入道と茶色に御座候
ロウ入道、まずは五人抜き。さすがは天神一流を名乗るだけあって、豪快無双の太刀筋である。
しかし、免許技を皆伝されたノボルからすれば、少々大味にすぎる。確かに天神一流は剛の剣。しかし、精密繊細な技が無い訳ではない。小手ねらい、指ねらいといった小技が、ロウ入道は不得手とノボルは見た。
必殺の気合いを全身に込めた上で、セコい小技を振るうから効果的なのだ。しかるにロウ入道、豪快技の一本槍で、柔が存在しない。なんとももったいない剣であった。
ロウ入道、一〇人抜きに挑戦。一部の兵の間で、そろそろ見抜く者が出てきた。
「おい、あの入道の太刀筋……」
「やっぱり気づいたか?」
「おう、ヒノモト隊長に似てるよな」
天神一流の技を見せたくない、とは言ったが訓練はしなければならない。目録程度までは、技を見せている。だから兵士たちも気づいたのだ。
ロウ入道は一九人まで抜いた。豪快に打ち、豪快に突き、豪快に相手の剣を撃ち落としての勝ち抜きだ。
そして二〇人目は、やはりヒノモトノボルである。
「なかなかやりますなぁ」
「天神一流西本派の目録ですからのぉ」
「それはそれは。こちらは天神一流陸奥派、免許技は皆伝でござる。どうぞお手柔らかに」
ノボルが一礼すると、入道はギョッとしたように、目を見開いた。動揺している。
しかし、すぐに気を取り直したようだ。剣に気迫を乗せてくる。そうでなくてはならない。相手が同流の格上だったとしても、尻尾を巻いて逃げ出す技など、天神一流には存在しない。むしろ、「免許皆伝、何する者ぞ!」と、かかって行くのが一門の信条である。
そして。
「勝負あり!」
痛快なまでに討ち果たされるのも、また信条である。ノボルは、こんな時に師匠がくれた言葉を、そのままロウ入道にくれてやる。「その意気や、よし!」と。
死しても進め。
屍となりても、なお進め。
進まなければ、蘇生の扉は開かれぬ。
合理性もへったくれも無い、無茶苦茶な教えかもしれない。だがある程度の段階まで、天神一流は大真面目にこれを教えるのだ。
……馬鹿が育つのも、道理である。
審判長席に戻ってきた。今回はノボルの方から口を開く。
「例え同流同門であっても、目録の技しか使ってなくとも、やはり免許皆伝の方が腕前が上ですなぁ」
「そりゃそうじゃろ。ひと技に対する練り上げというか、理解度というか、そういうのが段違いじゃい」
「やはり、端から見ていても、違いがわかりましたかな?」
「速さ、拍子、思い切りのよさ。今までの中では、一番の圧勝じゃったわい」
ゴンが巨大なアゴで、兵士たちを示した。待機、観戦の兵士たちは、ノボルに畏敬の眼差しを送ってきていた。
剣をたしなむ者、剣に生きる者だからこそ、理解できることがある。剣の人だからこそ、見抜けるこそがある。その強さと、精密緻密な練り上げである。
つまり何が言いたいか、というと。
今の一戦、ヤハラどのには「馬鹿野郎品評会」にしか、見えなかっただろうな……。
ということである。
次の組は、ノボルもお休み。ヒノモト衆が出ていない。見るべき受験者もいなかった。
そして最終組。あの茶色のいる組だ。ノボルは願書の記載を見て、思わず目を剥いた。
ライゾウという名前。出身はミチノク郷ヒバカリ村。
そう、あの「忍びの村」出身なのだ。流派は八鬼新道流。まさしく忍びの剣術である。
なるほど、それならば体格差を埋めるだけの速度も、納得できる。
「ゴンさん、次の相手は強敵だぞ」
「あのチビっこいのがかね? 確かにすばしっこいが、それほどに?」
「そのすばしっこさが、問題なのさ」
ヒノモトの剣術は、一拍子に妙がある。あらゆる技が、「気づいた時には手遅れ」という拍子で、飛んでくるのだ。だからヒノモトの剣は、抜きん出て強い。
このライゾウという男、その一拍子を当たり前に使ってくる。すなわち、低くても免許。高ければ免許皆伝以上の腕がある。ノボルも総伝まで授かっているが、果たして……。
ライゾウはたちまち一〇人を抜いた。その特徴は、打ち合わないところにある。相手が動いたと思ったら、すでに小手を打っている。すべてを省略したように、いきなり結果が出るのだ。
さて、あの動き。どのようにして封じてやろうか。
もとより、天神一流にできることなどひとつしかない。撃ち合いの上手を制するには、相手を撃ち合い下手にさげてやるか、撃ち合い以外の場所に引きずり込んでやるのが得策。
当然ノボルの選択は、木刀試合の場を真剣白刃の勝負の場に変えてやる、という戦法だ。
一段と重たい殺気をまとい、木刀を提げ持つ。試合場にあがる前から、「勝ち」を得ておく。気合いで勝ち、位で勝ち、力で勝ち、技で勝つ。気合いと位は間違いない。そして気合いが乗っていれば、力が生まれてくる。堂々とした力は、技を導いてくる。
もともと、一拍子の打ちはノボルにもできる。いや、免許者になるには必要不可欠な技術なのだ。ならばすべてに於いて、ノボルの方が勝っているではないか。
ライゾウ、一九人を抜く。ノボルは肩の力を落とし、背筋を伸ばした。一拍子の動きを実現するには、まずその二つが必要だからだ。
試合場にあがる。四肢に力は入っていない。このゼロから、マックスの力を引き出すのだ。
ライゾウを見る。実際の体格よりもはるかに小さく見えた。「構えて」の号令で、剣先を交える。ライゾウが後ろにさがってさえ見えた。
始めの号令で、ライゾウは本当にさがった。ノボルは前に出る。闇に生きる忍びの者を、太陽の下……明るい場所で捕らえたのだ。
まだやるのか?
ノボルはさらに圧力を加えた。ライゾウの腰が、砕けたように落ちる。
そして……。
ライゾウは木刀を落とした。
「勝負あり」
審判が宣言した。
ノボルは太刀を納める。一礼して、試合場を後にした。審判長席にもどる。どっとため息をつく。
「……………………」
「……………………」
ゴンも何も言わない。
ノボルは、あの四人を手に入れたい、と思っていた。それと同時に、彼らは予備の差し料を持っているのだろうか? とも思う。
刀商人、エドガーを紹介してやろうか? いやいや、俺が直接刀を選んでやってもいい。だがそれでは押しつけがましくはないか? 彼らはそれを喜ぶだろうか? だが刀は喜ぶかもしれないぞ?
「何を考えとる、ノボさん?」
「……ゴンさん、わがまま言ってもいいだろうか?」
「ダメじゃ」
「なに故に?」
「あの四人は、俺も欲しいわい」
「できるのか?」
「何をかな?」
「あの四人を、使いこなせるのか、と」
ゴンは黙り込んだ。
試験は続く。次は槍の試験だ。巨漢二人は簡単に二〇人を抜く。侠客は無難な出来。茶色はごく普通に二〇人抜き。全員間違いなく通過した。
さらに弓、ナイフを手にしたことを前提の取っ組み合い。弓では侠客がダントツ、取っ組み合いでは意外なことに茶色が良い出来を見せる。
結局、四人は全員合格。明日の辞令が出れば、それぞれの隊に就任となる。城勤めの経験はないだろうから、おそらくゴン中隊かノボルの中隊。
良ければ三〇人を率いる小隊長待遇。悪くとも一〇人を率いる分隊長として迎え入れられるだろう。
そうなる前に、ノボルには仕事があった。四人の身長、腕の長さ、拳の形を計測したのだ。手のひらの肉厚を見て、指の長さを見て、技の得意を思い出す。
「ゴンさん、俺はちょっと抜けるぞ」
「なんじゃいノボさん、これから新人の割り振りぞい」
「なに、野暮用さ」
そう言い残して、城下町へ走る。ちょっとした駆け足の距離だが、若い脚にはたやすい用事でしかない。息を切らすまでもなく、エドガー刀剣商会に到着した。
「お御免」
前回と同じ挨拶だ。
店主は懐かしい友を迎えるような顔で、奥から出てきた。
「申し訳ございません、ヒノモトさま。研ぎに出した差し料は、まだ……」
「いやいや、予備の下長の調子が良いので、その件ではありませぬ。実は……」
ノボルはヒノモト四人衆の、雑兵隊合格を伝えた。そして彼らに、予備の差し料を贈ろうと、駆けてきたことを伝える。
店主は目を細めて喜んだ。ノボルは息せききって、彼らの体格や技の特徴を伝える。そのたびに店主は、あっちの刀箪笥を引っ張りこっちの刀箪笥を開けてと、嬉しそうにてんてこ舞いだった。
鍔を吟味し柄を選び、柄巻きなどはノボル自身が巻いて、掌の内を確かめた。
どうかな店主? ここがちと甘くございます。ではこうかな? それでは厳し過ぎでは? いやいやあの者の手だまりは……。などと少しの間、わかったふりな子供の時間を過ごす。
ようやく納得の拵えが揃った時には、昼をかなり過ぎていた。二人で満足の笑みを浮かべた時だった。
「御免くださいまし」
娘の声がした。
かなり控え目な声で、いまにも消え入りそうな儚さがある。
不躾ではあるが、ノボルは娘の顔を見た。人形のように整った、隙の無い顔立ちだ。薄い栗色の髪は毛先でヘナヘナと波打っている。リコのように、素直で一直線な髪ではない。そして光線の角度で色合いが変わる、上物の衣をまとっていた。
どこのお姫さまよ?
それがノボルの率直な感想だった。香水が、淡く香っている。しかしこの娘は、どう見ても一三、四。大人びた真似をするには、背伸びのしすぎだと思った。




