授かり物に御座候
果たして、これで良かったのだろうか?
ノボルは博打下手を自認している。しかし、イズモ・キョウカのたぬき商会を受け入れるのは、明らかに博打である。
基本的にこれは、イズモ・キョウカの投資・博打であって、ノボルの博打ではない。しかし、期待する気持ちをベットしたコインとするならば、期待が外れた時の落胆は博打の敗北とも言える。そうすると、たぬき商会の悪評は賭場の出入り禁止、と例えられるかもしれない。
民を思っての投資。もちろん直接の損は無い。とはいえ、しかし……。
「ダンナ、軍師の兄ちゃんが呼んでたよ?」
あれこれ悩みながら、冬の中庭を散策していると、ライゾウから声がかかった。ヒノモト出身の四人も、よく学びよく働き、今では三〇人をたばねる小隊長に昇格。しかしながらノボルのことは、相変わらず親分とかダンナとか呼んできた。
「なんでもコズミクの城から、書状が届いたとかなんとかって」
はて? 城から声がかかるようなことが、何かあっただろうか?
もちろん、たぬき商会のことはある。しかしたぬき商会設立の話程度ならば、領主権限のみで采配して良い話だ。城が口を出すような類のものではない。
首をひねりながら執務室に戻ると、ヤハラが待っていた。
「殿、城から書状が届いておりますが?」
「あぁ、ライゾウから聞いたよ」
「……で、今度は何をしでかしたんですか?」
「……ヤハラどの。上役から声がかかる度、俺が何かやらかしたのではと疑うのは、悪いクセは直らないですかな?」
「領主どのが更迭されれば、私も安心して業務に励めるかと思います」
相変わらず、ヤハラどのは俺に厳しい。素直じゃない奴め。とノボルは考えていた。
床に畳一枚、その上の文机。届いた書状が乗せてある。封筒には、王室の印。差出人は、新領地を統括している第二王子だ。
封を開いてみる。すると短い文章が。
『本国王室より授けるものがあるので、待っているように』
「……………………」
「なんとありました、殿?」
「王室から授かり物があるそうだ」
「何のことでしょうね?」
「わからん」
二人で首をひねっていると、中将が部隊を率いて現れた。抜き打ちだ。何の準備もしていない。
そんなことはお構い無し。庁舎という名の納屋に部隊を着け、中将本人が乗り込んできた。
「いかがなされた、中将!」
「よう、びっくりしたかい?」
「中将本人が直々にとなると、戦さが始まるか? と思ってしまいますので」
「へへっ、ヒヨっ子が領主らしくなりやがって」
「ウチのヤハラがうるさいので」
来客用の畳をすすめた。はじめての体験だろうが、中将は戸惑いもためらいもなく、軍靴を脱いで胡座をかく。
「今日は他でもない。王室から頼みがあって来たのよ」
「第二王子からの書状で、王室から授かり物がある、とあったのですが。それと関係があるのですかな?」
中将は、「授け物か!」と大笑いした。
「そうだな、授け物だ。ありがたく貰ってくれ」
「何をですか?」
中将はポンポンと手を打つ。
娘が入ってきた。ブロンドの長い髪。碧い瞳。そして暗い色のコート。顔はツバの広い帽子で隠れている。
中将は、「お前の主となる男だ。挨拶せい」と声をかける。
娘は帽子をとって頭をさげた。
「覚えてはおらんじゃろ……おられませんでしょうが、お前に命を……主さまに命を救っていただいた……」
「アンジェリカ姫!」
思わず立ち上がる。
もうあの頃のような、ジャリではない。背も手足もスラリと伸びて、すっかり年頃の娘になっている。
「……おぼえておって、くれたか……」
泣き出しそうになるのを、堪えていた。
中将の顔と、交互に見てしまう。アンジェリカは胸に飛び込んでくる。助けを求める視線をヤハラにむけても、軍師はポンコツ・モードに入って動けなくなっている。
何がなんだか、わからなくなった。
「説明しなけりゃならんな」
中将は咳払いひとつ。
アンジェリカとその姉姫は、ドクセンブルグの城で幽閉生活を送っていた。しかしビラモア砦で捕らえられ、同じく幽閉生活を送っていた第六王子が、何者かの手によって殺害されてしまったのだ。
下手人はまだ、誰なのかすら判っていない。
そこで身の安全を考慮して、ノボルのところに連れて来た。ということだ。
「ドルボンド王家の生存者は、いまや平和の象徴。ワ民とド民の友好の証。それをワイマール王室が殺した、なんてことになると、旧ドルボンドの領民もうるさくなるからよぉ」
ここは一丁、貰ってやってくれねぇか。と中将は言う。
「なぜ、俺なのですか?」
「剣豪ヒノモト・ノボルのそばにあるなら、誰も手は出せねぇだろ。それによぉ……」
中将はニヤニヤと笑う。
「お前のとこに行くと知ったら、途端に生き生きしたんだぜ、姫さんはよぉ」
「ちちち、中将! 妾はまだ戦没者の菩提を弔っておるのじゃ! 個人の喜びなど、とうの昔に捨てておる!」
「おや、姫。平民の言葉を忘れておりますぞ。というかヒノモトのそばへゆくのは、個人の喜びにあたるのですかな?」
「くっ! ……ぬぬぬ」
しおらしい泣き顔が、眉を吊り上げて怒っている。おそらくドクセンブルグでは、こんなことはなかったのだろう。中将の顔に安堵が浮かんでいる。
「別な言い方すりゃあよ、平和と友好の象徴を、護衛して貰いてぇってことよ。頼まれちゃくれねぇか?」
「そういうことでしたら」
近頃は書類仕事ばかり。訓練をしたり稽古をしたりはあったが、本業は剣士である。やはり、血が騒ぐ。
「おまかせ下さい」
「おう、目が輝いてんじゃねぇか。よっぽど書類仕事が嫌だったんだな」
「いえ、そのようなことはありませぬ」
「お前さんが言うと、まったく信憑性が無い返事だな」
しかし、話はまとまった。そうなると、アンジェリカをどこで寝泊まりさせるか? だが……。
「んなもん、お前のとこに決まってるだろ」
「は?」
「護衛は四六時中ってこたぁよ、お前さんの家で寝泊まりさせんのが道理だろ」
「マズイでしょ、さすがに」
反論しようかと思ったが、アンジェリカが胸の中から見上げてくる。
「迷惑か、ヒノモト。こう見えて妾、炊事洗濯針仕事。この三年でずいぶんと腕を上げたのじゃ。こき使ってくれても、かまわんのじゃぞ?」
「いやしかし年頃を迎えんとする娘と、ひとつ屋根の下というのは」
「お前さんでも、辛抱たまらんか?」
ノボルには、三年ものあいだ文のやりとりだけで待たせていた、娘がいる。リコだ。あれに不実を働く訳にはいかない。
「なに、ヒノモト。妾のことなぞ性奴隷か、性欲処理の便利な女と思ってくれてかまわんのじゃ。遠慮はいらんぞ?」
「……………………」
そのようなこと、本心で言っているはずはない。かすかに身体が震えている。
「ヤハラ、寝具一式用意できるか?」
ノボルの住まいに入れることを、決めた。
そして中将に向き直る。
「わかりました中将、このヒノモト・ノボル。アンジェリカと寝起きをともにし、護衛することを御約束します」
「済まねぇな、無理言っちまってよ」
中将は帰っていた。
今日は早引きをすると、ヤハラに告げる。
「アンジェリカを家に招くのでな」
「正気ですか、殿」
「約束したのだ、同居はやむ無しであろう」
「いやしかし……」
「アンジェリカ、参るぞ」
「かしこまりました、ヒノモトさま」
衣類や下着などが入っているのだろう。旅用の鞄を提げて、アンジェリカはついてきた。
庁舎という名の納屋の裏に回る。道具小屋があった。アンジェリカは、何か必要な道具があるのか、と訊いてきた。ノボルは首を振り、ドアを開いた。
土間より一段高い床板。畳が三枚敷いてある。そして奥には積まれた寝具と、ささやかな箪笥。
「ここが俺の住まいだ」
さすがに肝っ玉お姫さまも、驚いたようだ。目を見開いている。
土間の隅には、水を貯めた樽に柄杓が浮いている。井戸は外。毎朝汲むのが日課だ。風呂は無い。稽古の後に、水をかぶるだけだ。例え冬であろうとも。暖房器具は、火鉢があるだけ。
他には、食器があるだけだ。
「……領主になったというから、贅沢ならずとも、人らしい暮らしをしているかと思えば……」
「身分低い民など、こんな家に五人六人と住んでいる。俺など恵まれている方だ」
「いや、日々の暮らしを民と同じく質素にして、という汝の在り方。このアンジェリカ、胸を撃たれたぞ。さすがは妾の夫にと見込んだおと……いや、なんでもない」
「とはいえ、風呂くらいはどうにかせんとな」
この時期に水浴びをさせて、風邪でもひかれたらノボルも困る。さてどうするかと迷っていたら、ロウ入道とテライモが木材やら鉄鉢やら担いできた。
「親分、風呂の材料ですぜ」
「……早速……つくる」
「二人とも、これはどういうことだ?」
「いえね、ヤハラの兄貴が『殿が風呂無しの屋敷に、嫁を迎えた。二人でなんとかしてくれ』ってね」
「断っておくが、嫁ではない。護衛の対象だ」
「どっちでもいいや、いずれはヤッちまうんでしょ?」
「護衛の対象をヤルという、ヤクザな発想はどうかと思うぞ」
「……親分、そこ……邪魔」
屋外に杭を刺し、木槌で打ち込む。どうやら風呂は屋外設置のようだ。
「外は寒かろう、アンジェリカ。中に入ってなさい」
あ、靴は脱いであがるのだぞ、と付け加えた。




