働いてくれ。ヤハラどのの指示に従って」

「忍びマユ、一命にかえましても」


 すでに片膝ついて、頭をさげている。


「ではヤハラどの、忍びをいかに使う?」

「そうですね、城の中のドラゴ派はあらかた新領地に来ています。彼らがどのように動いているか、探ってもらえますか?」

「かしこまりました」


 忍びは姿を消した。


「ヤハラどの、新領地に来た者は何も掴んでいなかろう。何かあれば、すぐに連絡があるはずだ」

「それはわかっております、殿。しかし、私にはあの忍び……不思議な感じがしまして……」


 それはノボルにもわかる。自分が出会った忍びの中でも、もっとも忍びらしいようなそうではないような、奇妙な忍び。


「あれが同胞をどのように見るか? 少々知りたくなりました」

「もしかしたら、強力な諜報戦力になるやも」


 マユという忍びを体験したノボルも、不確定な忍びという株に興味が湧く。


 それにしても、雑兵第二中隊の諜報戦力は、いきなり強化されてしまった。いずれは、ライゾウの友達というのも召し抱えてみたいものだが、召し抱えないのも面白いかもしれない。

 ライゾウやカイが正規軍だとすれば、その友達やマユは奇兵である。つまり、どこからも調べようのない戦力だ。しかも、腕は立つ……と思う。……とにかく、正軍奇軍を併せ持つのは良いことだ。


 中央の動向を気にかける日々に、たぬき商会本拠地の工事が始まった。

 雑兵隊と領主庁舎の、本当に筋向かい。真っ正面の畑である。農業用の土が運び出され、あぜ道が切り崩され、砂利が運ばれ柱が立って。わっせわっせと大工たちが働いている。

 さらにはヒノモトから朗報が。兵法指南役の派遣を了承する旨の文が届いた。現在領内にお触れを出して、志願者を募っているところらしい。こちらの調整にも、ヤハラは奔走する。


「何か手伝えることはありますかな?」

「そうですね、では殿。そこで座っていてください」

「おう……」


 どうやらノボルの方がカヤの外らしかった。

 そして第一報が、ライゾウの友人から届く。

 城の人事に変動は無いが、その下の官僚たちには変化があった。親ボルザック派が多いとのことだ。

 なにがあったのか? 詳細は不明だ。しかし、実質的な国の運営を行っている官僚たちを、押さえていることは確かだ。

 おそらくは、城の金が相当動いているでしょうなと、ヤハラは言う。大臣職クラスならば、これは完全に国王の家臣である。忠義の気持ちも厚い。しかし官僚クラスはハッキリ言って、城内職員……つまり庶民のようなものである。要は金で動く隙がある。これはワイマール王国が悪いのではなく、どの国も同じ。職員である官僚をどのくらい上手く使うか? そこに大臣の手腕が現れるのだ。

 つまりボルザック、他部署の官僚を手懐けているあたり、遣り手と呼ばれてもおかしく無い。いつ、どのような手段で懐柔したのか? 第二報がその答えだった。


「どうなされた、ヤハラどの。顔を押さえて」

「これを忘れていました」

「?」

「間諜です。奴はドルボンドにいた間諜をすべて引き上げさせ、城近辺を密偵で固めていたんです」


 聞けば、先の戦さでヤハラが自慢していた密偵部隊。その設立に尽力したのが、他ならぬボルザックだったという。


「つまりあの優秀な密偵たちは?」

「すべてボルザックの一派です」

「カイたちは大丈夫なのか?」

「自重するよう、うながします」


 ヤハラの話では、密偵部隊の数は一〇〇を越えるというが、正式な数はヤハラも把握していないという。なかなかに厄介な連中だ。

 幸いなのは雑兵隊諜報班の質が、ボルザックの密偵より上に見えるところか。そして少人数……と思われる規模で活動しているので、相手に悟られ難いあたりだろうか。


 マユが帰ってきた。とりあえずヤハラに無言のハグをくれて、報告はそれから。


「新領地でボルザックを警戒しているところは、ひとつもありませんでした」

「無防備ということか?」

「そうなりますね。……ですが、コズミクのお城で第二王子だけは、家臣を集めて会議を開いてます」

「まともに会議を開いているのか?」

「えぇ、まともに。第三、第四王子たちにも公式文書で、警戒をうながしてました」


 つまり、王子たちは「まだ話し合いでなんとかなる」という程度の認識でしかない、ということだ。


「しかしマユ。この短期間で、よくこれだけの領地を調べてきたな」

「優秀な忍びが軍師さまへの愛の力で、存分に働いたまでです」

「よしよし、祝言の折りには俺が仲人をつとめてやるからな」

「お願いします」

「殿、おかしな約束はしないでいただきたい」


 さて、ヤハラ軍師。次なる一手をいかに打つか?


「たぬき商会は、何をどれだけ把握してますでしょう?」

「ふむ、あちらからの情報も欲しいところだな」

「昨日の話では、王子さまたちから国王陛下に、意見書が提出されるみたいですよ。これまた公式に、おおっぴらに」

「なるほど、たぬきはコズミク周辺を押さえているか」

「それにしても軍師どの、新領地ではかなり緊張感が低いようですな」

「ドラゴ中将が、どのような手を打つか……」


 ワイマールを固めているのは、ノボルたちである。なんとか中将と接触したいところだが、ヤハラはそれを良しとしない。

 雑兵第二中隊が動いていることを、悟られたくないからだ。


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