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新人試験に御座候


 刻限だ。

 係の兵が受験者を整列させる。ノボルたちも審判として、試験会場に入った。城から来たお偉方や文官から挨拶があり、試合が行われる。


 と、その前に。

 雑兵ドラゴ大隊、第二中隊長と紹介されて、ノボルの試し斬りが始まる。

 巻き藁がノボルの前後、スタンドに立てられる。そこに架けられたのは、使い古しだが騎士の甲冑二体。そして城から来たお偉方の前には、積み上げられた巻き藁四本。

 まずは甲冑に袈裟斬り。巻き藁ごときれいに斬って落とす。もう一体は逆袈裟。これも成功。最後は四本の巻き藁。これを真っ二つ。タン、という音がしたときには、刃が下まで通り抜けていた。

 納刀の前に、刀をあらためる。三代河原木守下長(予備)は刃こぼれも曲がりもなく、無事に仕事を終えていた。そして納刀。拍手はお偉方と雑兵隊から。受験者たちは口をポカンと開けていた。

 戦さ場のなんでも屋が、何故ここまで腕が立つ……とでも言いたげな顔だ。というか、鎧が斬られるところを初めて見たのかもしれない。

 これに関しては、ヒノモトの刀だからだ、としか言いようが無い。鉄の材質と鍛え方が違うのだ。

 受験者たちの度肝を抜いて、試験が開始される。


 訓練場……いわゆるグランドに並んだのは、一三〇人中、一六組三二人。この中には侠客風の、あのヒノモト衆がいた。

 始めの号令で、瞬時に勝敗が決した組もある。侠客も、そのひとりだ。強く打ってくるところを、上手く小手斬りに持ち込んでいた。

 だが大半は、やはり激しく撃ち合いもつれ合い、肩で息をするような乱闘になっている。この乱打戦で、刃筋が立っていればよし。刃筋が狂っている者は、それだけで負けとされた。あらかじめノボルが、審判たちに指示していたルールである。異議不服を申し立てる者もいたが、説明の必要は無い。とっととお帰りいただく。刃筋のひとつも理解していない者は、雑兵隊では必要としていない。


 次の組には、長髪の男が並んでいた。こちらも開始と同時。木刀を擦り上げただけで……いや、木刀の鍔で跳ね上げて、相手の木剣を弾き飛ばしていた。

 その次は入道さん。剛力にまかせて突撃し、身体ごと相手を吹き飛ばす荒業。

 最後の茶色……コゲ茶色には期待してなかったが、素早く小手を奪っている。なかなかの使い手だ。

 続く槍、弓、取っ組み合いの試験も終了。ヒノモト衆は全員合格。一般兵は半分ほどの人数に絞られ、試験を終了した。が、ノボルにとってはここからが本番。

 いきなり小隊長にまで昇進できる、志願者試験が始まる。


 受験者を募ってみると、やはり三〇人ほど。増減はない。五人ずつ六組に分けて審査する。

 最初の組に、侠客風の男がいた。木刀を使って、難なく五人を抜く。業師と見ていたが、度胸もある。素早く相手をかわして小手をねらう技は、肝っ玉が座っていないとできない技だ。一〇人に挑戦するかと問われて、返事はもちろん「応」である。

 面、胴と防具を鳴かせて、いよいよ二〇人に挑む。この頃には師から聞いていた西の剣術、美濃部流だとノボルは見抜いていた。無理のない合理的な動き、円を描いて流麗な動きが特徴の流派だ。


「ゴンさん、これを預かってくれ」

「なんじゃいノボさん、刀なんぞ預けおって」

「あのヒノモト衆の、二〇人目で出る」

「ノボさんが出んとならんような奴かい」

「あぁ、こちらの剣術では、分が悪い」


 木刀を手にノボルは素振りを始めた。気合いと集中力を高める。

 一九人を抜いたところで、あの男がカイという名前だと知った。

 二〇人目が試合場に出ようとしたのを、肩を叩いて止めた。


「すみません、俺に行かせてください」


 ヒノモトノボルの登場に、雑兵隊が沸いた。新人による二〇人抜きは珍しい。しかし、ヒノモトノボルはその二〇人抜きを達成しているのだ。

 二〇人抜き達成者対二〇人抜き挑戦者。これは雑兵隊からすれば、是非とも見たいカードだった。


「よろしいんで? 防具も着けずに」

「あぁ、俺はかまわんよ」

「手加減はしませんぜ」

「手加減していて、かなう相手と思うのかい?」


 カイとの戯れ言も、ここまで。ノボルは木刀を構え、蹲踞した。相手もそれに応じてくる。やはり、ヒノモト系剣術だ。

 立ち合うとノボルは、相手が出ようとしたところを、必殺の気合いで応じた。

 カイの動きに迷いが生じた。そこをすかさず攻め込む。相手の木刀を、自分の木刀で擦り落とした。一足踏み込み鍔元から物打ちまで存分に使って、擦りながら打つのである。すると相手の木刀は、グッサリと地面に突き立った。ノボルの志願者試験の時にも使った技だ。

 勝負あり。

 カイの記録は一九人となった。

 これぞ天神一流の得意技、気合いで押さえ込んで、怯んだところを存分に打つ戦法である。もちろん天神一流のみの得意技ではなく、ノボルの得意技でもあった。


「おとな気ないのぉ、ノボさん」


 審判長席に戻ると、ゴンが笑っていた。


「小隊長のポジションは安くない。それを教えたまでさ。実際、俺も苦労した」

「嘘つけ、余裕綽々じゃったろうが」

「嘘じゃない、本当のことだ。俺は試験で苦労した。この目を見てくれればわかる」

「……ノボさん、俺はヤハラどんと知り合うてから、嘘のつき方を覚えてしもうてのぉ……」

「ゴンさんが汚されてゆく、おのれヤハラめ……」

「この場合、悪いのは嘘をついたノボさんじゃと、俺は思うぞい」


 次の組で、髪の長い男が勝ち抜けた。もちろん一〇人に挑む。

 願書には、東武流とあった。突きの名流だ。事実この男、五人中四人を突きで仕留めている。これもまた、二〇人への意気込みを見せた。


「……行ってくる」

「またかいノボさん」

「それほどの使い手だ」

「まさかとは思うが、使い手を見て血が騒いどるのでは、あるまいな?」

「…………まさか」

「なんじゃい、今の間は?」

「……………………」


 ノボルは無言で、木刀を振り始めた。

 突きの名流というのなら、ノボルにも考えがある。

 まずは必殺の気合いで相手を押さえ込んで、怯んだところを存分に打つ、というものだ。自分の選択した戦法に、ノボルは「俺もなかなかの兵法家ではないか」と、満足していた。この戦法は剣術の技に留まらない。人間の生き方にまで影響する、とても崇高な教えでもあった。つまり、ノボルはそのように生きてきた。これからも、その教えにしたがって生きてゆく。


 ということで、天神一流対東武流。ヒノモトノボル対テライモという男。

 ノボルは気合いを高めた。気合いを高めると言っても、大きな声を出す訳ではない。剣先に殺気を込めるのだ。これで剣と剣が触れ合った瞬間……いや、立ち合いが始まる前から。もっと言うならば、常日頃から勝っておくのだ。

 存分に勝った状態で立ち合い、すでに勝った状態で撃ち込み、当たり前に勝ってしまう。それが天神一流の剣である。この流派にとっては、日常とか常日頃という時間も、稽古のうちなのだ。


 そんな訳で。


「勝負あり!」


 テライモの小手を斬った。打ちではなく、斬ったのだ。ノボルの勝ちである。


「ひどい男じゃのぉ、ノボさんは」


 やはり審判長席のゴンが、苦情を入れる。


「うむ、ゴンさんの言いたいことはわかる。しかし、軍隊という所は甘くない場所だと、我々が教育してやらなければな」

「ノボさんが嘘を覚えたわい」

「嘘では無い、俺の目を見ろなんにも言うな」

「……嘘に汚れちょるのぉ」

「なんにも言うな」


 次の組に、ヒノモト衆はまぎれていなかった。だからという訳ではないが、ノボルは立ち上がらない。


「今度は教育に行かんのかや?」

「教育しなければならないような、ゴリゴリした奴がいない」

「そうか、ノボさんが立ち合いたくなるようなゴリゴリした奴が、おらんか」

「待ってくれ、俺はなにも自分の楽しみのために試合場に上がっていた訳ではなく、あくまで教育の一環で……」

「嘘を覚えるとは、ノボさんも大人になったのぉ」

「嘘ではない。俺の汚れた目を見てくれ」

「汚れちょるとこだけ、嘘ではないのぉ」


 この組で五人抜きに成功したのは一人だけ。この男は、一〇人抜きに挑戦しなかった。


「なるほど、ノボさんが出張ることはなかったのぉ」

「彼は自分の力量を知っていたのさ。無理をして怪我する必要もなかろう」

「意外に、ヒノモトノボルが恐ろしいだけ、かもしれんぞい」

「臆病は兵にあらず。この場で斬ってすてる」

「今までの自分の行為を、少しは振り返ってはみたらどうじゃ?」

「男は、振り返らない生き物だ」

「格好いいこと言ってるつもりじゃろうが、人はそれを反省が足りないと言うんじゃ」

「ゴンさんも、ヤハラどの並みに厳しい」

「あそこまで血も涙も無い性格、俺はしとらんぞ」

「なるほど、ゴンさんはヤハラどのを血も涙も無い性格、と見ているのか」

「おぉ、汚れた目をした者は、考え方も汚れちょるわい」


 そして、次の組。ロウという入道が出てきた。流派は天神一流西本派、とあった。


「天神一流、それも西本派とあれば、俺が出なければなるまいて」

「……………………」

「ゴンさん、何か言ってくれ」

「あ、あんな所にヤハラどんが!」

「なにっ!」

「……嘘じゃ」

「その嘘はあんまりだと思わないか、ゴンさん」

「ノボさんにとって、ヤハラどんはあんまりな存在。……覚えておこう」


 汚れをなすりつけ合いながら、次回へ続く。


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