雑兵隊の増加に御座候
お待たせしました。
トキカゲの一件が片付いた翌日。ノボルは槍術の訓練に励んでいた。全員一緒。槍の得意な者が号令をかけ、個人個人の技量をあげるため、突き引きを繰り返している。
すると、上等な服を来た男たちが入ってきた。城からの使いだ。ノボルは訓練をやめさせて、使者の前に整列する。
使者は城……つまり作戦立案所からの意向を伝える。
「雑兵隊は現在の一〇〇人体制をやめ、三六〇人体制をとる。部隊は三個、それぞれ一二〇人の中隊とする」
雑兵隊の、大幅な人員増加である。現在の雑兵隊員は三つに別れ、それぞれの部隊に移動となる。
ノボルは雑兵隊第二中隊長、ゴンは第三中隊長に任命された。この二つがいわゆる敵陣攻略のための主力、実行部隊というやつだろう。
では第一中隊は? これは城勤め。あるいは最終防衛ラインとして、国王を守る役目だ。ここには、他の小隊長三人が配属された。
新編成三六〇人のうち、現行一〇〇人の雑兵隊があてがわれ、二六〇人が不足。
「不足の人員のうち一三〇人は、既存の剣士隊、槍隊、弓隊からまかなうものとする。残り一三〇人は、明後日の新兵徴募試験の合格者で補うものとする」
かなりというか、ものすごく突然の話だった。たしかに雑兵隊の増強は、ノボルが望んだことであった。しかしその望みが、こんなに早くかなうとは。しかも、新兵の試験をしてまでの増強だ。
……新兵の試験。新兵の募集……。ノボルの胸に引っかかるものがあった。
「質問!」
「なにか? ヒノモト隊長代理」
「明後日、新兵の試験が行われるのはわかりましたが、いつの間に募集をかけたのですか?」
「一戦終結後、汝らがビラモア砦で待機していた頃だ」
「俺は先日、国王陛下から直々にほうびを賜るというから、雑兵隊を増やして欲しいと申し出たのだけど……」
「うむ。……すでに王室で増加が決まっていた雑兵隊。この増強をほうびの替わりましたとするとは、天晴れなこころがけと陛下もお喜びだったぞ」
すでに増加が決定していた。それなのに、雑兵隊を増やして欲しい、と言ってしまったとは。……確か、出迎えのお偉方、ほうびはそれで『本当に』いいのか? と訪ね直していたような。
「つまり……それは……」
「ほうびを賜り損ねた、ということになるかな?」
なんでそうなるの?
いや、今回は防衛戦であるから、敵の領土を奪ったわけではない。つまり、国に利益は無い。ほうびはすべて、王室の財布から出ている。いわゆる赤字という奴だった。しかし、その後の講和はどうなった? そこが上手くいってたら、ド軍の越境行為ということで、違約金をふんだくれるはずだ。
……しかし講和という単語が、ノボルを現実に引き戻した。
講和が順調に進んでいたなら、兵の増強などする必要が無い。講和は、上手く進んでいないのだ。つまり、次の戦さは近いということになる。
「まあ国王陛下に、忠臣ヒノモトノボルという名前を、覚えていただいたのだ。ボルザックの言うことなど、気にするな」
「ボルザック?」
「作戦立案所の者で、汝の行為を『愚か者の所業』と、笑い者にしている輩だ。あのような者は、相手にするな」
そんな者を相手にする気は無い。しかし、やはり講和の行方とか、もう一戦の予想時期が気になった。
次の戦さはいつ、どこで、どのような形で行われるのか? 城の考えが知りたかった。
「さあ、呆けている場合ではありませんぞ。第三中隊は、西側訓練場が宿舎。第一中隊は城の中になります。早速引っ越しにかかってください」
兵士たちの名前が読み上げられて、第一、第三中隊に振り分けられる。名前を呼ばれた兵士は次から次へと宿舎に戻り、引っ越しの準備に取りかかった。
「そうなると、俺たちは暇になるな」
「槍の稽古を続けましょうか、ヒノモト中隊長?」
「お待ちなさい、第二中隊」
呼び止められて、嫌な予感がした。いや、そうじゃない。嫌な予感しかしなかった、と言うのが正しいだろう。
「第二中隊には、明後日の試験会場設営を、お願いします。なにしろ一三〇人の募集に、三〇〇人以上の志願者が殺到していますので。実技試験をするだけでも、人手が足りないのです」
「なんでそんなに集まるってよ」
さすがのノボルも、これにはウンザリした。ノボルたちの時は、二〇人しかいなかったはずだ。
「一般兵の募集も兼ねてますから。心配はいりません、予選で半分に絞ります。それがとりあえずの合格者。あとは敗者も含めて、志願兵試験を行います」
志願兵試験とは、ノボルやゴンが合格して現在の地位を獲得した、あの試験のことである。敗者も含めたのは、クジ運が悪くて敗れた者への、救済措置である。
「合格者全員が志願兵試験を希望したら、どうするんですか?」
「志願兵試験を希望しているのは、現在のところ三〇人です。問題はありません」
募集した人数の割に、出世してやろうという野心にあふれた者が、ずいぶん少ないような気がする。そのことを使者に告げると、ノボルたちが受けた試験に人が集まりすぎただけ、という話だった。基本的には出世をねらう者の比率は低く、「あの時の」受験者たちが図々しいだけのことらしい。
「だいたい、そう思いませんか? 先輩兵や古参兵を相手に、俺の方が強いんだ。お前の席をよこしやがれ、って言ってるのと同じなんですよ?」
「その図々しい連中の出世頭が、今あなたの目の前で言葉を交わしている人間なのですが」
「ヒノモト隊長はその程度でメゲることはないから、徹底的にキビシく当たってやれと、ウチのヤハラが言ってましたので」
ヤハラどのは、俺にキビシい……。ノボルにはツラく当たられる筋合いが、まったく思いつかないのだが、軍師特有の性格の悪さ故だろうと納得した。
そんなことより、試験会場の準備だ。引っ越しに回った連中がいるので、ノボルのまわりには三〇人程度しかいない。これで受験者用の木剣や槍、弓矢に的を用意しなければならない。まさしくてんてこ舞いという奴だ。
「そうそう、ヒノモト隊長。実技試験の前に試し斬りを披露してもらいますから、そちらの準備もお願いします」
「なんですかそれ! 俺の時にはありませんでしたよ、試し斬りだなんて!」
「いや、ウチのヤハラが……」
「あのエロ眼鏡! どこまで人をいたぶりゃ気が済むんだよ!」
「ヤハラのリクエストでは、せっかくの晴れ舞台だからできるだけ派手に、ということでした」
「派手な試し斬りって、どんなのですか!」
「……さあ、私は剣に疎いので……米俵をバッサリとか、巻き藁一〇本束ねて斬るとか」
「無理っスから。それ物理的に無理っスから」
などと抵抗の素振りを見せつつ、ちゃっかり竹に筵を巻いている自分が、ノボルには悲しく思えて仕方ない。もちろん米俵など編みはしないが……。
そして、どうにか漕ぎ着けた試験の朝。「強い兵隊さんが集まるといいですね」と、変にしおらしいことを言うリコに見送られて、会場入りする。
試験会場は屋外の訓練場。まだ受験者は到着していない。ノボルは雑兵隊宿舎に入り隊員たちの様子を見て回った。
誰も彼も、意気軒昂。新人ごときにナメられてたまるかと、熱くなっている。本番とも言える戦さはまだ始まっていないのだが、次の一戦にかける期待は大であるとノボルは見た。
とはいえ。
「おいおいみんな、志願兵試験に入れ込むのはいいが、その前に一般兵の審判があるんだから。忘れないでくれよ」
すると古参兵が答える。
「実刀を腰にたばさんで、ヤル気満々な隊長さんに、言われたくはないですのぉ」
「この調子では、志願兵試験にまで首突っ込むぞ、うちの隊長は!」
そんなことを言っていたら、汗をたっぷりかいたゴンが入ってきた。
「おぉ〜〜……アップはこんなもんで、えぇかいのぉ」
「ヤル気満々というのは、こういうのを言うんだ」
ノボルは言った。
屋外の訓練場に出る。志願者たちが集まってきた。様々な髪の色が映えている。その中でごく何人か、黒い髪も見える。
当然のように、和服の帯刀である。そして、なかなかの使い手と見た。
「ヒノモトの人間もいるのか?」
目立つのは槍の男。巨漢で髪を伸ばしている。静かな眼差しで、落ち着いた雰囲気が印象的だ。
もう一人はツルツル頭だが、眉とヒゲが黒々とした巨漢。こちらの得物は薙刀だ。入道とか荒法師とか呼びたくなる。
まだいた。背丈はノボル程度。眼差しが刃物のように鋭い。侠客の出身だろうか、でしゃばったところが無い。技の切れならばこの男が抜きん出ている。要注意だ。
もう一人いるが、あれは……ヒノモト衆と呼んでいいのだろうか? 黒髪がもさもさボサボサ。前髪を残して結い上げた、チビっこいのがいる。目つきの鋭さ、眉の濃さもあるが、それ以上に……肌が茶色かった。ヒノモト衆と呼べないほどに。しかし和服の帯刀で、歩き方もヒノモト歩きなので、おそらくそうなのだろう。
この四人がヒノモト衆だった。力押しの二人に業師が一人。そして茶色が一人。どんなものを見せて貰えるやら、心ひそかに期待してみる。
何より、他流派だ。ノボルとしとは実に興味深い。




