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鬼哭に御座候


「ただし、アンジェリカ姫。汝が父王は、首を落とされなければならん。これだけ多くの人間が、命を落としているのだ。その責めは、王が負わなければならん」

「……妾に……口出しはできぬ」


 紅葉のような手が、ノボルの合わせを握り締める。唇を噛み締めて、涙を堪えていた。それは自分の敗北を恥じた涙か、国を無くす涙か。それとも肉親を失う涙なのか。

 ノボルにはわからない。


「雑兵隊、進撃する」


 ノボルの声に、兵士たちはまとまった。後に続いて、階段を登ってくる。アンジェリカは、着物の襟を離してくれなかった。仕方ないので、片手で抱き上げて歩く。

 粛々と歩みを進め、ついに玉座の間へ。その椅子には敗れたれどもなお、威厳を保つ王の姿があった。傍らの椅子には妃。寄り添う姫。そして控えには、短刀で胸を突いた二人の年若い王子が、横たわっていた。


「救護!」


 ノボルは命じたが、王は手遅れだ、と制した。


「……そのままにしてやってくれないか。ようやく眠りに、落ちたところだ」


 慈愛に満ちた眼差しが、ノボルをとらえた。

 アンジェリカをおろす。「父君に別れを告げよ」と言っても、ノボルを離さない。

 ド国王は声をあげて笑った。


「アンジェリカは、そのように育てたからのぉ」


 執事に目をやる。年寄りは察してくれた。ノボルからアンジェリカを引き離す。そして玉座の間から、さがらせた。

 ノボルは刀を抜き、刃を向けぬよう背中に回してから、肩膝をついた。


「おそれ多くも大国ドルボンドを統べる国王に、賤しき身の者が進言いたします。戦局はドルボンドに傾くことなく、いまやいたずらに将兵を失うばかりなり。かくなる上は一兵一将を救うべく、陛下にその責を負われたく存じます。恥ずかしながらこのヒノモト・ノボル、天神一流の免許技をみな伝えられた身。陛下の黄泉路を迷わせぬだけの技は、しかと心得てございます」


 前と同じように、正しい口上かどうかなど、わかりはしない。

 ただ一途に心を込めて、真心を込めて、狭き黄泉路を照らしただけだ。


「そなたに、ゆだねる」


 国王陛下が、立ち上がった。兵に命じて箱を用意させる。

 その箱の上に、脇差しを外して、置いた。


「ワイマール王国ヒノモト州の民が、身を処する時の作法に御座います。陛下は腹を寛げてのち、この脇差しにて腹を召しますよう」

「わかりました」


 一国の主は、ノボルごときに微笑んでくれた。

 ノボルは目を逸らす。その眼差しがまぶしすぎて、見ていられない。

 陛下は腹を寛げた。ノボルは背中をむける。腹を召す者が心乱さぬよう、そっと刀を抜く。

 衣擦れの音。陛下が脇差しに手を伸ばした。こうべを垂れている。

 振り向きざま、ノボルは刀を振り下ろした。

 断ったのは脛椎のみ。それだけで国王陛下は肉体という枷を離れ黄泉路へと旅立った。

 天神一流、礼刀。この形が、本当の姿だ。

 妃も胸を短刀で突いた。その首も落とす。苦しみから解き放つためだ。


「国旗を……」


 ノボルは兵に命じた。


「城に翻る国旗をワイマールのものと取り替え、終戦ラッパを鳴らすべし」


 さらに命じる。


「外したドルボンドの旗は燃やすことなく、必ずこの場へ届けること」


 兵が走った。

 それから、ラッパが鳴り響く。

 そこから少し、ノボルにドルボンドの旗が届けられた。

 その旗で、亡骸を覆う。


「お父上っ!」


 アンジェリカが飛び込んで来た。ドルボンド旗にすがりついて号泣する。

 生き残った姉姫が優しく、小さな背中を撫でていた。

 アンジェリカは身を起こし、ノボルの胸に飛び込んで来た。柔らかな拳で、ノボルの胸を叩く。

 無情というならば無情。アンジェリカの鳴き声を隠すように、終戦を告げるラッパが、いまだ鳴り響いていた。

 なおもアンジェリカは、ノボルを打った。返り血まみれの和服に顔を埋めて、自らも赤鬼になることを厭わず。


「……まだ泣くか。それとも先へ、歩むか?」


 ノボルの胸に顔を埋めてグズグズ言っていたが、ようやく顔を上げる。


「妾は、民を救う。例えこれから先、いかなる辱しめを受けようとも、きっと耐えてみせる。妾が救うた民に罵られようとも、妾は決して悔いはせぬ。……ヒノモト、案内せよ!」

「姉姫にはまかせぬのか?」

「姉上はそのような場に似つかわしくない! このアンジェリカが出る!」


 涙と父の返り血を拭い、アンジェリカは歯を食い縛った。まだ歯の隙間から、ヒィヒィと嗚咽がもれているが、そのようなものはノボルの耳に届かない。

 眼下、窓の下の戦場は、すでに終息へと向かっている。城壁の外では、ドラゴ中将と王子たちが、駒を進めていた。

 執事とメイドたちに、姫を囲ませる。その上で階段を降りた。途中、小さな鎧兜も拾ってゆく。


 城から出ると、ワイマールの将兵が沸いた。ドルボンドの兵たちは、がっくりとうなだれる。

 捕虜を整列させ、兵を整列させる号令がかかった。

 雑兵第二中隊のノボリを先頭に、担架に載せられドルボンド旗に覆われた、国王の亡骸。妃、王子たちの亡骸。メイドと執事に囲まれた二人の姫君が続き、雑兵隊がそれに従った。

 中隊の行進が止まる。アンジェリカが鎧兜を着こんでいるのだろう。ワイマール第二王子の前に出るのに、レオタードは無い。ノボルは時間を費やすことを許した。許したのだが……。


「ヒノモト中隊長、アンジェリカ姫が呼んでいます」

「何事だ?」

「知りません。ですがとにかく、近うと」


 行ってみると、アンジェリカは毅然として立っていた。


「いかがなされましたか」


 ノボルが問うと、「妾とて、辱しめを受けるのは苦痛じゃ」と言った。


「すまぬ、ヒノモト。これが最期じゃ」


 アンジェリカは抱きついてきた。怖いのだろう、無理もない。年端もいかぬ娘が、一国の責を負うのだ。ノボルは髪を撫でてやる。


「そなたに撫でてもらって、妾も勇気が出た。礼を言う」


 そう言って、顔を上げる。背中を向けた。見るまに、アンジェリカはメイドたちをかき分けてゆく。

 壇上にはジャック第二王子。アンジェリカはその前に出て片膝をつき、こうべを垂れた。


「偉大なるワイマール王国の勇敢な将兵たちの働きにより、我々ドルボンド国は完敗しました。願わくば寛大なるワイマール王子よ、我が首とひきかえに罪なき民と我が姉姫の命を、何卒救うことを約束されたい」


 堂々たる口上だ。

 幼くとも、一国の代表たる器だと、ノボルにもわかる。

 突然、ヤハラがしゃがみ込んだ。「周りを囲め、背を向けよ」と、兵に命じる。

 うっすらと聞こえてくる、ヤハラの声。


「……よく御聖断くださいました……よくぞ御聖断くださいました……これで民は、みな救われます」


 ヤハラに似合わぬ所業かもしれぬ。しかし。

 誰も彼も、立身出世のためにだけ、将兵を目指している訳ではない。己の才覚を花開かせるためだけに、人を殺している訳ではない。ただ民のため。罪なき人々の安寧のためにだけ、我々は戦っているのだ。

 あらためて、ただではなくなった己の身を思う。

 しかし同時に、師の笑う顔も浮かんだ。



 化天は夢よ

 ただ狂え

 やれ遊べ



 師の好きな言葉である。何故かそれが胸をよぎった。

 王子はアンジェリカに向かい、ここで戦さをやめることを告げ、「その条件として民将兵の前で、これを宣言してください」と紙を渡した。

 ドルボンドの末姫は書面に目を通し、ノボルたちに向き直った。


「今日この場で、我々ドルボンド国はワイマール王国に敗れたことを、ここに宣言する」


 アンジェリカは一旦紙をおろした。つまりこれからの一節は、アンジェリカ自身の言葉である。


「我々王室の蒙昧なる政策に、ある者は苦しみ、ある者は嘆きの日々を送ったはずだ。妾は亡き父母にかわり、ここに詫びを入れる。すまなかった」


 そんなこたぁねぇ。最高のお姫さまだったよ。そんな声が、あちこちからもれてくる。

 アンジェリカは書面を読み続ける。


「此度の戦さはひとえに我々王室の過ちであり、民草にその責任は一切ない。よって我々はこの愚昧なる王室を閉鎖し……」


 姉姫とともに、平民へと身分を落とすと言った。


「これからはワイマール国王を新たなる君主と仰ぎ、平和を愛する国家として邁進してもらいたい」


 ここでアンジェリカは、書面を折り畳んだ。


「……妾は余生のすべてを、此度の戦さで命を落とした者を、とむらい続けると、みなに誓う」


 ノボルは口がふさがらなかった。目の前で、終戦の御詔が読み上げられたのだ。そして、王室閉鎖の宣言。君主移動の宣言。果てはアンジェリカ自身による、平民宣言だ。

 ドルボンド国という国が、目の前で崩れ落ちてしまったのだ。

 ……俺たちは、なんということをしでかしたのか。

 まさかこの一戦で、このようなことになろうとは。誰も予想できなかったのだろう。声を発する者は、一人もいなかった。

 そしてあの幼な子が、死者をとむらうことに、生涯を捧げると言う。

 そんな生き方を押しつけたのは、他ならぬノボル自身であった。

 何度も何度も立ち上がってきたアンジェリカ。その幼い背中には、民すべての命が背負われていたのだ。だからこの姫は、立ち上がることができたのだ。




 俺は、なんということをしでかしたのか。

 再び思う。

 そして師の言葉が、何度も何度も繰り返された。


 化天は夢よ

 ただ狂え

 やれ遊べ


 師匠、お言葉はわかりますが、つらいものでございます。

 剣士のつとめ、如何なるや。ただ技に酔い、血に痴れて、カタキを一〇〇万葬りて、屍の山を踏覇せよ。

 そんな風に胸を張っていた時代が、懐かしい。

 今は、もうダメだ。あの頃にくらべれば、格段に強くなった。だがしかし、強くなった者には強くなった者の、責任がある。とてもではないが、強くなった俺ってばスゲーなどと、戯れをホザく気にはなれない。

 人の世というものは、夢幻に似たり寄ったり。一国の興亡を目の当たりにすれば、そう感じざるを得ない。しかし人は夢幻の中、足掻いて生きて行かねばならぬ。時に生爪を剥がしながら、泥坂をよじ登るが如く。

 そして泥亀のようになった我が身を、ただ笑うしかない。


 どこへ送られるのか? 王子たち、ドラゴ中将に囲まれるようにして、アンジェリカと姉姫は姿を消した。


今回は鈴木清順監督が松田優作に送った言葉をうろ覚えで引用し加工した言葉を使用しております。

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