たぬきの逆襲に御座候
辛くとも迷えども、ノボルたちの戦さは続く。
第二王子は一時的な帰国。戦勝の報告と、ド国王女二人の護送が目的だろう。だろうというのは、それを確認する前に出撃命令が出たからだ。
ノボルたちの任務は、レジスタンスの掃討。国が敗北したとあっても、それを認めない派閥は、まだ存在する。それを一掃しなければ、本当の意味での終戦は迎えられない。
第三王子はコズミク城の維持と、早急な復興の下ごしらえ。レジスタンス掃討には、第四王子が乗り出した。地方諸侯の中には、兵を出していない者がいる。半分しか出兵していない所もある。
レジスタンスだけでなく、それらの兵を解放するのも、掃討部隊の仕事であった。
「雑兵隊、前へっ!」
盾を構えたノボルの隊が、前へ出る。屋敷の門は、鉄柵で閉ざされていた。
「ヒノモト中隊長、大隊長から、良ければ突入の号令が出ています」
ヤハラの言葉に、ノボルはうなずいた。ノボルの号令に、兵たちは突撃を開始。ハンマーで鉄柵を破壊し、盾と弓を構え、雑兵隊はなだれ込む。
すると、武装を放棄した兵隊が整列している。領主自身が国旗を降ろし、折り畳んでノボルに差し出す。
そんな領地が大半だった。
もう、戦っても意味が無い。彼らが忠誠を誓った王室は、もう存在しないのだ。
「なんか物足りねぇなぁ、どいつもこいつも、尻尾巻きやがって」
「そう言うな、入道。人が死なないのは、何よりではないか」
「ですが親分、レジスタンスは勢力を集めるために、西へ西へと流れてるそうですぜ」
カイの忠告は、主にヤハラから出された物。そしてヤハラはライゾウから情報を仕入れている。カイとライゾウは、ヤハラにとって使い勝手がいいようだ。本来なら二人はノボルの兵であるから、ヤハラが利用することは許されない。しかし隊全体のためならば、隊が討伐隊の役に立つならばと、目をつぶっている。
「ということだ、入道、テライモ。まだまだお前たちの働きが必要だぞ」
仮にも一国の領地を横断するのだ。それも領地の制圧をしながら。季節は冬を迎え、春が過ぎ去り、夏の盛りを迎えた。
西国最大の領地、ラスバルクに到着した。そこには各地からかき集めた、レジスタンスたちが集結していた。
ワイマール軍は制圧した領地に、治安維持のため兵を割いてきた。おかげで苦戦の連続だった。しかし雑兵三個中隊が踏ん張り、前線を維持し続ける。
矢をかけながら引き付けて、刀槍で追い返す。敵が突撃の気配を見せたなら、ノボルまで矢を放ってその意気を潰した。
しかし秋も深まってくると、さすがに雑兵隊も疲労を隠せなくなってきた。負傷者が続出し、戦線の維持に影響が出始める。
そんな時だ。ドラゴ中将と第二王子が兵を集めて、戦線に帰ってきたのは。
砦の攻防戦、攻城戦でワイマールに寝返った内通者の助けもあり、冬のおとずれを前にワ国・ド国間の戦争は集結することができた。
平和が戻ってきた……訳ではない。これからは治安維持のため、兵を駐屯させなければならない。そして第二王子を中心に、あらたな領地として旧ドルボンドを維持、運営してゆかねばならない。
ノボルたちは各地に散り、そのまま領軍……実質的領主におさまった。
ノボルの領地は最西、ブラフという農地。いわゆるド田舎というやつだった。
「領主どの、仕事の手始めとして領地視察など、いかがでしょう?」
雑兵隊はそのまま、領兵ということになった。ワイマール軍でありノボルの私兵ではない。しかしノボルの指揮で動く兵だ。その兵団に囲まれ、川下を視察した時である。
ノボルは声を失った。
この土地には、ちゃっかり貯水地があったのだ。ワイマールの貯水地には散々いちゃもんをつけ、戦争の発端になり国まで滅ぼしておきながら、手前たちはすでに貯水地を隠し持っていたのだ。
後で判明したことなのだが、この貯水地を利用し、川下の国からしっかりと水料金も徴収していたりする。
このようなこと、アンジェリカには伝えられん。ノボルは暗澹たる思いに駆られた。となりで馬を操るヤハラも、声が出ない。
そして前領主から仕事を引き継ぎ、文官とともに平民の身へ下げ、要職を部下とヤハラで占めて、運営を軌道に乗せるまで一年。復興が芽吹くまで、さらに一年。
まさしく目の回る忙しさだった。
ワイマールに反抗的だった豪農から、摂取した土地。今は雑兵隊駐屯地指令部(実際は納屋)の窓から、ノボルは冬間近い枯れた農地を眺めていた。
「殿、そろそろお時間です」
「うむ」
振り返ると、ヤハラが待っていた。ノボルは刀を腰に落とし、表に出る。目指すは屋内錬兵場。兵士一二〇名が待っている。
床板も張っていない土間に、素足の兵たちが正座で待っていた。
ノボルも着座。そしてワ国へ向き直り、一礼。元に戻り、「これより天神一流兵法陸奥派。一〇日目の教伝を始めます」と言った。
ゴンや、旧雑兵隊にも見せたがらなかった剣術を、伝え始めて一〇日。このブラフの街には娯楽が存在しなかったため、やることがなかったから教えはじめたものだ。
そして剣を教えるということは、平和の訪れとノボルは思っている。
もう俺は、流派を隠す必要は無い。戦いは終わったのだから。というのが本音だ。
……ただし、教えるのは切紙の技まで。そこから先は俺に弟子入りしろ、という武術家特有のケツ穴の狭さは、もちろん持っている。
「だって稽古着もなけりゃ木刀も無し。正しい天神一流なんて教えられないも〜〜ん」
「親分、なにか仰いやしたか?」
「いや、なんでもない」
実際、服装はまちまち得物はバラバラ。まともに稽古をつけられるのは、ヒノモト出身の四人しかいないのだ。
できることと言えば、真剣を使った素振り。相手を置かない組太刀(型稽古)くらいのもの。最初に居合から入門する天神一流とは、とても言い難い。
そんなある日。
「殿、お客さまです」
珍しくヤハラが、渋い顔をしていた。思わずノボルも、中将か王子から説教されるのか、と身構えてしまう。
しかし、客は娘であった。
薄い栗色の髪は、毛先で根性なくへなへなと波打ち、肩より長く伸びている。上物の生地を使った衣を着ている。お人形さんのような顔立ちだ。そして歩き方は、あきらかにどんくさい。
はて、どこかで会ったような? しかし、思い出せない。そして悪いことにノボルは、「どこかでお会いしましたか?」という一節が、娘を引っかけるときの決まり文句だと思い出した。
だから、「……………………」と、口をつぐんでいる。
娘は応接用のソファに腰をおろした。
「お懐かしくございます、ヒノモト・ノボルさま。ブラフ領主に就かれましたお祝いが遅くなりまして、大変申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ。むしろ俺……私の方から連絡差し上げなければならないところを、わざわざこのような僻地まで足を運んでいただいて、汗顔のいたりでございます」
チラリとヤハラを見る。澄ました顔に戻っていた。ノボルの挨拶は、合格だったらしい。
「ヒノモトさまと出会った日のこと、わたくし今でも昨日のように思い出せますわ」
「そう、あれは若葉が青々と茂る、夏のはじまりでしたか」
ノボルは適当に話を合わせた。
「あら、ヒノモトさま。あれは桜の舞い散る、春のことですわ」
「おっと、これは勘違い」
チラリとヤハラを見ると、仁王さまか閻魔さまのような顔をしていた。
なにもそこまで怒らなくとも。やはりヤハラどのは、俺にだけ厳しい。ノボルは心の中で愚痴めいた。
すると娘は鈴が転がるような声で、上品に笑った。
「ヒノモトさま、ドクセンブルグに桜はございませんことよ?」
「し、しまった!」
「その御様子では、わたくしのことなど、すっかりお忘れですわね」
「お、大人をからかうものではない」
「剣を手にしては無双の働きをみせるヒノモトさまにしては、御言葉に張りがございませんが……どこか御加減でも悪いのでは?」
「そのようなことは……」
「でもわたくしのことは、すっかりお忘れでしたわよね?」
「……………………」
「せっかくこの日まで、ヒノモトさまと再び相まみえることだけを楽しみに、日々女にみがきをかけてきましたものを……」
ヨヨヨと泣き崩れる。
もはやノボルに打つ手はひとつ。過去に関係した女を、片っ端から思い出すのみ。
「ずいぶんと髪色が変わったな、アンジェリカ」
「誰ですの、それ?」
「……ではリコか? そんな訳はないな……」
「そんな訳はないと思っていても口にしてしまうあたり、ヒノモトさまブラボーですわ」
「他に俺と関係した女は……」
「もう少し、もう少しで思い出しますわ、ヒノモトさま」
「そうだ、イズモ……」
「あと一息ですわよ!」
「イズモのタヌキ!」
ヤハラの拳が、ノボルの頬を貫いた。ナックルの返った、よい右であった。
イズモ・キョウカは茶を口に運ぶ。
ヤハラは澄ました顔で、入り口のそばに控えている。
そしてノボルは、左の頬を少しばかりハラしていた。
「して、キョウカどの。本日はいかなる御用で?」
「単刀直入ですのね、ヒノモトさま。ま、わたくしとしても、話は早い方が嬉しいので……」
イズモの娘は、書類の束を取り出した。「たぬき商会設立計画書」と書かれている。
「こちらの街に、商会の本部を移転したいと思いまして」
「本気ですか? 何もない土地ですぞ」
「運んできた商品を、いくらでも収用できますわね」
ノボルは計画書をめくってみた。文字がビッシリ並んでいる。とりあえず、ヤハラに渡した。
「して、商会を置く本当の目的は?」
「あら、逃がしてはくださいませんのね、ヒノモトさま」
どこからどう見ても、胡散臭い笑顔だった。
しかし、この言葉は嘘ではないように思う。
「わたくしの商会を、より大きくするためですわ」
嘘ではないと思ったが、本当のことも言っていないように感じていた。




