城攻めに御座候
ワイマールの兵隊と知って、外務大臣はさらに震え上がった。「なんでも喋りますから、命だけは」などと、涙ながらの命乞いまでする始末だ。
「ならば訊こう。王族はまだ城の中か」
「はい、その通りで。まったくあの連中ときたら、最期までワイマールに屈しないとかなんとか。意地を張らず、素直に投降すればいいものを」
「城の中に残っている王族は、誰と誰か?」
「国王に女王、第四、第五王子。それから王女が二人」
「一〜三の王子はどうした?」
「前線に立っておりましたが、今頃はすでに……」
外務大臣はいやらしい笑みを浮かべた。この場で斬りたくなるような笑みだったが、まだ訊かなければならないことがある。
「二人の王女は、城のどこにいる」
「玉座の間に、両親とともに」
「ヤハラどの、あれは何だ?」
ノボルは街を指さした。ヤハラが目を向ける。しかし、何も無い。
「どうしたのですか、ヒノモト中隊長」
「いや、いま空をカメが飛んでいたように見えたのだが……気のせいか」
「そうですか、ヒノモト中隊長」
「おかしなこともあるものだ」
「おかしなことと言えば、ヒノモト中隊長。外務大臣の首は、どこにやりましたか?」
「おや? 泣き別れになっているぞ?」
ノボルはすっとぼけた。
兵士たちからも、ヤハラに声がかかる。
「軍師どの! お城がっ!」
「また何ですか、今度は?」
「お城が建ってます!」
「城が寝ていたら大変ですが、建っているのは当たり前です」
ヤハラが振り返ると、外務大臣の取り巻き連中も、首を失っていた。
「ヒノモト中隊長、ドラゴ中将に言い訳するのは、誰だと思ってるんですか」
「ありのままを話せばよろしい。空飛ぶカメとか寝ている城とか」
「あなた私をクビにしたいんですか?」
首の謎に挑んでいる場合ではない。ノボルは鐘を鳴らせと命じる。これは、王族を捕らえたので「城内へ突入せよ」という合図だ。
「総員、鉢巻きとタスキをかけよ!」
城内の乱戦だ。同士討ちを避けるための、目印である。色は柿色。ビラモア砦で使用したものだ。
「先頭はロウ、第二中隊のノボリを持て! 味方に出くわしたら、『王族はいまだ城内にあり』と伝えよ! 準備できた者から、突入!」
準備ができているのは、まずノボル。真っ先に井戸へ突入する。「イチの子分、ライゾウが二番槍!」と忍びが続く。「雑兵隊イチの家臣、カイが続く!」となれば、「その剣にしびれたのは俺が最初! 入道ロウが旗持ちじゃ!」と巨漢が二人。「……兄者、続くぞ」テライモが飛び込む。
もちろん兵卒も次々と井戸の人。ノボルの背後、地下道は足音に満ちた。
ノボルとライゾウ、カイまでは足音を消している。しかしその後ろは、英雄豪傑たちの足音だった。
ノボルを追い越して、ライゾウとカイが先に立つ。それどころか、はるか先まで駆けてゆく。そして北通路と南通路の合流点で、左右に声をかける。
「王族はいまだ城内にあり!」
「雑兵隊は全力をもってこれを討つべし!」
何度かこれを繰り返すと、第一第・三中隊が到着した。ノボルは兵の足を止めていた。
「ノボさん、どういうことじゃい!」
「ヒノモト中隊長! 状況はどうか!」
両者から問われて、ノボルは外務大臣の件を説明した。その結果、ではどうする? という疑問が出た。
「そういうことなら、私たちの出番でしょう」
鎧を脱いだ平服で、ヤハラが前に出る。当然、肩で息をしていた。だが、ヤハラはまだ良い方だ。他の隊の軍師などは、息も絶え絶え。今にも死にそうな顔をしている。
軍師の会議は短かった。すぐに進軍の順番が割り振られた。
「では、突入の順序の説明します」
宣言に立つのはヤハラである。死にそうな老人ではない。
「突入部隊先鋒は、ヒノモト・ノボル中隊長とヒノモト衆の四人。これは突入口の確保を眼目とします。勇者五人が突入口を守っている間に、第一中隊が突入。一階を占領します。それから第三中隊が城外へ展開。本隊を城の中へ導きます。我ら第二中隊は、二階三階へ進軍。状況が許すかぎり、城内を荒らしまくります」
それではゴンさんが不憫ではないか? ノボルはそう思ったが、先手を打つように軍師が、「戦さでございます」と宣言した。
軍を勝利に導くため、将兵は駒。例え屍の山を築こうとも、やってもらわなければ困ります。
それがヤハラの言い分であり、決心であった。
この場合、ノボルに言えることは一言だ。
「御武運を」
「まかせておけ」
頼もしい友は、胸を叩いた。
交わす言葉など、たったそれだけ。それが戦さ場の掟なのだ。
そうなると、決心の覚悟を決めた友を送り出す言葉が、必要になる。
「カイ、ロウ、テライモ、ライゾウ……」
友の死地に、ノボルは腹を決めた。
「ぬかるんじゃねぇぞ!」
「へい!」
ワイマール雑兵隊は、全軍一致。地下道を駆け出した。
地下道を駆け抜け、垂直に立つ梯子段。ノボルはヤハラに指示された通りの配置で、城に潜入する。
階段を登って上蓋を押し上げると、無人の部屋だった。貴族が好みそうな装飾で、ゆったりくつろげそうな屋敷の一室である。
ノボルは屋内に入り込み、後続のため蓋を保持していた。同士は続々と城に入る。
ヤハラの指示で一階制圧。同時にゴンの中隊が玄関に向かい突撃。ノボルたちは四方の階段に押し寄せた。
「雑兵隊、突っ込めーーっ!」
我さきにと、兵士たちが階段を駆け上がる。カイ、ロウ、テライモ、ライゾウが、城を制圧してゆく。
ノボルも後を追った。
階段を登りフロアに着いたら、盾に隠れて様子をうかがう。何もなければ制圧に向かうが、兵が見張っていれば矢を射かける。先行は弓矢、突撃は槍、制圧は剣の順番。訓練通り、雑兵隊は各フロアを制圧してゆく。
フロアの制圧に一部屋一部屋調べてゆくのだが、これも同様な手順。扉を開けたら弓兵が威嚇、場合によっては射撃。槍兵が突入して戦力を奪い、剣士が残る。時には捕虜となった在城の者をひとつの部屋に集め、制圧に必要な人数を節約したりもした。
ノボルの仕事は、いち剣士ではない。隊の指揮だ。そして隊の指揮より、ヤハラの護衛が任務である。
そのヤハラは通路で地図を広げ、入ってくる情報をもとにいちいちバッテン印を記入していた。
「この階の制圧は完了しました。ヒノモト中隊長、次に移りましょう」
こんな呑気なことを、矢の雨、剣の林の中でやっているのだから、この男も大概だとノボルは思った。
「いえ、現場の軍師はこれが仕事ですから」
ヤハラならシレッと答えそうだ。
「それに私の身は、雑兵隊とヒノモト中隊長が守ってくれますからね」
そんなことを言われたら、格好よすぎて惚れてしまうに違いない。
「……兄者、なんとかしてくれ」
城の大半を制圧した時、テライモがのっそりと現れた。
「どうした、テライモ?」
「……難敵。どうにも、手強い……」
「カイやライゾウはどうした?」
「……手こずっている。オレ、困った……」
行ってくるとヤハラに告げれば、私も行きますとついてくる。階段を駆け上がり次のフロアに着くと、威勢のいい声が聞こえてきた。
「どうじゃ見たか、ワイマールの腰抜けどもめっ! ドルボンドの第二王女、このアンジェリカが、お前たちなどここから一歩たりとも進ませぬわっ!」
見ると、ちんまりしたのが甲冑姿でふんぞり返っている。それを守るのは、槍を手にしたメイドと老執事たちである。
なるほど、これは手が出せない。
「あ、親分。どうしましょうか?」
豪傑ロウも、さすがに困り顔だ。女子供にジジイと来ては、さすがに自慢の薙刀もにぶるのだろう。しかし軍師は、「さっさと討ち取ってください」とばかり、ノボルを睨んでくる。
天神一流の猛者を自認しているノボルだが、それでも女子供の相手はイヤである。それが本音だ。
しかし、ノボルは現場責任者。兵士をさがらせ、自ら前に出た。
「ワイマール王国、雑兵第二中隊長ヒノモト・ノボル! 誉れ高きドルボンドの国王と、剣を交えに参上した! そこを通せ!」
いささか芝居がかっているかと思ったが、相手はお姫さま。生まれながらにして芝居っ気の塊だ。
「通せと言われて、簡単に通すようなタワケと妾を見くびるか、この痴れ者め! ここを通りたくば、妾を討ち取ってみせい!」
はっきり言って、アンジェリカ姫の背後はがら空きだ。別の階段を使えば、姫の素っ首を落とすなど、容易いことである。しかし雑兵隊は、それを良しとしない。
ドラゴ中将の教育は、ここに花開いている。実を結んでいた。
「ならばこのヒノモト・ノボル、天神一流の腕をもって、実力でまかり通る!」
ノボルはグイと前に出た。
「面白いわ、若造め! 我が槍兵の前に屈するが良いわっ! 者共、かかれっ!」
メイドが、年寄りが、それでも決死の覚悟で突っ込んでくる。どいつもこいつも素人のクセに、国の誇りを胸にして、ノボルと相討ち覚悟で迫ってくる。
嬉しいではないか。必死必殺の覚悟というものは。それを生々しく、自分ごときに向けてくれるとは。
「お前を殺してやる」
そんな覚悟は、生半可でできるものではない。そんな「特別」を、自分ごときのために用意してくれたのだ。女、子供、年寄りの身でありながら。
感謝。
ただこの一言に尽きる。
だからこそノボルは、全身全霊の技でもてなした。
天神一流、最上の手。
無刀取りである。




