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根付く天神一流に御座候


 妙案というものは、生まれる時には生まれるものだ。

 一般人に教伝するのは、何も天神一流だけでなくとも良い。ヒノモトから数流派、指導者を派遣してもらうのも面白い。故郷を離れたこのブラフの町で、剣術の伝授をしてはどうか?

 もしも経営がうまくゆかなくとも、数名ならば雑兵隊で抱えてやっても良い。


「いかがかな、軍師どの。このグーなアイディアは?」


 乗り気、乗り気でないは置いておいて、ヤハラはしばし熟考。


「いくつか修正したいところがありますね」

「ほい、そうですか?」


 いきなり否定してこないとは……ヤハラどの、何か悪いものでも食されたか? はたまた目の前の軍師は、ヤハラどのの偽物か?


「……殿」

「なにか?」

「いま私にとって不名誉なことを考えませんでしたか?」

「いや、まったく。それよりヤハラどの、修正とはどの辺りですかな?」

「まず指導者を募って指南所を開かせ、ダメなら雑兵隊に組み込むということですが。それなら一定以上の技量の者をまず雑兵隊で囲い、ブラフの土地になれてから指南所を開かせてはいかがでしょう」


 見知らぬ土地へは、指導者も渡り難いだろう、というヤハラの配慮だ。


「しかし軍師どの、そこまで配慮せねばならぬ脆弱な者が、物の役に立ちますかな?」

「気に入りませんか?」

「開拓者精神と申しますか、こう……気合いが足りてませんな」

「……殿」

「なんでしょう?」

「見知らぬ土地へ目をつぶって飛び込む度胸があるのは、殿くらいのものです」

「そんなにほめたら、いやぁ、照れますなぁ」

「……………………」


 ヤハラは無言。最近このような無言が、ヤハラには多い。何かあったのだろうかと、ノボルとしては心配になってしまう。


「あと、ヒノモトからブラフまでの行程ですが、たぬき商会の護衛をさせてはいかがでしょう?」

「なるほど、さすがヤハラどの」

「あまりほめないでください」

「照れますかな?」

「イヤなだけです。あとブラフの民を指南所に集める方法ですが、練磨の結果目録以上に達した者は優先的に雑兵隊で雇い入れる。というのはどうでしょう?」

「それは目録の乱発につながりませんか?」

「明らかに技量が足りない目録は、免状を発行した者と同じ隊に入れればよろしい。自分の授けた免状なのですから、責任はとってもらいましょう」


 話がトントン拍子に進んでゆく。実際にどうするこうするという話は、ヤハラが請け負った。

 新しく指南所を建設するのは、骨である。そこでヤハラは豪農の屋敷に人を集めて、広い納屋で稽古させることを提案してきた。候補は六軒。いずれ劣らぬ名うての農家だ。さてこのうち何軒が、ヒノモト武術の指南所になってくれるか。


「とりあえず殿、ヒノモト州の領主に文を。指南役募集の上限は、三名で頼みまする」

「妥当な数ですな」

「それからあのタヌキ……イズモ・キョウカどのに、道中の護衛を持ちかけてください。調整は私とたぬき商会とでおこないますので」

「心得た」


 ということで、まずはヒノモト州へ一筆。その際、楊流・東風流・棟流の三系統から一名ずつ選抜されたし、と付け加える。

 上の三流派はヒノモト三大系統と呼ばれ、楊流はカイの美濃部流を含む系統。東風流はテライモの東武流を含む系統、棟流はノボルたち天神一流を含む系統だ。

 それぞれ、足の楊流に技の東風、気合いの棟流と呼ばれて、得意を異にしている。

 雑兵隊が天神一流のみというのは、あまりに幅が無い。様々な流派の特色が入り雑じってこそ、あらゆる状況に対応し得る。千変万化の姿勢こそ、雑兵隊の真骨頂。今はノボルの狭量ゆえ、三大系統から一名ずつという条件をつけたが……いずれは。


「……殿、なにを一人でニヤニヤしておられるのですか? キモいです、やめて下さい」

「軍師どの、これをニヤけずに何をニヤけろと言うか。雑兵隊がさらに強化されるのだぞ?」


 軍師はガックリと肩を落とす。


「頼みますから、軍事兵法ばかりを追いかけないで下さい。もちろん、平時に乱を忘れずの精神は大切です。しかし平時には平時の兵法がございます。たぬき商会の侵略と対処、それでいながら町の発展も視野にいれなければならない。そのような戦さもあることを、今一度熟考願います」

「しかしな、軍師どの。次男三男という厄介と呼ばれる者に、我々雑兵隊が道を拓いてやれるのだぞ。嬉しいではないか」

「雑兵隊で厄介を抱えるには、やはり金子(きんす)。これが必要不可欠。殿にはより一層の努力を期待します」


 世の人は、底の抜けた樽とかザルとか、好きなように呼ぶがいい。だが、多少の無計画も大望で押しきらずして、なんの行動ができようか。

 人を殺め斬り捨てて、そのようにしか剣を活かせなかった。しかし今、自分の剣は世の剣は、人に未来を与えようとしている。それを喜ばずして、何を喜ぶというのか。

 その証拠に、以前のノボルならばブラフの地を、天神一流のみで埋めつくそうとしただろう。他流の入り込む隙間など、与えなかったはずだ。

 それが他流にも門戸を開く。そうだ、個人も世界も変わってゆくのだ。


「と、このような次第ゆえ。たぬき商会の護衛に、少しばかり協力させていただきたい」


 ブラフを貫く街道。その脇に並ぶ、小さな商店街。さらにその中の小さな茶店で、ノボルはイズモ・キョウカに会っていた。

 とても魅力的なアイディアですわと、キョウカは顔をほころばせる。


「ですがヒノモトさま、募集したツワモノがキャラバンを護衛してくださるのは、わずかに一度。それではわたくし、あまりにも心許ないですわ」


 小さな拳を口元に、キョウカはふるると震えた。つまり、商隊の護衛は雑兵隊が、ロハで請け負ってくれと言っているのだ。


「それに関しては、雑兵隊が護衛せねばならない規模の商隊を組むたび、その任に就かせていただく。御足労ではございますが、その予定が決まりしだい、ウチのヤハラに知らせて下され。早急に手配しますので」


 ノボルはヤハラの脚本通りに処理をする。イズモ・キョウカも、快く同意してくれた。


「ときにヒノモトさま、わたくしからのサプライズ。お気に召しまして?」


 リコのことだ。


「驚きました。よく都田吾作(都会人であっても、自分の出生地から出たことのない、見識の狭い人)のリコを、商隊に招きましたな」

「リコさん……奥様は初対面のわたくしをジッと見て、それで決断して下さいましたのよ。……もしかしたら奥様、千里眼をお持ちになっているのかも」

「千里眼ですか」

「物の真贋を見抜く目……いえ、本物が好んであの方に寄っていくのかも知れませんね」


 一目でノボルの袖を引き、たぬき商会をつかまえ、アンジェリカを引き込んだ。これまでのところ、連戦連勝。負け無しの成績だが、リコにそれを伝えたらきっと、調子に乗るだろう。胸にしまっておくことにする。


「そうでしたわ、ヒノモトさま。たぬき商会本店の移転先、ようやく買収できましたの」

「ほう、どちらですかな?」

「庁舎……雑兵隊宿舎とでももうしましょうか。そちらの筋向かいですわ」

「これはにぎやかになりそうですな」


 ヒノモト・ノボルと雑兵隊。イズモ・キョウカとたぬき商会。さらには旧ドルボンド王女、アンジェリカ。狭い場所に武力と財力と位が集まる。

 もしかしたらブラフという田舎町は、いやノボルたちの在する区画は、強大な力が集まる場所になるかも知れない。具体的なビジョンはノボルにも見えないが、剣士の勘のようなものが、そう告げていた。


 昼からは、天神一流兵法教伝。入門最初の教えは、まず刀になれること。という理由で居合から始まる。真剣を鞘から抜く、真剣を鞘に納める。たったそれだけの動作を繰り返し。

 だが雑兵隊の士は、みな勘が良い。すぐに覚える。ならば次は素振りだ。縦の素振り横の素振り。逆から横の素振り。袈裟、逆袈裟。斜め下からの斬り上げ。さらには構えのとり方。

 ズブの素人に教える場合は、刀の抜き差しを鞘を割らずにおこなうだけでも難しい。それをこの日だけで、一本目の技まで到達してしまった。

 基本的な居合を一二本覚えたら、次は組太刀に移り切紙の段階を終えるのだが、この調子だと半年かかるかどうか、というところだ。


 本来兵法の教伝において、自分がどの辺りにいてあとどれほど技を学ばなければならないかなど、決して教えないものだ。そのようなことを師にたずねても、「なんだ剣術はもう飽きたか」とか、「黙って稽古せい」と言われて終わりである。しかし雑兵隊の面々は、すべからくひとかどの剣士だ。「諸君が素人に教伝する場合は、みだりに教伝段階など教えないように」と断りを入れて、教えてやった。これができたら、次はこれ。その段階に入るためには、今ここでこの技の、あれをよく練っておきなさい。という具合だ。


 剣術……少なくとも天神一流兵法は、単なる技の羅列ではない。巨大な教育カリキュラムなのだ。座れぬ赤子に立てとは言えぬ。立てぬ赤子に歩めと言えぬ。基本の技術をみがき、基礎の体を練りして、ようやく本格的な稽古に入る。しかし本格的な天神一流の技は、すべて基本基礎ができてないと、踊りにしかならない。本格的な技を稽古すれば、また基本基礎に立ち返ったとき、ここで練る磨くべき点は何か? が見えてくる。すると切紙の技が変わり、目録の技が変わってくる。そうなると、奥伝。さらには免許技へと入ってゆくのだ。


 天神一流兵法、初伝組太刀最初の技は、「いろは」と名付けられている。

 そして免許技の最後は、「ん・い」という。つまりいろは一通りを覚えたら、またいろはが始まるぞ、という意味だ。

 天神一流兵法は、終着点というものが無い。どこまでもどこまでも、鍛え磨かねばならない流派なのである。


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