名刺をもらって御座候
ちょっと失礼いたします、と言って店主は娘の相手に立った。ノボルは刀の仕上がりに惚れぼれと、いつまでも鞘と柄を眺めている。
お客さま、とノボルに声がかかった。
「あちらの娘さんが、お客さまにヒノモトの刀の良し悪しを、吟味していただきたいと」
「娘子が、俺に?」
店主はノボルの刀吟味に付き合ってくれた。その店主の頼みを、断るわけにもいかない。どれ、と立ち上がる。
「拙者に刀の吟味を、と申されたようだが、店主ほどくわしくはないぞ」
「お戯れを」
娘はホホホと、品よく笑った。ただ、目が笑っていないのは、ノボルも気になった。
「失礼かと存じますが、お武家さまは剣の上手とお見受けいたしましたので、やはり餅は餅屋と思い……」
剣の上手に剣の吟味を頼むとは……。つまり、斬れるものを選んでくれ、ということになる。美術品目的ではない、ということだ。
では、なに故に? どう使うと言うのか?
ノボルは娘を見た。全身くまなく、ジロジロと失礼なくらいに見た。断りもなく左手を取り、掌を確かめる。
その上で。どう見ても、この娘が刀を使う訳ではない、と結論づけた。
「娘、これから買い入れる刀は、誰がどのような目的で使うのか、教えてはくれまいか?」
「わたくしの使用人が、わたくしの護衛のために佩きますの」
「その者の背丈や体格は?」
「背丈はわたくしよりも高く、お武家さまには至りません。体格は細身……とは申しても、おなごにしてはたくましい方ですわ」
「おなごが使うか……」
「えぇ、ヒノモト州ミチノク郷、ヒバカリ村の出と申しておりましたわ」
忍びか? というか、ヒバカリの者が村やヒノモトを離れて、人に雇われることがあるのか? というか忍びを身の回りに置く、この娘は一体……。
にわかには信じられなかった。思わず娘を見る。しかし……嘘をついているようには見えない。
どのようなカラクリで、そのようになっているのか? 疑問は残るが、今は刀の選別である。自分を頼ってきたのだ。自分の及ぶかぎり、精一杯の努力を見せてやらなければならない。
「店主、直刀はあるだろうか?」
「はい、少々お待ちを」
それまで二人のやり取りを、楽しそうに眺めていた店主だが、出番がきた役者のように奥へ消えた。実に嬉しそうだった。
店主は無反りの刀を数点、拵えつきで抱えてきた。忍びといえば、直刀である。長寸は長め、それが定番である。しかし、短めのものも二振り。忍びとはいえ使い手が娘、という点を考慮したものだろう。ノボルはまず、拵えを確かめた。
……どれもこれも……武骨である。虚飾を排した実用一点張り。まさに剛刀という奴である。ノボルの好みには合っているが、娘の護衛というのであれば、いま少しの華があっても良いのではないか、と迷う。
しかし、このドクセンブルグでヒノモトの民を見たのは、忍びの二人とトキカゲだけだ。つまりこの刀の使い手は、闇に身をひそめている。そういうことであれば、華美に走る必要は無い。ノボルの好き放題、武骨の極みを目指してやろうと思う。
ひと振り手にして、重みを確かめた。目方はあるが、バランスの良さで軽く感じられる。つまり、いきなり「当たり」を引いてしまった。
別の刀を試してみる。これはやや、先重だ。鍔の重さで調整できようが、それでは全体が重すぎる。ボツだ。
様々に試したところ、候補はふた振りに絞られた。そこで今度は鍔を見る。先ほどから鍔、鍔とうるさかったが、これには理由がある。
鍔に空いた、丸い穴である。これは忍びだけが必要とするものではない。剣をたよりに生きる者には、重要な事柄なのだ。
鍔に空いた丸い穴、これに棒手裏剣を差し込んで、手の内に隠しておく。そのための穴である。
しかしこの差し料の持ち主は、おなご。ならば、手の内に影響があるような鍔は、好ましくない。という訳で、鍔が鉄板一枚に風穴というものでなく、菊の花をイメージさせる鉄編みのもの……透かし掘りとかいうものを選んだ。
「……娘、このひと振りなどはどうか」
「斬れ味は確かめてませんのね」
「この店で店主のすすめる刀だ、間違いはないさ。それに……」
「それに?」
ノボルは手にとって、鞘をながめた。
「……斬れる、この刀は」
「わかりますの?」
「あぁ、惚れぼれするような、斬れ味だ。俺はこの差し料の持ち主とは違う流派だから、これを佩くことはないが……下長に勝るとも劣らぬ、よい刀だ」
ふふふと、娘は笑った。
「殿方……とりわけ剣士さまというのは、本当に刀のことになると、童に帰ってしまわれるのですね」
「……そうかね?」
「先ほど刀を選んでらっしゃるお姿など、まさに三昧の境地かと」
「それほど立派なものではないさ」
真にありがとうございましたと、娘は頭をさげた。なにかございました折りにはと、名刺を差し出してくる。
「あ、俺は名刺などという立派なものは、用意してなくて……」
あわてて、あるはずもない名刺を、身体中まさぐって探してみる。しかし、無いものは無い。
「ドクセンブルグ軍、ドラゴ中将御預、雑兵第二中隊長。ヒノモトノボルと申します」
「また、お会いできることもございますかと」
娘は去って行った。その後ろ姿を見て、身体を動かすのは不得手……有り体に言うならば、ドン臭い娘だ、とノボルは評価した。
「いかがでしたかな、あちらの娘さんは?」
店主が問うてくる。
「いかがとは?」
「どのように思われましたでしょうか?」
「……可憐ではあるが、こう何というか。造花のような感じがしたな」
「左様ですか。野の花とはまいりませんでしたか」
「どこぞの良い所の娘子かな?」
「豪商の令嬢にございます」
なるほど、温室の花であったか。それならばと、ノボルにも納得がいく。
それよりも気になることがある。
「先ほど俺が選んだのは、忍びの刀なのだが……」
「存じております」
「あの娘、忍びを抱えておるのか」
「抱えていてもおかしくないほどの、豪商ですので」
ノボルには納得いかない。今はそれほどでも無いとはいえ、あの閉鎖的なヒノモトの忍びが、ヒノモト領以外のために働くなど、あり得ないことだ。
そのことを店主に訴える。
「ヒノモトの忍びはお会いしたことがございませんので、どのような民かは存じませんが」と前置きして。
「当たり前に考えられるのは、それだけ魅力的な報酬だった。そうでなければ、忍びがあの娘さんに付くことが領地を守ることにつながる、とか?」
「どのように?」
「さあ、戯れ半分に述べてみた、妄想話に過ぎませんので」
「……………………」
忍びの話は、これきりとなった。刀の代金を払って、刀剣商をあとにする。
あらためて、名刺を見た。イズモ・キョウカと書かれている。確かにヒノモトの姓に似た名字ではある。
が、しかし。
ノボルは難しいことを考えるのが、苦手であった。そしてこんな時は、雑兵隊の合言葉がある。
困ったときは、ヤハラに頼め。
ノボルの脚は城に向かっていた。
「ヤハラどのはおりますか?」
ヌッと作戦立案所に顔を出すと、ヤハラは嫌そうな顔をした。そんなことはまったく気にせず、椅子を引っ張ってきて、勝手に腰かけた。
「お忙しいですかな、ヤハラどの」
「御覧の通り」
ヤハラのテーブルの上には、書類が山積みになっている。よくこれだけの書類を把握、処理できるものだとノボルは感心した。しかし、そう思ったのも一瞬だけ。
「ヤハラどのが興味を持ちそうな話なのですがな」
「ほう、そうですか」
ヤハラは書類に目を落とした。あくまでも興味なし、という姿勢だ。
「ヒノモトの忍びを御存知ですかな?」
「物の話では」
「とても閉鎖的な連中でしてな、ヒノモトのためにしか働きません。……というか、普段は姿すら現しませぬ」
「伝説の珍獣のような存在ですな」
ヤハラは眼鏡を押し上げて、仕事を続ける。
「しかしそのヒノモト忍びが、この者に仕えているらしいのです」
「ほうほう」
ノボルは貰った名刺を、ヤハラのテーブルに差し出した。ヤハラはなおも、仕事を続けている。時折名刺に目を向けるが、それでも書類と取り組んでいた。
お仕事お仕事。お仕事……。……お仕事?
ヤハラは名刺に見入った。手に取ってみる。眼鏡を外し、またかけ直し。はじめてノボルに向き直った。
「ヒノモト隊長」
「なんですかな?」
「別室に行きましょう」
ヤハラはすでに立ち上がっていた。扉をひらいて表に出る。ノボルは後を追った。
資料室と書かれた部屋に、ヤハラは入った。ノボルも入ると、扉の鍵を閉める。
何がはじまるのか? もしかしたらヤハラどの、俺を犯すつもりなのか?
という冗談は、さておき。
「ヒノモト隊長、この娘に会ったのですか?」
青い顔、怖い顔で、ヤハラが迫ってきた。
「なかなか愛らしい顔立ちでしたな。髪の毛の先がこう、ヘロヘロとして……」
「間違いありません。その娘、イズモ商会総帥イズモタロウの孫娘、キョウカです」
「ほい、そうですか」
ノボルにとっては娘の正体よりも、部屋の埃臭さの方が気がかりだった。そして、ライゾウのような短拍子の太刀の振るう、ヒノモトの忍者たちのことが……。




