年貢を納めて御座候
アンジェリカを護衛する任務を始めて、七日が過ぎた。ヤハラの案で町の出入口、街道に兵を立哨させる。これで怪しい者を見かけたら、即座に本隊へ通報する仕組みになっていた。
もっとも、アンジェリカの住まうノボル部屋は、ブラフのど真ん中。街道の商店街からは、かなり離れている。つまり駐屯地近辺に見知らぬ者がいれば、それだけで不審者と言えた。
それはそれとして。
朝飯を済ませ、食器を洗うアンジェリカに、かねてからの疑問をぶつけてみた。
「お前には姉姫がいたが、あれはどうした?」
「やはりヒノモトも、乳の発育した姉上がよかったのか?」
「なにを申すか。女の価値は乳なぞに非ず」
「そうじゃな、ヒノモト。妾も脚には姉上に勝る自信がある。さすがワイマールいちの剣豪、わかっておるわい」
「すまん、アンジェリカ。お前が何を言ってるか、まったくわからないのだが」
アンジェリカの話では、上の姫はカリブーの町にいるという。その町はゴンが領主だ。ノボルのところにアンジェリカが来たのと同じく、避難のために移されたようだ。
カリブーはブラフの町から東へ。対レジスタンス戦の激戦地、ラスバルクの南にある。そこでゴンは昨年、ノラを嫁に迎えていた。
「その中に、あの姉姫か……問題はなかったのか?」
「領主も嫁も、喜んで迎えておったぞ。どうせなら第二夫人として迎えてはどうか、という中将の言葉にも乗り気じゃったしのう」
俺にはそのような話はなかったが。などとは言わない。アンジェリカは亡き者たちを弔うために生きている。そして、なにより年若い。
「妾にも似たような話を、道中してくれたのだが、しかし……」
茶碗を拭く手が止まった。
「……受け入れる訳にはいかんのじゃ」
「そうとも限らん」
せっかくの覚悟に水を差すようで悪いのだが、ノボルはその覚悟を否定した。
「個人のしあわせを求めることと、弔いは別物と俺は考える。自分がしあわせになる。このしあわせを、戦没者たちには与えられなかった。だから今世を生きる者たちが、しあわせになれるよう、元王族として力を尽くす。その上で身を慎み、再びささやかなしあわせを噛み締める。それこそが、生き残った者として、歩む道ではなかろうか?」
「ヒノモトよ、妾を苦しめるな。心が揺れるではないか」
「苦しむ必要は無い。しかし、ドラゴ中将がお前を俺のところに連れてきたのは、生きて欲しいからだ。旧王族としての責務さえ忘れなければ、それで良いと俺は思う」
「……………………」
「まあ、ゆっくり考えるのだな。もしもお前に想い人が出来たとて、お前が菩提を忘れない限り、引け目を感じる必要などないさ」
この話は、これきりになった。今すぐに解答を出すべき問題ではないからだ。
話は、ゴンとノラ。そして上の姫に戻る。
「しかしアンジェリカ、ゴンさんが姉姫を嫁にすることを喜ぶのはわかるが、何故ノラさんまで喜ぶのだ? そんなに情けの薄い人だとは、思えないのだが」
「うむ、妾も疑問に思うて、中将に問うてみたのじゃがな」
「ふむ」
「『ノラ一人では受け入れ切れん』と申しておった」
「なんじゃそりゃ?」
「わからぬかえ? さすが筆下ろしもまだな、未熟者よ」
「お前だってまだだろ? というか、一緒にするな。筆下ろしくらいは済ませておる」
いつの話じゃ? いつの間にかアンジェリカは、ノボルと膝詰めになっていた。
「三年前の春だ」
「それ以降は?」
「手相撲一筋よ」
「テズモウ? なんじゃ、それは?」
「王室に隠した専門用語があるように、我々ヒノモト州(の男子)にも、隠した専門用語があるのだ」
「うむ、察したぞヒノモトよ。悪い話を訊いたな、この話題はこれきりじゃ」
見透かすようなアンジェリカの眼差しは気に入らなかったが、ノボルのような人間には仕方のないことだった。
娘たちが嫌いな訳ではない。むしろ好きな方だ。しかし、それよりも好きなものがある。ただそれだけだ。
娘たちに声をかけて、その気にさせる。そんなことに力を注ぐよりも、もっと面白いことがある。娘たちと旨いものを食べにゆき、遊興に明け暮れて。それより楽しいことがある。
それが、「命懸け」であった。こればかりは、何物にも代え難い。悪魔の薬よりも刺激的で、脳内に快楽をあふれさせる出来事なのだ。
そんなノボルだからこそ、アンジェリカにはしあわせを求めてもらいたいのだ。なにしろ、「俺が闘う……好きなことを求めることが、民の豊かさにつながる」のだから。
割と自分勝手な言い分だと、さすがのノボルも思うのだが。
「では、勤めに出るぞ」
「行ってらっしゃいませ」
「お前も一緒だ。護衛にならんだろ?」
「おぉ、そうじゃな」
そんな訳で、納屋へ。雑兵隊を整列させ、朝礼。午前の訓練、業務にかかる。
ノボルは衝立で仕切っただけの執務室へ。となりの畳に、アンジェリカを座らせておく。
書類に目を通して、しばし。「たぬき商会からヒノモト刀と、稽古道具一式が届きました」と、ヤハラが伝えてくれた。
「おぉ、まことか!」
立ち上がりかけたノボルを、ヤハラが制する。
「その前に、殿にはサプライズがあるそうで」
「おう、たぬき……キョウカどのが、そんなこと言っておったな。で、そのサプライズとは?」
ヤハラはポンポンと手を打つ。すると、傘を差した娘が入ってきた。藍染の和服である。傘で顔を隠していた。最近この手の入室が流行っているのか、と思う。
「ノボルさま、お久し振りでございます」
傘を傾けると、緋色の髪が現れた。娘らしくすっかり伸びて、ノボルの髷よりも高い位置に、リボンで結い上げていた。
声も大人びていたが、アクセントでわかる。
子供から娘へ育った、リコであった。
久しぶりのリコは言った。
「誰、その女?」
アンジェリカを見詰めたまま、抑揚の無い声である。
ヤハラは壁に向かって、プルプル震えていた。笑いをこらえている。
野郎。賞与の査定で思い知らせてやるからな。ノボルは心に誓ったが、不可能だと思い直した。賞与の査定は、ヤハラの仕事だからだ。
コホンとまずノボルは、咳払いをひとつ。
「リコ、お前には言っておかなくてはな。こちらは旧ドルボンドの、元第二王女アンジェリカである」
「ほう」
リコの目は、冷たい。
「諸般の事情により、ドラゴ中将から護衛を仰せつかった」
「それで?」
「話せば少しく長くなる。そこへ座りなさい」
応接用の畳へ、リコを招く。あの頃(年末スペシャル)にくらべると、見違えるほどの所作で、リコは膝を折った。
「そもそもこのアンジェリカとは、三年前の戦さで敵として出くわしてな……」
ノボルは、ドルボンド王家を守るため、執事やメイドとともに奮戦していた、アンジェリカの勇姿を語った。そして一〇やそこいらでありながら、家臣を救うためノボルと一騎討ちしたことも。
この辺りで、リコは話にのめり込んできた。
そして敗北。己の不甲斐なさを嘆き、家臣を救うために首を差し出してきたくだりで、リコの鼻がグズグズ言い出す。
そして、リコには言った。
ドルボンド王と妃の首を落としたのは、他ならぬ自分だと。
話は続く。無駄な流血を避けるため、ワイマールからの降伏勧告を受け入れたことを、兵たちの前で宣言。さらに王室の閉鎖。君主の移動。果ては、平民宣言という「終戦の御詔」を読み上げたこと。
この頃には、リコはボロボロと涙をこぼしていた。
そして、ドクセンブルグ城での幽閉生活。亡き兵士たちを弔う日々。だが、平和と友好の象徴ともいうべきドルボンド王家生き残りに、魔の手が忍び寄って来ている。
「ということで、アンジェリカの身柄を引き取っているのだ」
「そんな事情があったのね、アンジェリカ!」
涙と鼻水でボロボロになりながら、リコはアンジェリカの手をとった。とりあえずノボルは、手拭いでリコの鼻を拭いてやる。しかしリコはチーンとやりやがった。
「勘違いしてたわアタシ、ごめんなさいね! 困ったことがあったら、なんでも相談してちょうだい!」
手をとるだけでは飽き足らない。アンジェリカを抱き締めて、オイオイと泣き声をあげている。
アンジェリカもリコを抱き締めて、背中をさすってやっていた。しかし、戸惑っても見える。もしかしたら彼女にとってリコは、初めての「友達」なのかもしれない。
「すまぬ、ヒノモト。リコと二人にしてもらえぬか?」
ノボルはうなずいた。周囲に刺客の気配は無い。ノボルは快くうなずいた。
ヤハラと二人、納屋の外に出る。兵たちが、ヒノモト刀や稽古道具を積んだ荷車に、群がっていた。
たぬき商会の者が、受け取りの署名を求めてきた。
「こちらが最後。赤毛の娘さんの荷物になります」
旅用の鞄がひとつ。
……旅用の鞄が、ひとつ?
そもそもリコは、何のためにブラフくんだりまで、やって来たのだ?
「ヒノモト」
アンジェリカから、声がかかった。
「……もう良いぞ。それから、軍師どの。立会人を頼みたい」
深刻な顔をしている。今にも腹を切りそうな気配だ。
執務室へ戻ると応接用の畳に、リコとアンジェリカが並んで座っていた。ノボルも向かいの畳に座る。
二人は手をついて頭を下げた。リコが口上を述べはじめる。
「約定により千日の時を待ち、ようやくこの日がおとずれました。本当は三年なんてとっくに過ぎてますけど。わたくしの前には貴方さまを越える殿方はついぞ現れず、なおかつお慕いする気持ちは少しも揺らぐことがございませんでした」
もう、そんなになったのか。ずいぶんと待たせてしまった。などと、他人事のようにノボルは考えていた。だが。
リコも一三、嫁にしてもバチは当たらぬ年頃。よし、俺も腹をくくるか。と、ノボルはへそ下の丹田に気合いを入れる。
「つきましては、ノボルさま」
「うむ」
「このリコとアンジェリカをお嫁にしてくださいませ!」
「うむ……って、なにぃっ!」
「だってノボルさま、ゴンちゃんだって、姉姫さまをお嫁さんにしたんでしょ? 重婚も認められてるんだし、だったらアンジェリカだって……っていうか、お嫁さんにしたら刺客も手を出しづらいじゃない! 一石二鳥よ!」
「しかし、待て……落ち着け!」
「落ち着いておらぬのは、汝一人じゃ」
「いや、いいのか二人とも、それで!」
「アタシはオッケー」
「リコとならば、妾も強く生きられそうじゃ」
なんてこった。いきなり二人の嫁持ちだと? こんな非常識、どうすればいいんだ!
と、ここでノボルは軍師に策を求めることにした。
「みんなよく聞けぇ! 領主さまが嫁を二人もめとるぞぉ!」
「ヤハラ、貴様っ! いきなりナニこいてくれやがるっ!」
「いや、別に良いではないか。アンジェリカどのも、宙ぶらりんから解放されるのだ」
「……む」
確かに、今までのアンジェリカは生ける屍であった。しあわせを勧めたのも、ノボルである。それを再び、屍同然の生き方に押し返すなど、ノボルにはできない。
「……人生は」
「いかがなされましたかな、殿?」
「人生は、なんでも来いだ! 二人まとめて、面倒みてやるっ!」
ヒノモトノボル、齢二一。二人の嫁持ちとなる。
合掌。




