暗戦に御座候
尾行けられている!
休日、妻二人と食料品や生活用品を買い出しに、街道沿いの小さな商店街に出たときのことだ。明らかに異質、明らかに血の臭いを漂わせた何者かが、ノボルたちの背後をついて来ていた。
アンジェリカへの刺客か?
そう思ったが、どうも違う。異質な気配とは言ったが、殺気ではない。なにかこう、こちらをジッと観察しているような、まさに尾行という態度。着かず離れずの距離を保ち、ノボルたちのあとを尾行けてきた。
季節は花もほころぶ、春。そんな時期ならば、尾行のひとつも現れたところで、仕方ないのかもしれない。
「冬のお肉の処分品でしょうか、ずいぶんとお値打ち品ですね」
「今年は鹿が、里までおりてきていたらしい。農家の罠にずいぶんかかっていたと、ヤハラどのが言っていたからな」
「だけではない、主どの。鮭鱒の干物も、まだまだ在庫があるようじゃ」
「ひと昔前までは、河の支流のまた支流まで、遡上した魚で埋まってあふれて、打ち上げられていたというからな。この河は宝のようなものさ」
買い物中、帰り道、納屋庁舎の区画まで、尾行は続いている。備蓄の食料を母屋より広い小屋にしまい、妻二人を庵に上げた。まだ、尾行者の気配は消えない。
「さあ、妻たちはいない。顔を出してもかまわんぞ」
ノボルの左にある庁舎。その窓が控え目に開いた。
「……忍びか?」
「……たぬき商会、イズモ・キョウカの手の者だ」
低いが、娘の声だ。
「何用か?」
「都、ドクセンブルグの動きが、不穏だ。お気をつけあれ」
「たぬきの御令嬢は、そのことを?」
「知っている。お嬢の指図で、そこもとへ知らせにきた」
「……詳細は?」
「調べられるだろ? お前のところにも、忍びはいる。軍師だっている」
窓が閉まった。気配も消える。ノボルはアゴを撫でた。これは……。
戦時体制が必要か? それも、物々しいものではなく、それとなくさりげない戦闘。諜報戦という奴だ。
「カイはいるかな?」
すでにノボルは兵士宿舎……元は家畜舎にいた。
「なんでしょう、親分?」
「……お前が『これは』と思う人間を、何人か選んでおけ」
ライゾウもお前の下につける。ノボルは小声で告げた。カイの目が一瞬、ギラリと光って元に戻る。察しの良い子分は、それだけで理解したようだ。へい、と言って背中を向ける。
次はヤハラだ。庁舎二階、屋根裏とも言うが、寝起きしている私室をたずねる。
雑兵隊の軍師は、休日を満喫していた。つまり、全力でだらけていた。
「軍師どの、仕事に御座る。モチのようにとろけている場合ではありませぬぞ」
「ハッ……! と、殿っ! ……申し訳ありませんでした!」
「いや、突然たずねた俺も悪かった。しかしそれだけの用件だ。……実はな……」
たぬき商会所属、忍び発の情報を耳に入れる。それも、すでにこの話、イズモ・キョウカの元にも入っている。いや忍び採取、イズモ・キョウカ発の話と心得ていただきたい、と付け加える。
「なるほど、たぬき商会発の情報ですか」
「すでにカイが人材を確保している。ライゾウも一緒だ。これらをヤハラどのにお任せします」
「……………………」
「カイたちとともに、現地へおもむきますかな?」
軍師ヤハラ、しばしの思案。その結論は?
「いえ、私は面が割れてますから。ゆけば生きて帰れぬでしょう。それに今は、まだ情報を収集する段階。あまり大きな動きを、見せるべきではありませぬ」
服装と髪型はだらしないが、すでにヤハラは軍師の眼差しだった。
「軍師どの、すぐに出せる金は?」
「確かなだけ準備できます」
「できるだけ持たせてやってくれ」
「御意」
「それと……」
「なんでしょう?」
「ヤハラどの……今回の一件、心当たりがありますな?」
「確証はござりませぬ」
「それをこれから確かめる、と」
ヤハラは無言でうなずいた。
ノボルは兵舎に戻り、カイたちを庁舎に呼ぶ。カイに選ばれた者たちは、いずれも農民町民。それも御用聞きという、現代のセールスマン経験者ばかりだった。もちろん、ライゾウの姿もある。
選抜者たちに、畳を与えた。
「隠密です」
開口一番、ヤハラはシメをくれた。
「これから皆さんには、事を秘密裡に運んでいただきます。故に……」
革袋ギッシリの金貨を、ゼン・テーブルに置いて回る。
「無理をした額を託します」
見たこともない金を前にしても、選抜隊は動じない。どころか、顔をより引き締める。任務の重要性を理解したのだ。
ヤハラは短く加える。
「ドクセンブルグ城参謀本部、ボルザックの動向を探るべし」
「へい」
カイの目配せ。一人、また一人とノボルに頭を下げ、腰の大小と袴を預けてゆく。ヒノモトとの関わり、雑兵第二中隊との関わりを悟られぬようにだ。
子分を残して、隊士たちは出払った。
「カイ、ライゾウ」
「へい」
「任せたぞ」
「へい!」
二人の子分も、部屋を出て行った。
「……ヤハラどの」
「なんでしょう?」
「ボルザックという輩、どのような人となりでしょうか?」
「……………………」
軍師は黙り込む。
迂闊なことを語れないほどの巨魁か?
ノボルも唇を引き締める。
「私の、上司でした」
「うむ、斬る」
「駄目です」
「上司ゆえか?」
「いえ、殿が逆賊の汚名を着せられる故……」
それだけで理解できた。ボルザックという男、一刀のもとに、で済むような輩ではない。わかりやすく言うならば、面倒くさい奴、という男だ。
「ズバリお聞きしますが、ヤハラどの」
「はい」
「何が起きていると、思いますか?」
「……………………」
ヤハラは言葉を選んでいる。言葉を選ばなくてはならないことが行われているのか。
「殿、あくまでも私の当て推量ですが……」
「うむ」
「……謀反の支度かと」
「……証拠は無いな?」
「証拠はありませぬ」
だから始末が悪い。
ヤハラの読みではボルザックという男、かねてから国王の方針に否定的であった。
殺さずの戦さ。領地を奪っておきながら、搾取をしない今回の政策。
簡単に言えばボルザックは旧ドルボンド領を植民地化し、領民総奴隷としたかったのだ。ワイマールの金を使い人員を使い、復興などやりたくなかった。というのが本音らしい。
わからなくもない。それは当たり前にどの国の戦さでも行われている。ごく普通の方針なのだ。
しかしそんな悲惨極まる政策で、兵はこれだけ働いてくれただろうか? ドルボンドも簡単に、国を明け渡してくれただろうか?
戦さは長引き国は疲弊し、勝ったとしても国力はしばらく回復しないだろう。それを良しとするのか? それで良いというのだろうか? それとも今回たまたま、電光石火の勝利を得たので、植民地政策をとりたいというのか?
甘く見るな。現地ドルボンドは、ほとんど領民を失っていない。生産力はほとんど揺らいでいないのだ。明らかな愚策である。
しかし、やるなら今か?
ドラゴ中将の懐刀、雑兵隊は本国を離れている。王室の兵も王子たちに率いられ、旧ドルボンドにある。
本国に残る勢力がすべて、ボルザックの手の者であったら……?
それはもう、嫌な予感しかしない。
「……とりあえず、間者は放った」
「もう、することがありませんね」
「ではヤハラどの、再び休日を満喫してくれ」
「ありがとうございます」
ノボルはたぬき商会に赴くとする。忍びをよこしてくれた礼を言わなければならない。今現在、たぬき商会は商店街に拠点をとっている。ノボルは農道を、街に向けて歩いた。
「ヒノモトさま、ヒノモトさま」
人の気配に気づいたら、声をかけられた。娘の声だ。もちろん姿は無い。
「イズモの忍びか?」
「はい、キョウカさまの使いです。以前お会いしましたね」
「トキカゲの時の?」
「覚えていて下さいましたか、マユです」
忘れようとしても、あの食べっぷりは忘れられない。
「お主、今度はイズモに下駄を預けているのか?」
「お館さまからの指示で、どこにも属さず動いてみろと」
つまり、かなり不確定な因子ということだ。
「そのうち、ヒノモトさまに使役されることもあるかと」
「ふむ、その折りはよろしく頼むぞ」
そのマユが現れた理由だが。
「キョウカさま曰く、礼はよろしいとのこと」
「いらんのかね?」
「それより、イズモと雑兵隊に太いパイプがあることを、悟られたくないと」
つまりこの町のどころかに、悟られたくない相手がいる、ということになる。
「敵はすでに、ブラフに入っているのか?」
「いいえ、未だ。というより、敵って誰なんですか?」
「確定しておらぬ。臭い場所を探るため、人を出したところだ」
「たぬき商会も同じです。忍びを一人出したので、私は臨時雇いみたいなものです」
ノボルはきびすを返した。
「何かあったら知らせてくれ。こちらも可能な限り、情報を提供する」
「かしこまりました」
マユの気配が消えた。
もしかしたら、このマユと名乗るヘンテコな忍びこそ、イズモとの太いパイプなのかも知れない。そう考えると、おかしな笑いが込み上げてくる。




