たぬきの皮算用に御座候
わたくしの商会を、より大きくするためですわ。などと言われて、ハイそうですかと言うほど、ノボルも馬鹿ではない。商会を大きくするのなら、こんな田舎に商会を置くよりも、大きな街に置いた方が効率的が良い。
しかしノボルの疑念を読み取ったか、イズモ・キョウカは言葉を続けた。
「ならば大きな街に商会を置くべきだ。そう思ってますのね、ヒノモトさま」
「左様」
「その疑問にお答えしますわ」
たぬきは胸に手を当てて、心痛める乙女の仕草だ。
「わたくしの商会など、まだまだささやかなもの。他の強力な商会に弾き出されて、大きな街では勝負になりませんの」
「田舎町では、余計に勝負できぬであろう」
「何しろわたくし、可憐な乙女。かよわいものですから」
「可憐な乙女が、ヒノモトの忍びを連れて歩くかね」
ノボルは窓の外を見た。庭木の枝に寝そべった、髪の長い娘がいる。雑兵隊の部下たちは、彼女にまったく気づいていないようだ。
「キョウカどの、以前お会いしたときは、あのような者はそばにいなかったようだが?」
たぬきは上品な仕草で胡散臭い笑顔を見せた。
「彼女こそがわたくしの護衛ですが、あの折りは必要ありませんでしたので」
「イズモの御令嬢が、不用心な」
「ふふふ。ですが、そうではございませんか? この世の中で、ヒノモト・ノボルが座している刀剣商より安全な場所が、他にありまして?」
……この娘、やはり認識が甘い。とノボルは踏んだ。
世の中には化け物に例えられる人間が実在していて、俺などはケツの青い小僧ッ子に過ぎぬのだ。例えば、俺の師匠とか俺の師匠とか俺の師匠が化け物に当たる。
己の身を下げた例えなのだが、そこはノボルにとって嬉しいものだった。なにしろ、まだまだ剣というのは先があり、極めても極めても、なお極めきれないという証拠だからだ。
もちろんそんな想いは、昨日までオシメをつけていたこんな小娘に、伝わるはずも無い。
たぬき娘は自分の都合だけで、急に真顔になった。
「冗談抜きで申し上げますとわたくし、以前はワイマール国内で商いをしておりましたが……この度ドルボンドがワイマールの領地になりましたわよね?」
「ふむ」
「そこで最西、ヒノモトさまの領地に拠点を移しますと、あら不思議。ワイマール・旧ドルボンド。さらに西のアサルト王国が、商いの相手になりますのよ? たぬき商会のみならず、さまざまな商人が今、旧ドルボンドの領地をねらっていましてよ?」
なるほど、商人にとってこのブラフという田舎町は、ホット・スポットになる。ということだ。
しかし、重要な案件は、ヤハラに相談した方がいい。ノボルはこの領地の軍師に目をむけた。
「……………………」
珍しいものを見た。
ヤハラはまばたきもせず、計画書に囚われていた。この様子だと、金縛りにあったように動けないに違いない。
いかがなされたヤハラどの、とノボルも計画書をのぞき込んだ。
……なにやら、見たこともない数字が並んでいる。
「キョウカどの、支度金とかいう項目に、見たこともない数字が記されているが?」
「土地の買収、集荷場の建設。荷役や運搬馬車の手配。貿易登録と許可証の代金。商会本部の移設というのは、本当にお金がかかりますわ……」
「いや、これは個人で支度できる金額ではなかろう」
ですから、とキョウカは片目をつぶる。
「商会が支度しますのよ?」
「しかも、その後の項目が……」
「繁華街、商店街、娯楽場の建設ですわね? ウチで支払った賃金を、他所にバラ撒いてどうしますの? 外には流さず、たぬき商会で回収。むしろ他所のお金を、ブラフの町に引っ張ってくる努力をしなくてはなりませんわ」
その繁華街で回収する金の中には、自分や部下の給金も入っているのだろうと、ノボルにも想像できた。人はパンのみにて生きるに非ず。酒も必要なり、とは雑兵隊の合言葉だ。絞り取られるのは、目に見えていた。
「とはいえ、扱う商品がヒノモト産の焼き物とは……。アサルト王国には、皿も茶碗も無いのか?」
クスクスと、またもやたぬきに笑われる。
「ヒノモトさま、世の中には値のつけられない物……つまり、こちらが好きな値をつけてよろしい商品が、ございますの」
「商品の値は、商人がつけるものではないのか?」
ノンノンノンノン、ノン。ノボルの目を捉えたまま、たぬきは首を横に振った。そろそろノボルにもわかってきた。これはイズモ・キョウカが、ロクでもないことを言い出す前触れだと。
「例えばヒノモトさまは現在、戦さで大活躍をなさいまして、領主さまに就かれました」
「そうだな」
「もしもヒノモトさまのお師匠さまに商売っ気があり、ヒノモトという土地の鎖国がなければ? ……近隣領地からお師匠さまの元へ、剣術修行や入門される方が、倍増するとは思いませんか?」
「それはそうだろう……屍の山が築かれるけどな」
「そうなるとお師匠さまは、月謝をつりあげることができますのよ?」
「キョウカどのの例えは、あまりピンと来ないなぁ」
例え話が師匠というあたりが、悪いのだ。師は一日二号半の麦飯を、近所の小川でとれた雑魚の煮付けで食らい、徳利酒ひとつ空ければごきげん、という男だ。大金を持った師、山国の美酒を味わう師など、想像ができない。
「ところがヒノモトさま、それを実行した者もいらっしゃいましてよ?」
「ほう?」
にわかに、敵愾心や競争心が湧いた。俺の師匠より高額な月謝をとるのだ。それだけの価値ある剣かどうか、一手御指南授かりたいものだ。
もちろん、それだけの価値が無ければ……。
ヒノモトという土地には、奇病が蔓延していた。奇病の名は、「ウチの流派こそ最強病」である。
この病気は兵法修行者が患いやすく、修行する者が熱心であればあるほど、患いやすい病だ。
症状として現れるのは、自分の流派が最強だと盲信する。他流派が最強を名乗れば、無性に一手授かりたくなる。授かりに出かけて口ほどにもなければ、必要以上に叩きのめす。などが顕著だ。
最強を名乗ったおぼえは無いが、天神一流の『一流』が気に入らないと、いちゃもんをつけてきた者がいた。……それも、かなりの数。
たいした腕でなければ、師はノボルに対応させた。少しできるようならば師は、「ワシにやらせろ」と前に出た。
結果は、いつも同じ。ノボルは近くの骨接ぎに、患者を運んだものだった。
まあ、なにが言いたいかというと、『天神一流よりも高い月謝をとるのなら、それだけの覚悟はしてもらおう』ということだ。
「して、キョウカどの。その命知らずは、どこの誰ですかな?」
「タイ・ゴン中隊長さまの、剣のお師匠さまですわ」
「おや?」
「今やワイマールに名高い雑兵隊の中隊長さまを、幼少のみぎりより指導してらしたのですから、入門者が続々わらわらと。今や月謝も、大銀貨一枚(日本価格一万円ほど)という大指南所に……」
なるほど、ゴンの師匠では斬る訳にはいかない。
「で、ヒノモトさま。なんの話でしたか、おぼえておいでですか?」
「なんの話でしたかな?」
「価格を決める話です。つまりヒノモトの陶器は希少価値がございますので、美しいでしょう? と言ってふっかければ、二束三文のお皿が、美術品として高値で捌けますのよ?」
「詐欺ではないのか、それは?」
「美術品とは『満足』の価格。その価格は他人に自慢する時、高ければ高いほど価値がございますのよ?」
「大丈夫なのか、その商いは?」
「わたくしこう見えましても、『美術品を見る目のない方々』を、多数存じてましてよ?」
「訴えられないか、と訊いている」
「訴える、という行為は、騙されたことを認める、と同義語ですので。気位ばかり高い方々は、決してそのようなことをなさりませんわ」
本当にそんな商い、上手くいくのだろうか?
その問いにたぬき娘は、「まず本物をお祖父さまにお買い上げ……あるいはこちらから献上いたしますわ」と答えた。
天下のイズモ商会総帥、イズモ・タロウの所持する美術品。取引価値は、それだけで保証付きとなる。しかも希少価値が高いと来たものだから、富豪たちはこぞって買い求めるのである。彼らに必要なのは、本物ではない。自慢の種なのだ。
「もちろん『本物』も、商いますけれどね」
可愛らしく、小さな舌を出してみせる。しかしノボルには、悪鬼の舌なめずりにしか見えなかった。
そして、たぬき商会の進撃は止まらない。美術品でアコギな稼ぎをしたら、次は刀剣の商いである。主力はもちろん、ヒノモトの刀。そしてノボルには馴染み深い、鎖帷子である。このふたつの価格を、国内でつりあげるのだ。
いや、ヒノモトの刀を、その性能に見合った価格にする、と言った方がいい。ノボルの薄給でさえ、すぐ手に入れられる価格を、適正なものにしたい、という。
「それは困るな。我が隊では最近、天神一流の教伝を始めたばかりだ。まだ刀が行き渡っていないのに、価格が上がるのは大変に困る」
「そう思いましてたぬき商会では、雑兵隊にヒノモトの刀・大小の揃い一二〇セットを、献上したいと思ってますわ」
「なぬっ?」
「もちろん、最近ヒノモトさまが求めていた、稽古着、袴、帯。そして木刀の大小をセットで一二〇セットも」
「……………………」
「まだ首を縦に振ってくださいませんの? それではヒノモトさま個人に、サプライズも贈呈しますわ」
「領主さま、今すぐたぬき商会の設立を認めてください」
ようやくヤハラが復活した。
「たぬき商会は、間違いないと見ました。というか、貧乏はそろそろ脱却しましょう。領民のためにも!」
領民のためと言われれば、ノボルも弱い。そして、刀や稽古道具も魅力である。
胡散臭いながらも、たぬき商会の申し出を了承した。




