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思いとどまり後戻り、斬らぬ居合に御座候


 決死の覚悟というものは恐ろしい。自分がどうなろうとも構わない。ただ敵の命を狙うだけ。惜しむらくは、それ故に隙だらけなることだ。特にド素人は……。

 入り身で槍をかわし、ケラ首を掴まえる。その際、手は「斬る手」を作る。槍のケラ首を刀の柄に見立てるのだ。その上で「斬る」と槍の先……この場合は石突きが刀の物打のように、存分に働く。つまりものすごい力で振れるのだ。その結果。


「ぬうっ、しまった!」


 相手の手の内から、槍が離れることになる。

 得物はすでにノボルの手の内。石突きを左右に振ると、まず執事が二人倒れた。メイドたちがその様子を見てしまった。動きが止まる、あるいは心が守りに入ってしまったのだ。

 その一瞬。ノボルは槍を捨てて踏み込んだ。メイドたちが構えを取ったときには、すでに懐の中。小手を手刀で打ち、槍を落としてから投げ技。叩きつけるのではなく、雑兵隊にむかって転がしてやる。

 女はそれでいい。しかし年寄りとはいえ、執事たちは力がある。当て身で意識を刈り取った。気を失った者は通路の隅に寄せて、メイドが転がる空間は確保する。そうでないと足の踏み場所がなくなってしまう。

 いかに達人対素人でも、相手が多人数の場合、それは大層困る。それも、ごちゃごちゃした動きの素人ならなおさらだ。


「ああっ! ジェイムズ、エリカ、スコット!」


 アンジェリカ姫の護衛は、次々と雑兵隊の手に落ちた。

 もう、姫君を守る者はいない。


「ぐぬぬ……おのれ、ワイマールの犬め……」


 アンジェリカはレイピアを抜いた。ノボルを仇敵と睨みつけてくる。


「待っておれ、者ども! いま妾が汝らを、魔の手から救ってやるからな!」


 構えた。なかなか堂に入っている。気丈な振る舞いといい、使用人を見捨てない心意気といい、城では相当にやんちゃ者だったことがうかがわれる。

 だが、ノボルからすれば、所詮は殿さま芸。入り身でかわし、ダンスのように手をまわす。抱き合うような形だ。

 そのまま左の手、肘、肩、腰、膝、足を踵方向に退ける。右の各パーツは押し込む形だ。そのまま振り向くようにして、右膝を着いた。左手は「斬り降ろす」ように手の内をきめる。

 グシャッという音がした。鎧兜が潰れる音だ。

 アンジェリカは敵将。使用人に対するのとは異なり、ノボルも手加減はしなかった。が、姫は背中から落ちた。鎧の重さを加えても、アンジェリカが軽すぎて一回転したのだ。


 それでも効果は十分にあったようだ。げふっと言ったきり、アンジェリカは動かない。

 メイドたちは姫の名を叫び、意識のある執事たちは己れの無力を嘆く。

 しかし……。


 もぞり。


 小さな甲冑が動いた。ジタバタ手足を動かして、起き上がれないと知るや壁際へと、仰向けのままにじってゆく。壁に手をつき、背中を支え、アンジェリカは立ち上がった。使用人たちの間から、声があがる。いや、雑兵隊も歓声をあげていた。

 しかも!


「このようなものがあるから、目測が狂うのじゃ!」


 ノボルを相手に、兜を脱ぎ捨ててしまったのだ。

 まだ一〇やそこいらだが、流れるブロンドに碧い瞳。細面の美形である。しかし、伸ばしすぎた髪が視界を遮る。


「姫さま、これを!」


 メイドがカチューシャを投げた。「助かる」、とアンジェリカは額を露出させ、髪を押さえた。


「……待たせたな、ヒノモトとやら。欠伸はせなんだか?」

「その根性、ただただ感服するばかり。欠伸の隙などありはせぬ」

「よき剣士だな。家臣に欲しかったぞ」


 アンジェリカは顔の前で剣を立て、今一度構えをとる。

 殺気、それもなかなかに鋭い。殿さま芸にしては、冴えたものだ。細い剣先を揺らし、誘いの罠を仕掛けながら、間合いを詰めてくる。

 しかしノボルは剣先など見ていない。アンジェリカの瞳も見ていない。肩や肘といった、突き込みの前触れが現れるパーツも、見ていない。

 ノボルが見ていたものは、アンジェリカの殺気。憎しみに揺れる、濁った戦気である。それも目で見ているのではなく、全身で見ていた、感じていた。

 そして、来た。

 かわす、小手を取る、首筋を押さえる。三つの動作を一拍子でおこなった。コツは両足中足部から両肩まで伸びる二軸の入れ替えと、足裏の使い方。そして姿勢と重心移動だ。


「ふぎゃっ!」


 顔面から地面に叩きつける。バウンドして身体が浮いたところで、今度はアゴから持ち上げた。腰を寄せる。大腿部でアンジェリカの踵を引っかけた。今度は仰向けで叩きつけた。簡単には立ち上がれないほど、強烈に。

 しかし誇り高い姫君は、足元をふらつかせながらも、立ち上がってきた。


「妾は目方が軽い割に、頑丈でな。この程度で参りはせんわい」


 なるほど、足元はおぼつかないが鼻血ひとつ流していない。鼻血ひとつ流していないが、足元はおぼつかない。


「さあ、もう一戦……」


 突っかかってきた顔面に、裏拳。手刀で意識を刈り取ろうとしたが、軽い身体が打撃を吸収する。幼い身体は宙で水車のように回転し、受け身も取らず地面に激突。それでも立ち上がってくる。また投げる。立ち上がるを繰り返す。

 さすがの根性姫も、何度か意識を失った。が、すぐに立ち上がり、立ったまま失神し、倒れる前に意識を取り戻す。


「……やはり、鎧が重たいか……」


 滝のような汗をかき、肩で息をしている。

 ノボルは執事を一人離させた。執事は姫の鎧を外す。可能なかぎり、ゆっくりと。

 良いインターバルだ。ノボルは思ったが、アンジェリカは回復の時間稼ぎを、まったく良しとしていない。「早くせい!」とか「モタモタするな!」と、むしろ執事を急かしている。


「みなが妾の助けを待っておるのじゃ! 家臣に苦痛の時を過ごさせるなど、主君の屈辱! ジイ、急げ!」


 圧倒的戦力差を体験しておきながら、もはや何ら手段のない手詰まりと知りながら、なおも勝つ気でいる。いや、家臣に最期まで希望を失わせない姿勢か。

 嘘だとわかっていても、家臣はこの君主に期待してしまうだろう。愛する君主の負担になると知っていながら、期待してしまう自分を止められないに違いない。

 もはや逆転の芽は無いのに、妾にまかせておけと、小さな君主は胸を張る。その姿は、ノボルの心をも動かした。


「たびたび済まんな、ヒノモト。しかし、礼は言わぬぞ?」


 動きやすそうな、身体に密着した桃色のレオタード。手足を包む白いタイツ。アンジェリカは明らかに、身を軽くした。


「そして申し訳ないのだが、妾にはもう、一撃を絞り出す体力しか残っておらぬ」


 膝がガクガクと笑っているし、時折意識を失っているが、殺気はこれまでの中で最も強い。


「……勝負せい……ヒノモト・ノボル……」


 グラつきながら、ようやく構えをとった。一撃を絞り出す体力しか残っていないと言ったが、ノボルからすれば、よくここまで立ち上がったと誉めたいくらいだ。このような、幼な子でありながら……。

 しかしあくまで立ち向かってくるというのなら。

 ……勝負をしてやるのが、礼儀というものだ。



 俺はこの娘を





 目の前にいる年端もいかぬ幼な子を



 この場で






 ……殺す


 左手で、グッと刀を引き寄せる。抜きつけて、斬りやすい位置だ。

 アンジェリカはにじり寄ってくる。が、ノボルの殺気の前に、足を止めた。前に出られない自分を恥じるかのように、焦れている。

 ノボルは右の拝み手。下から刀の柄に差し込む。小指と薬指が機械的に柄をとらえた。人差し指と中指はゆったりとしている。理想的な「斬る手」だ。

 アンジェリカは一度飛び退いたが、自分を叱るように、すぐ間合いを詰めてくる。

 ノボルは鯉口を切り、鞘の中で刀を走らせた。最初はゆっくり、だが徐々に速度をあげる。今にも切っ先は鯉口から離れようとしている。

 そして「斬る」という決意と殺気を放って……いながら、刀を止めた。

 アンジェリカは逃げない。しかし身を反らして、必殺の一撃を避けようとしていた。額には玉の汗。それがボタボタと流れ落ち、桃色のレオタードを濃く染める。

 ……ノボルの刃は……ゆっくりと後戻りして……鞘の内に……納まった。

 王女は肩をおろして、安堵のため息をつく。

 そしてハッと我に返った。


「何をため息ついておるかっ、妾は! これでは命乞いしたのと、同じではないかっ!」


 小さな拳でぺちぺちと床を叩く。つまり、アンジェリカはすでに腰を抜かしていた。床に伏して声をあげる。

 ノボルは背を向けた。戦う者、されど敗れし者の嘆きは、見て見ぬ振りをするのが礼儀である。


「……済まなかった、みなの者。妾は汝らを、守ることはできなかった。……かくなる上はこの一戦の責めを負い、幕を降ろそうと思う。汝らはこれから先も、よく堪え、よく生き、妾など忘れて幸せを掴むのだぞ」


 幼い主は座したまま、ノボルに向き直る。


「ヒノモトとやら、最期にひとつ願いをきいて欲しい。妾の首でよければ、これを差し出す。……だからこの者たちは、決して殺さぬようたのみた……」

「このっ、馬鹿たれがっ!」


 本気で張り手を見舞った。小さな身体が吹っ飛んで、壁に激突するくらい、力一杯ぶっ叩いた。


「汝死すれば、家臣ことごとく命を絶つ! それがわからんとは、なんたる暗君かっ! 汝が家臣は口惜しやと、そのことを嘆いているぞっ! 薄情な家臣に思われていたことを、心の底から恥じているぞっ!」


 ぶたれてもアンジェリカは、キッと睨み返してくる。本当は肉体が追いつかないだけで、闘志はいささかも衰えていない。


「ならばヒノモト! 生きて妾に何をさせるつもりかっ!」

「生きて、生きて生きて生き延びよ」


 蹲踞。ノボルは顔を近づけた。


「そうすれば、俺の首を落とせる日が、いつか来るかもしれん」


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