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合戦準備に御座候


 戦雲の流れは人の成長を待つことなく、群がり次々と押し寄せてくる。ドルボンド国が正式に、ワイマール王国からの手打ちを蹴ったのだ。

 ものすごく簡単な言い方をすれば、「徹底的やってやるから、かかって来いや」と言われたのだ。

 ならば間髪を入れる必要は無い。先の戦さで敵軍は大量の戦死者を出し、大半の兵士を捕虜にとられている。いま現在、深刻な戦力不足に陥っているだろう。ワ軍としてはそうそうに兵を集め、ド軍に立て直しの暇を与えないのが良策だ。

 ということで、教育半ばの雑兵隊にも令が下った。

 訓練半ばであろうとも、西側領地に集結。出征に備えよ。この行軍、実働を教育の代用とし、訓練期間の不足を補うものとする。

 雑兵第二中隊の準備のため、御存知ヤハラがあてがわれた。ノボルとしては第二中隊へ籍を移したヤハラに対し、「準備の進展はどうか?」と格好よく決めたかったが、参謀は中隊長の顔を見るたびに嫌そうな顔をしてくれた。

 準備せよとの命令は下ったが、出発日時が決まっていないのである。


「……何しに来たんですか、中隊長?」

「いや、準備の進展はどうなっているか、と思って」

「昨日もお話しましたが、遅れは五%にとどめています。昨日もお話しましたが、何も御心配なく」

「何か邪魔者扱いされているみたいだねぇ」

「邪魔者扱いではなく、邪魔そのものです。されているみたいではなく、そのものズバリしているんです。ヒノモト中隊長、あまり私にちょっかいをかけないで下さい」

「……嬉しいクセに」

「それは中隊長の偏見と激しい誤解による御自分に極めて都合のよろしい妄想です。今すぐ修正して下さい迷惑です」

「ヤハラどのは俺に、何か聞きたいことはないですかな?」

「兵士の練度はいかがなものですか?」

「基本的な集団戦闘は、かなり高いレベルまで引き上げたと思う。個人個人の技量は、もちろんバラバラだ。これは下の者がダメというのではなく、上の者が上の出来すぎるからだ。平均の戦力は、かなり高いものだと自負している」


 ヤハラはこれ見よがしに、大げさなため息をついた。


「毎度毎度、よく同じやりとりができますね。飽きたりはしないのですか?」

「なかなか出発命令がおりないのでね。毎日毎日同じ稽古の反復反復。それが日常会話にも出ているのですな」

「それは惰性ではないのですか?」

「同じことの反復を惰性とする者に、成長はありません。同じ稽古を繰り返していても、常に新しい発見があるものです。兵士たちにそれを実感させるのも、中隊長の仕事かなと……」


「……………………」とヤハラは、呆気にとられたような顔をしていた。


「いかがなされた、ヤハラどの」

「いえ、失礼ながらヒノモト中隊長がまともなことを仰っていたので、意外なりと……」

「自慢ではありませんがヤハラどの。拙者、戦さ事に関しては真摯で真面目で御座る」

「……………………」

「そのように、『あぁ、やっぱり戦さバカだったか』というような顔をしてはなりません。照れるではありませんか」

「照れないでください、バカにしてるんですから」


 ノボルは椅子を引っ張ってきて、腰をおろした。ヤハラはあからさまに、嫌そうな顔をした。


「……居座るつもりですか、ヒノモト中隊長?」

「ここは雑兵第二中隊の宿舎ですからな」

「先ほども申し上げましたが、あまり私にちょっかいを出さないで欲しいのですが」

「ヤハラどの、今回もまた国王陛下は殺さじの戦さを、望んでおられるのでしょうか?」

「…………おそらくは」


 間を空けて、ヤハラは答えた。


「ですがヤハラどの、敵はどちらかが滅ぶまでやるぞ、と申されたのでは?」

「…………然り」

「それなのに殺さじの戦さを完遂するのは、ちと難しく御座らんか?」

「だから私は苦労している」


 ヤハラは唇を噛み締めた。


「秘策は御座らんか、ヤハラどの」

「私の専門は、勝つべくして勝つ。負ける要素を排除する。当たり前に勝てる戦場で、勝ちをひろう。不利を有利に変えることは、できません。奇策が苦手です。」


 戦さ場の有利不利とは、何か? ひとつは数だろう。一〇〇人と八〇人では、一〇〇人が有利だろう。ただ、数という要素は絶対ではない。一〇〇人が無手で、八〇の側が刀剣や飛び道具を備えていたら、状況は覆る。

 では立ち位置、地の利であろうか? よく言われるのが、高い所から低い所へ攻めるのが得策、と言われるがこれもまた絶対ではない。高い場所は目立つ。だから兵力を集中されやすい。高い場所には後が無い。個人の戦闘で言うなら、高い場所に位置をとる者は、見下ろさないと敵が見えない。低い場所に位置をとる者は、目の前に敵の脚がある。足元を攻めやすい。などが挙げられるので、やはりこれも絶対ではない。

 では改めて、有利不利とは何か?

 もちろん数とか陣地を張る位置は重要な要素だ。だがそれ以上に吟味しなければならないのは、いかに現状を活かすか? これに尽きるとノボルは考える。

 敵の剣士が数多い。ならばこちらは弓矢と槍で応じるべし。

 敵が上から攻めてくる。ならば足元をすくうべし。

 だがしかし、敵がこちらを滅ぼそうとしているのに、殺さず捕虜を確保すべしとか言われても、やりようが無いのが現状だ。しかも敵は自分たちの領地内。堅牢な城に立て込もっているのだ。

 ヤハラの苦労がしのばれる。


「もしも、殺さずの戦さという方針に決まったとして、あちらの王族はどのように処理するのでしょうなぁ?」

「……通常の戦さならば皆殺し。それを生き残らせるとしたら……生きているのが嫌になるような状態にしてしまう、くらいしか思いつきません」

「どのような状態ですかな?」

「どこぞの国の刑罰に、人豚というものがございまして……」

「あ、いや、ヤハラどの。もう結構でござる。しかし殺さずの方針を出すような王室が、その手の刑罰を与えるとは思えませんな」


 出発命令がくだらないのは、この辺りの方針が決していないからかもしれない。

 そこへどやどやと、兵士たちが押しかけてきた。


「参謀どの! 出撃命令はまだですか!」

「早いとこ出発して、ガンガンやっちまいましょうや!」

「ワシゃもう、辛抱たまらんぞ!」


 ロウ入道のヒゲ面を先頭に、新人どもが中心になって入ってきた。


「お、親分! 丁度いい、親分からも参謀どのに、ひとつ強く言ってやってくだせぇ!」


 ノボルの視界が野郎どものおかげで、いきなり濃くなった。これだけ野郎の面が並んだら、もう晩飯は喉を通らないだろう。こってりし過ぎていて……。


「まあ待て、そんなに大勢で押しかけてては、ヤハラどのもお困りだ。少し控えろ」

「そうは言いますがね、親分!」

「特に入道、お前のヒゲ面は濃すぎだ。少し離れろ、素人ならこの距離でお前に迫られたら、即死ものだ」

「……………………」

「だからと言ってテライモ、無言の圧力をかけて良い、とは言っておらん。お前も距離をおけ」


 巨漢二人を廊下までさげたところで。


「カイ、お前がついていながら、なんの騒ぎだ」

「すいません、親分。あっしも止めたんですが……」

「止めたんですが?」

「……実はあっしも、同じ思いでして」


 ふむ、とノボルは腕を組んだ。


「だからって大勢でヤハラどのに直談判は、許されることではないぞ」

「……へい」

「まあ、丁度いいといえば丁度いい。せっかくだから現状というのを、お前たちに話しておくか」


 ノボルはまず、雑兵隊の役割を説明した。雑兵隊は主力とは違う奇襲部隊である。あるいは先の戦さのように、いきなり勝敗を決する決戦要員としても用いられる。この辺りは、常日頃から伝えている。

 そして前回は国王陛下の意向に沿い、見事大量の捕虜を獲得した。

 ……国王陛下の意向。極力敵兵を殺さず、捕虜とする方針だ。

 これが今回も命令に書き添えられるかもしれん。敵軍がこちらに、必殺の覚悟で押し寄せようともだ。

 それはあまりにも、現実的ではない。だから王室と軍で方針の擦り合わせが行われているのだろう。と、ヤハラ軍師は読んでいる。


「だったら、ドラゴ中将に直談判すりゃいいってことですな、親分!」

「よしみんな、ロウ入道を縛り上げとけ。しばらく放すな」


 ノボルはさらに説明を続ける。

 もしも殺さずの方針で開戦となった場合、雑兵隊はどのように働くべきか? どこから攻めてどのような進路をとり、何をもって決勝とするか。ヤハラ軍師は、またまた頭を痛めなければならない。


「だから戦さは、支度に時間がかかるのだ」

「……………………」

「なんだ、ライゾウ。変な顔をして」

「いえ、今のダンナの話なら、こいつが役に立つかと思ってね」


 ライゾウは懐から、封筒を出した。

 なんじゃこりやと、中の紙を開いて、ノボルは唸ってしまった。

 紙は二枚、三枚四枚とある。いずれも地図だ。まずはドルボンド国の首都、コズミクの地図。これには敵陣の配置が記されている。

 次に城の地図。こちらも兵士の配置が記されていた。さらに城の内部を詳細に記したもの。どこを通ってどう歩けば、玉座にたどり着けるか。よく調べてある。

 最後の一枚は……。


「ヤハラどの、これを何と見る?」

「……城からの地下道。つまり、王族たちの脱出ルートですね」


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